『幽体離脱〜ミルフィーユの少女たち〜
 作:嵐山GO


第8章 時間と言葉(Time And A Word)

「えーと…鷺沼台…3丁目はと…」
 僕は日が明けて日曜日、美結の身体を使ってJR津田沼駅から
バスに乗り換え、なんとか電話で聞いた目的地付近にたどり着いた。
{本当にここであってるの? 間違ってないでしょうね}
(言われた通りにメモしたんだ。合ってる筈だよ)
{でもさぁ、なんか変じゃない? こっちの名前も顔も知らない
のにいきなり自宅に来いだなんて、変な宗教とか勧誘だったら。
どうすんのよ?}
「名前は言ったよ。ちゃんと春日美結ですって。そしたら、
分かったから今から言う場所にすぐ来なさいって…若そうな
女の人の声だったけど」
僕は昨日ラジオ局の局長に貰ったリストから、聞き覚えのある名前を
ピックアップして電話を掛けまくったのだ…。

{嫌な予感がする…でも普通、それくらいじゃ年頃の女の子は出て
いかないものよ}
「リストには千葉大の教授って肩書きが印刷されてた。信用しても
いいんじゃない?」
{そのリストもあてになるんでしょうねー?}
「だってしょうがないじゃない。他の人に電話しても皆、知らぬ
存ぜぬだし、唯一反応があった人なんだよ。ま、私は別にこの身体を
気に入ってるからずっと、借りててもいいんだけどぉ?」
 言いながら、片掌をブラウスの胸の部分に押し当て反応をみた。
{やめて! 分かったわよ! 分かったから、早くその人のお家を
探そうよ。それから、いつも言ってるでしょ。私の格好で独り言
言うのやめてって}
「はい、はい…あっ!ここかな?」

 いかにも豪邸然とした高く白い塀が角を曲がった途端、眼前に
現われた。
「す、すごい…大金持ちの家だ。でも、一応、表札で確認してみよう」
 暫らく塀に沿って進むと映画に出てくるような、先の尖った真鋳の
ゲート前に着いた。
 大理石の表札は脇の石柱に埋め込まれている。
「天王寺…ここだ、間違いない。こんな珍しい苗字、そんなに
あるはずない」
{じゃ、早くインタホン押しなさいよ。あんたの素性を聞き
出したらすぐに帰るのよ。なんだか、さっきから胸がドキドキして
仕方がないの}
「え? そう…私、なんともないけど?」
 そう言いながら又、手で胸を触る。
{馬鹿っ! いいから早くボタンを押して!}

 プチッ…ズズゥーーーーー
 低く長い機械的な呼び出し音に続いて、防犯カメラが作動した。
「大学の教授って儲かるんだ。もうちょっと勉強しとけば
良かったかな?」
{代々から受け継がれてる金持ちかもしれないじゃない。それに
あんたみたいなスケベェは無理よ!}
「褒めてくれて、ありがと」

「…はい? どちら様でしょうか?」
 小さなスピーカーから声が聞こえてきた。
「あ、私…午前中に電話いたしました春日と言いますけど」
「はい、伺っております。お待ちしておりました。中へどうぞ」
 おそらくはメイドか家政婦か、その違いはよく分からないけれど、
とにかくその人の言葉に続いて重いゲートは静かに開いた。
「お邪魔しまーす」
 無人の敷地内を、小声を出して石畳を踏みしめながら前進する。

 正門から本宅まで20メートル程だろうか、玄関に近づいた所で
タイミング良く扉が開いた。
「ようこそ、いらっしゃいました。お嬢様が中でお待ちです。
どうぞ、こちらへ」
 和装の女性は年は50前後だろうか? 言葉少ない中に十分な
気品を感じ取れる。
(想像してたメイドさんとは、だいぶイメージが違うなー)
{変な漫画の読みすぎなんじゃないの?}
(お嬢様って言ってたね)
{でも若いとは限らないわよ。だって大学の教授なんでしょ?}
(なんか、いいなー。フレームの細いメガネとか掛けてんの
かなー?)
{だから、変な漫画の読みすぎっ!}

 コンッ、コンッ
「お嬢様、春日様がおいでになりました」
「どうぞー」
 返答を聞くと、ドアを開け中へ通してくれた。
「どうぞ、お入り下さいませ。わたくしは、お茶をお持ちいたし
ますので」
 そう言い残し静かにドアを閉じた。
「失礼します」
 部屋は想像以上に広く、『お嬢様』と呼ばれる人物を容易に
見つけることは出来なかった。

「やっと戻ってきたのね」
 声の主は壁一面に並べられた書架の端に寄りかかっていた。
距離もあってか顔がよく見えない。
「私のこと…いえ、僕のこと知ってるんですね?」
 僕は声のする方へ歩み出し、最重要の疑問を投げかけてみた。
「知ってるわよ。あなたの名前も住んでいる所も、そしてなぜ
こんな事になったかも」
 声の主も同様に数歩出し、僕らはシャンデリアの光源の下で
対面した。
 若い。まず第一印象はそれだった。20代後半? いや、
半ばにも見えなくもない。
オフホワイトの上下揃いのスーツ、黒いハイヒール、光沢のある
ストッキング、タイトスカート、シルクのブラウス、Yラインの
ジャケット、そして、そしてフレームの細いメガネ。
(ああー、やっぱり!)
{何がやっぱりよ。馬っ鹿じゃない}

「僕は記憶を失っていて気が付いたら、この女の子の身体の中に
入っていました。出ることも可能なんですが、どこに行けばいいのか。
僕は一体、誰なんでしょう?」
「いいわよ、順を追って説明してあげる。そこに、お掛け
なさいな。今、お茶が来るわ」
「あ、はい…」
 僕は言われて、部屋の中央に置かれた特大ソファの隅に
ちょこんと腰を下ろした。

「僕の入手したリストには大学の教授と書かれていましたが、
お若いのに凄いんですね」
 何か話さないといけないような気まずい雰囲気に流されつつ、
一つ聞いてみた。
「あら? 初めて会った時には、そんな事言ってくれなかったのに? 
ま、いいわ。私、教授じゃないわよ。補佐っていうか臨時の
交代要員みたいなもんかしら」
「いえ、それでも凄いです」
「コネがあってね。そんなことよりも…どうなの? その身体、
もう慣れた?エッチな事とかしてみたんでしょ?」
「えっ? ええ、あっ! いえ…そんなこと…僕なにも」
{ちょっとー、どういうこと!? 私の身体で何かしたの?}
(そ、そんなこと、ないって!こ、これは何かの間違いだよ!)

 僕の慌てふためく様を見て、彼女が更に付け加える。
「その感じだと彼女も同居なのね?」
「え? あ…はい。そうです」
「そう、やっぱりね。ふふ。面白いわ。興味深い」
 そこへドアがノックされ、お茶が運ばれてきた。

「お茶を飲み終わってからでいいけど、ちょっと貴方は抜けて
くれないかしら? 美結ちゃんだっけ? 彼女と直接、話しが
したいの。貴方は抜けても話しは聞けるんでしょ?」
「はい」
「じゃ、お願いね」
(というわけだから僕は抜けるよ。あとはよろしく頼む)
{あんたが今日限りでいなくなるんだったら、何でもやるわよ}
 結局、僕はお茶を飲むこともなく美結の身体から抜け出た。

「あのー、始めまして。私が春日美結、本人です」
「さぞ、びっくりしたでしょうね。いきなり他人に身体の自由を
奪われたんですものね」
「何か、ご存知なんですね?」
「ご存知も何も、すべて私が仕組んだ事よ。最初に謝っておくわ。
本当にごめんなさい」
「そうなんですか? そ、それであの男の人は元の身体に
戻れるんですよね?」
「戻れるわよ。別に事故で幽体離脱したわけじゃないから安心して」
「良かった。じゃ、今すぐお願いします! 私、嫌なんです。
私の身体に自由に入れるなんて!」
「慌てないで。まず、そうね。その為の準備が必要よ。あなたも
私もね。じゃ、お茶を飲んだら、さっそく取り掛かりましょうか」

(あー、あのお茶はなんだか怪しいなー)
 だが美結に僕の考えていることが届くはずも無く、お茶は
あらかた飲み干された。

「どんな気分? ちょっと身体が火照ってきたような気がしない?」
「え、ええ…少し…熱いです」
「そのお茶にはペルシャの、ある地方にしか生えない花の種を
乾燥させたものを煎じて入れてあるの。それには催淫作用があって
気分が高揚し、そのうち無性にエッチがしたくなるはず。どう?」
(やっぱりな)
「そんな…酷い…私、帰ります…あっ」
 美結が立ち上がろうとしたが腰が抜けたように、ソファに
倒れこんだ。
「身体に力が入らないでしょ? 絶頂を迎えるまで、その効果は
消えないわ。でも大丈夫よ。その分、感度は相当上がってるはず
だから。そう、あなたみたいに若い子は特にね」
「い、いや」
「あなた彼の事、追い出したいんでしょ? これはね、その為の
儀式なの。分からない? さっき聞いたでしょ? その身体で
エッチなことしたのかって。大いに関係あるのよ」

 女は美結に近づき、着ていたものを全て剥ぎ取ると、すぐに
自分も裸になった。
「すごい、弾けそう…綺麗な身体。でも真っ白な肌がこんなに
熱を持って」
「あっ、ああ…私…」
「感じてるんでしょ? エッチなことしたくて仕方ないんでしょ?
 素直になりなさいな」
「い、いやぁ…ん、んんっ!」
 美結の隆起した薄桃色の乳首を口に含んで吸った。
 ちゅっ、ちゅうー
「はうん…や、あんっ」
「あのお茶はね、穢れない純真無垢な身体には全く効果がないのよ。
あなたの身体がこれほどまでに異常な反応をしているのは
何故かしら? 彼のせい?それとも、あなたはもう知っちゃってる
のかな? うふっ、さぁ、今から私に教えて頂戴」

 二人の身体がぴったりと重なる。
「ねぇ、見えてるんでしょ?言っておくけど、貴方は入って
きちゃ駄目よ! 最後までそこで見てなさい」
 僕にそう言うと、彼女は先ほど美結が飲んでいたカップを取り、
底に残った最後の数滴を飲み込んだ。
「ふふ…私も少し淫らになっちゃおうかな?」
 カップを戻したその指先は、次には美結の細い腰を滑らかに
滑り始めた。


(続く)





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