第六夜 俺は昨日の夢がどうにも気になっていた。はっきりと憶えていないけれども、何だか女に、それも小夜子になっていたような気がする。そして体の中に残っていた奇妙な心地よい気だるさ。あれは何なんだ。 そしてこの一週間、俺は段々俺が俺でなくなっていくようなそんな不安を感じていた。でもその一方で、またあの夢を見てみたいという欲望がはっきりと沸いているのも事実だ。 彼女の言った「7日目の良いこと」って何なんだろうか。いろいろな気持ちが交錯する中で俺は、今夜もまた彼女のマンションに足を踏み入れた。 「今日で六日目ね。いよいよ明日で終わり」 「小夜子、これって本当に怪しい飲み物じゃないだろうな」 「え、どうして」 「何か変なんだ。妙な喪失感を感じる。俺が俺でなくなっていくようなそんな感じかな」 「そう……でもそれも明日になったら判るわ」 「今日はまだ教えてくれないのかい」 「うん。全ては明日ね。じゃあ今日も一緒に飲みましょう」 小夜子がペットボトルからグラスに注いだのは藍色の飲み物だった。 「あれ、これって藍色? また変わったのかい?」 「ううん、同じものよ」 「そうなのかい、うーん」 「じゃあ、乾杯」 俺はゆっくりグラスに口を付けた。ゼリーがゆるゆると喉を通っていく。体にひんやりしたゼリーの感触が染み渡っていく。そして段々体が熱くなってくる。今日はどんな夢を見るのだろうか・・・俺はわくわくとその中身に期待していた。 そして、再び俺の意識は遠くなっていった。 気が付くと、俺は机に座ってボーっとしていた。 ここは? どこかで見たような・・・会社のオフィスのようだが・・・そうだ総務課のフロアだ。 頭がはっきりしてくると、自分がうちの会社の藍色の女子制服を着ているのに気が付いた。クリーム色のブラウスに藍色のタイトミニのスカートとベスト。靴の代わりにサンダルを履いている。机の前に置いている鏡を見ると、そこにはいつもの小夜子が映っていた。 「小夜子ぉ、何ぼんやりしているの、部長が睨んでいるわよ」 「え、うん何でもない。大丈夫よ」 俺は咄嗟に答えたものの、自分が小夜子の口調で答えているのに気が付き愕然とした。自分で意識しないのに小夜子として考えてしまう。足も自然にきちんと閉じているし、オフィスに漂う煙草の煙が妙にけむたく感じる。 俺って雄一、黒木雄一だよな。改めて考えてみた。 俺は、黒木雄一、生まれたのは・・あれ何処だったっけ。小学校、あれ、中学校、あれあれ、友達のこと・・・駄目だ思い出せない。いや頭に思い浮かんでくるのは忌わしい思い出ばかりだ。 おぞましい父親との思い出、中学時代の先生、初めて先輩に思い切って告白したときのつらい出来事・・・ でも、これは俺の記憶じゃない。これって・・・今まで夢の中で体験した小夜子の記憶じゃないか。ということは俺はこの夢の中では体だけじゃなく心も小夜子になりつつあるっていうことなのか。 「白倉君、ちょっと」 俺が考え込んでいると、突然部長に呼ばれた。あわてて部長席に行くと、部長は俺をいやらしそうな目で見詰めながら話しかけた。 「白倉君、頼んでいた会議用の書類できたかね」 「い、いえ、すみません」 「じゃあとにかく急いでくれ。余り時間がないんでな、しっかり頼むよ」 部長に肩を抱かれると、ゾクっと震えが来た。 いやなオヤジ。 え、今俺なに考えたんだ。 「はい、わかりました」 「それと今日の夜開けておいてくれよ」 「え? 今日ですか」 「うん。常務に呼ばれていてな。君も一緒に来るようにということだ」 「はぁ」 何であたしがって思ったけど、部長命令じゃしょうがないか。 「小夜子ぉ、大丈夫?常務って何人も女子社員に手をつけているんじゃないかって噂だよ」 「うん、仕方ないもん」 仕事は難なくこなすことができた。どうも体が憶えているというか、小夜子として振舞ってしまう。いや心の中もどうも小夜子として考えているような気がする。 小夜子の記憶、小夜子の行動、小夜子の心……これって何なんだ、俺は、本当に雄一か? そして終業時刻が過ぎた。 部長から電話が掛かってくる。 「白倉君、じゃあロビーで待っていてくれ」 俺はロッカールームに行くと制服から通勤用のスーツに着替えた。ロッカーの場所もちゃんとわかる。 ベストを脱ぎ、スカートのホックを外す。スカートを脱ぐとハンガーに紐で留める・・スカートってこうやって掛けるんだ。俺は自分自身の行動に妙に感心していた。 ブラウスも脱ぎ、スリップだけの姿になると、通勤服を着た。袖なしのミニのワンピースとジャケットのコンビネーションだ。 しかし、色が藍色とは・・・もっと明るい服を着れば良いのに。 俺は自分の姿に不思議な感覚を覚えた。俺がこんな格好をするなんて。でも俺は……小夜子……小夜子なんだよな。 そして当たり前のように化粧を直すと、ロビーに下りた。 「白倉君、遅いぞ」 「す、すみません」 「さあ、急ごう。常務がお待ちかねだ」 部長が待たせていたタクシーに乗り込むと常務が待っているというホテルのレストランに向かった。 「常務、お待たせしました」 ペコリ、俺も頭を下げる。 「いやいや、私も今来た所だよ。そちらは?」 「はい、ウチの課の白倉小夜子君です」 「おお、君か。美人だという噂は私の所まで届いておるよ」 「そ、そんなことありません」 「まあ今日はゆっくり食べようじゃないか」 食事は何事も無く終えた。でも食事中にやれおいしいだの珍しいだのと何杯も飲まされたワインが効いてきたようで、段々フラフラしてきた。 「ぶちょぉ〜、わたしちょっときぶんがぁ」 「おお、それはいけないなぁ。常務それでは」 「うん、白倉君、上で少し休もう」 「はいぃ、そうですねぇ」 俺はもうほとんど意識が無かったが、どうも部長に肩を担がれホテルの一室に連れて行かれたようだ。ベッドに倒れ込むとそのまま寝込んでしまった・・・・ さぁ、苦しいだろう。服を脱がなくっちゃね。 背中のファスナー降ろすよ。 ジ、ジ、ジー ファサッ・・・・・・ 意識が段々戻ってくると、何となく肌寒く感じる。まだぼーっとしているが、どうも何も着ていないようだ。 「う、うーん」 「おっ、気がついたかね。気持ち悪そうだったんでね。悪いとは思ったんだが全部脱がさせてもらったよ」 「えぇ、でもこれって・・」 そう、俺は何も身に付けていなかった。ワンピースはおろかブラジャーもショーツさえも。そう言えば、夢見心地に誰かに脱がされていたような。あれって常務だったのか。 目が醒めてくると、常務も裸だった。でっぷり太ったお腹が醜悪だ。 俺は両手で胸を抱え込み、脚を閉じると思わずベッドの上で後ずさりしてしまう。 「常務、何考えているんですか」 「君を一度抱いてみたくてな、部長にセッティングを頼んだんだよ」 「や、やめてください」 「このまま止めてもいいが、そうしたら君はもうウチの社には居られないぞ。この不況の中では他所に勤めることもできないだろう。でも抱かせてくれたら安泰だ。君だけが黙っていればいいんだ」 「くっ」 女ってなんて弱いんだ。俺には何もできないのか。 「よしよし、いい娘だ」 常務がのしかかってくる。俺はその勢いにベッドに倒れ込む。 「おー、立派な胸だな」 ペロペロと常務が俺の乳首を舐める。 ひーん、気持ち悪い。 ペロペロ、ペロペロ 気持ちわる、い、いゃん。 俺の中に電気のようなものが走りぬけた。 ペロペロ、ペロペロ は、はん、はぁん。 俺って感じてる。何でこんな奴に。 ペロペロ、ペロペロ いやぁ、もういやだぁ。 俺の体の芯が徐々に熱くなってきた。中から何かがジワっと溢れてくるのを感じる。 「お、感じているのかな。何だかココが濡れてきたぞ」 常務のごつごつした指が俺のアソコに入ってくる。 ひ、ひゃぁん クチュ、クチュ、クチュ 常務の指がいやらしい音をたてている。 「ほら、君のアソコがこんなに喜んでいるよ」 常務がギラギラと濡れた指を目の前に差し出す。自分の流してるモノ・・俺の・・あたしの こんなオヤジに、くやしい。 涙がつつっとこぼれる。 「さあ、じゃあいこうか」 常務の一物はすでにピンと突っ立っていた。それを手であてがうようにアソコに添えるとグッと押し込んできた。潤っているあたしのアソコはそれを苦も無く飲み込んだ。 ジュッ、ジュッ、ジュッ 常務が腰を動かす度にそこがいやらしい音を上げる。 「おお、ここも素晴らしい、いい気持ちだぞ」 気持ちわるい、気持ちわるいのに、何で、何で気持ちいいの、あたしはもう何も考えられなくなってきた。 もういや、女なんて、誰か・・・助けて。 「うっ、いくぞ」 その声を遠くに聞きながら、あたしは意識を失った。 「ダレカ・・・アタシトカワッテ」 次の日の朝、俺が目覚めるとどうも変な気分だった。 「あ、あれあたし何だか・・」 「うん? あたしって」 「ええ? 俺、今あたしなんて言ったかい? 何か変なんだよ。自分が女になってしまったような……夢が段々リアルになっていく。毎晩見ている夢ってどうも君になっている夢みたいなんだ」 「ねぇ、ちょっと聞いていい?」 俺の言葉を無視するように、小夜子はいつものように俺に聞いてきた。 「ん? 何だい」 「あなた上司を信頼してる?」 「ああ、勿論だよ・・・でも、常務も部長もいやなオヤジ・・・って、あれ何だこの気持ち」 「常務って良かった?」 「うん気持ち悪かったけど良かったかも・・・ってあれ、何のことだ」 「あ、いいのよ無理に思い出さなくっても」 「うーん、何か変だよ」 あたしは……いや、俺は誰なんだ。 (続く) |