『幽体離脱〜ミルフィーユの少女たち〜
 作:嵐山GO


   第1章  そして僕と君は(And You&I)

「さてと、どこへ行こう? ねぇ、ここはどこ? 何ていう
名の町なのさ?」
 僕は少女の姿でさっそうと町に飛び出すと、脳内にいる
この身体の持ち主である『彼女』に小声で聞いてみた。
{ここ? ここは検見川っていうのよ。千葉市内だけど、
聞き覚えある?}

「千葉市は分かるけど、けみがわ? うーん…駄目だ、漢字も解ら
ないよ。僕の…じゃなくて私のいた町じゃなさそう」
{じゃあ、どうするの? 駅が近いから、電車に乗って別の町に
移動してみる?}
「うん、そうだねー。ねぇ、この辺りで一番メジャーな場所って
どこなの?」
{メジャーな場所? 下れば千葉駅だからこの辺じゃ、一番
賑やかかな? 上りだと幕張が一般には良く知られてるはず。
新興都市だけど}

「幕張? あ、なんか知ってる。その地名…何が有名だっけ?」
{何がって商業都市みたいな所だから、中心地には人は
住んでないんじゃないかなー? ちょっと離れると高級マン
ションが建ち並んでるけど、行って見る? でも、あんたそこの
住民じゃないと思うわ。一人暮らしだったんでしょ?}
「それは偏見だよ。とにかく行ってみよう。他に何も思い
当たらないんだし」

 僕ら(?)は電車とバスを乗り継いで、幕張新都心の
中心部に降り立った。
 平日の昼間というせいもあって人通りは多くない。多くの
ビルには、それぞれ会社のロゴのプレートが付いており、
やはりここが商業都市だということが一目で解る。
 サラリーマンの通勤時間を除いては、ここが人で溢れるのは
イベントなどが催される週末や祭日に限るようだ。



{どう?}
「ここは歩いた記憶があるような…でも、それだけ…他には
何も思い出せない。何ていうか生活の記憶がまるで無い。
買い物にでも来たのかな?」
{貧乏な一人暮らしの男が、ここに買い物? 考えられないわね}
「貧乏じゃないかもしれないよ。でも…何か重い荷物を持って
歩いたような…」
{荷物の中身にもよるわね。まさかゴミを捨てに来たんじゃ
ないでしょうね? それって不法投棄っていうのよ。知ってる?
重罪なのよ}
「どうしても僕を犯罪者にしたいみたいだね」
{もちろん! だって勝手に人の身体に入り込んで、裸見て、
人の服を着て歩き回って、これが犯罪者でなかったら何なの?
あんたがお化けの類じゃないと知ったら、いつかきっと堀の中に
押し込んでやるんだから。あ、『僕』はやめてって}
「わかった。わかったー。でも今はほら、私ってば誰が見たって
普通の女子校生に見えない?」
{うわー、やめてよ!変態っ! こんなところで妙なポーズ取っ
たりしないで! 馬っ鹿じゃないの。男の癖に女の真似して。
喋り方まで。うげー、キモイ。私の身体なのよ。誰か知ってる人に
見られたらどうすんのよ!}
「だって、それは君が女の子らしくしろって言ったんじゃないか」
{わかった、そうだったわ! 知り合いに会うかもしれないから、
やっぱ女の子でいいていいわよ! もう」

「そうだ。どこか高いビルに上がってみようか。上から見れば、
荷物を持ってどこへ行ったのか思い出すかもしれないし」
{そうね…じゃあ…あの正面のビルがいいわ。あそこの最上階には
ラジオ局があるの。時々、公開放送してるから見学という名目で
上まで行けるわ}
「オッケー! 行こう」


 最上階でエレベーターを降りて、すぐに大きなガラス窓に
張り付き下界を見下ろした。
{今度はどう?}
「うーん…あ、あれは何? ドーム型の建物…」
{マリンスタジアムよ。野球とかコンサートとか…}
「ううん、そこじゃなくって、ホラ、その右手前に亀の甲羅
みたいな建物あるでしょ」
{あー、あれは貸し切り専用のイベント会場だったかな?
色んな商品の新作を発表したり、世界中各国の名産とか売る
…ほら、なんて言ったっけ? 物産展だっけ? 行ってみる?
でも今は何もやってないから入れないと思うけど。あんた、
あそこで芋でも売ってたの?}
「だからー、なんで僕が芋、いや私が芋なのよ? …でも何だろう
…あそこ、ちょっと引っかかるんだよね」
{ほらー、そんなに身を乗り出さないでよー。後ろからパンツ
見えてんじゃないの?}
「あ、そっか。ごめん、ごめん」
 僕は慌てて手を伸ばして、スカートを押さえた。
{もう、だからミニはやめてって言ったのに。さっきだって駅の
階段上る時も押さえてなかったでしょ?}
「いいじゃないか。見たい人には見せてあげれば。減る訳じゃなし」
{あんたが良くっても、私が嫌なの!}
「はい、はい。以後、気をつけます」
 僕はその後も、スカートを押さえたままじっと外の景色に
見入っていた。

 そこへ…。

「何か見えるんですか?」
 急に背後から声を掛けられ、驚いて振り向いた。
「はい。あ、あの…」
「今日は学校はお休み?」
 50代くらいだろうか? きちんと背広を着こなした男性が
聞いた。
「あ、いえ、試験だったので学校は午前中までです。
本当です」
「そう、僕は、ここの局のスタッフなんだけど、それで下に
何か見えるのかい?」
「あ、あは、あはは。いえ、何も。ただ高いところが好きなんです。
それだけなんです」
{それじゃ、ただの馬鹿じゃん}もう一人の『私』が突っ込みを
入れる。
「いいでしょ! それしか思いつかなかったんだからっ」
「あ、ゴメン。おじさん、君を叱ってるつもりはないんだ。ただ
何を真剣に見てるのかなって聞いただけなんだよ」
「あ、ああ、私こそ、急に変なこと言ってゴメンなさい。そんな
つもりじゃ…」
「では、よかったらお詫びにランチをご馳走するけど、どう? 
お昼はもう食べた?」
「え? お昼ですか? いえ、まだ…です。けど…でも、いいん
ですか?」
「私も一人で食べるより、君みたいな可愛い子と食事できれば
嬉しいんだけどね」
「可愛いだなんて…そんなー、恥ずかしい」

{あんた、まさか見も知らぬ人に奢って貰おうなんて考えてないで
しょうねぇ?}
(だってお腹、空いちゃったよ。学校から帰ってから何も食べて
ないんだろ?)
 今度は聞かれないように、脳内で会話した。
{だからといって知らない人に奢って貰うわけ?}
(大丈夫だよ。ここのラジオ局の人らしいし、いざとなれば中身は
男なんだから、僕が何とかするよ)
{またー、そんなこと言って。中身が男でも身体は、か弱き少女
なのよ。特撮のヒロインものみたいに力は出せないんだからね}
(平気だって。お偉いさんみたいだから、高いもんでも食わせて
もらおうよ)
{いいわよ。分かった。ここは、あんたに任せるわ}


「どう? 考えはまとまったかい?」
「はい! じゃあ、お昼、ご一緒させて下さい」
「ははは、そうこなくっちゃ。若いんだから遠慮なんか
しなくていいんだよ」
「はい。肝に銘じておきます」
{あんた、ホントに馬鹿ね}
「このビルの隣はホテルなんだが、そこのスカイ・ラウンジの
ランチが最高なんだ。きっと気に入るよ」
「なんだか急にお腹、空いてきちゃったー」
 さっき降りたばかりのエレベーターに再び乗り込み、
今度はホテルへと向った。

「ほぉー、友達を探しているのかい? それは大変だね」
 僕は高そうな食事をとった後、目の前の男性に少しだけ
打ち明けた。
「ええ、でも記憶が定かではなくて」
「一緒に会場にいた友達を探す。でも名前も住所も分からない。
会場で何が催されていたかも覚えていないんだね」
「はい…恥ずかしい話ですけど…」
「あの建物はファッションからゲーム、スポーツ用品、おまけに
フリーマーケットと若者が集まるようなイベントが毎週のような
催されているからねえ。難しいな。せめて日にちだけでも、
はっきりすれば調べもつくんだが」
「そうなんですか?」
「ああ、ほら、ウチは電波に乗せて行事内容やスポンサーの
CMを流すだろう? 時期が分かれば過去のタイムテーブルを
捲れば不可能じゃない」
「あー、でもお食事をご馳走になって、そこまで甘えるわけには
いきません」
{おーおー、心にも無いこと言っちゃって。大人だねー}

「ま、落ち込んでないで。ほら女の子の大好きなデザートが
きたよ」
 ウェイトレスが運んできたのは、花瓶のようなガラスの
容器一杯に盛られたフルーツやアイスクリームだった。
しかもご丁寧にチョコなどのシロップが現代絵画よろしく描き
なぐられている。

(げげっ! ヤバイ! 僕は甘いものは苦手なんだ)
「びっくりしてるようだね。ここは食事もさることながら
デザートは、この辺りじゃ女性に大人気なんだよ。夕方には
ケーキ食べ放題というのもやっているし。さぁ、心ゆくまで
食べておくれ」
{すっごーい! 美味しそうじゃない!}
(じゃ、ちょっと変わってくれ。僕は一口だって食べたくない。
僕の代わりにこの人のご機嫌をとっておいてくれよ)
{うん、分かった。出ていっていいよ。私、食べるから。
きゃー、幸せー!}
(逃げようたって無駄だからね。ずっと君の隣にいるし、
いつでも君の中に入れるんだから。それを忘れないで)
{そんなことしないから大丈夫よ。ま、願わくば今日中に記憶を
取り戻すか、あるいは明日の朝、目が覚めたら居なくなって
欲しいけどね}
(後はよろしく)
 僕は彼女から抜け、しばらく傍にいたが思い直し辺りを浮遊
してみた。



「名刺を渡しておくから、何か思い出したら連絡しなさい。裏に
携帯の番号を書いておいたから」
 外に出て、別れ間際に切り出された。
「あ、有難うございます…でも、本当にそれは悪いです。私の
プライベートな事でそこまで頼めません」
「気にしなくていい。それに本音は君ともう一度逢いたいから
なんだよ。こんなオジサンでよければ、また逢ってくれるかい?」
{ちょっとー、あんなこと言ってるけど、どうすんのよ?}
「本当ですかー? 嬉しいですぅ。よろしくお願いします」
{こら、こら、何、勝手なこと言ってんの!}
「じゃあ次は夕食を一緒に食べようか。今から食べたいものでも
考えておきなさい。それじゃあ」
 男性は軽く手を挙げ、それを別れの挨拶とすると職場のビルへと
戻っていった。

{約束なんかしちゃって知らないからねー。私は反対よ。それに
あんた、今日にでもいなくなるかもしれないじゃない}
「約束したといっても電話しなければ問題ないでしょ。それに
こっちの電話番号教えたわけじゃないから平気だよ」
{あっ、ね、それはそうと今、何時くらい?}
「え? 何時かな? 携帯、持ってるよね?えーと、もうすぐ4時に
なるとこだけど」
{大変。帰んなくっちゃ…お母さんと理香、もう帰ってるわ}
{理香って?」
{妹よ。あー、でもどうしよう。あんたには一刻も早く出ていって
貰いたいし}
「私なら平気よ。少しだけど思い出したこともあったし、後は
いつ頃かさえ分かれば、さっきのオジサンが何とかして
くれるかも」
 女言葉を発しながら胸に手を当てて答える。
{誰があんたの心配してんのよ! 私は、あんたが私の身体を
使ってるのが嫌って言ってんの! あー、もう、やだ! ヤダ! 
嫌だよう}



「帰りましょ。何だか、お腹の下あたりが苦しくなってきちゃった。
生理かしら?」
{何また、勝手なこと言ってんの。違うわよ!}
「じゃ、何? 食べ過ぎ? ううん、それとも違う感じ。もしかして
便秘?」
{……}
「ねえ、何、黙ってんの?」
{いいでしょ、女の子なんだから}
「つまり便秘なのね。しょうがないなー。とにかく帰るわね」
{往来であんまり恥ずかしいことばかり言わないで…}

 僕は彼女を諦めさせ、バス停へと移動した。
 もうすぐ日が沈む…夜の帳が下りる…大人の時間…
 今度は言われたとおり、ちゃんとスカートを押さえながら駅の
階段を上がった。
 不安と緊張が入り混じると、お尻を押さえている指にも力が
加わる。
 彼女は何も言わない。どうやら視覚、聴覚以外は伝達されない
ようだ。
 例えば目を閉じていれば、何をしても気づかれないのだろうか?
 まだまだ未開拓な部分が多い…心臓が激しく鼓動を始めた。
 やはり彼女は気づいていない…僕はもう、したいことを
決めていた。
 股間が熱をもち、濡れてきたのがわかる。


(続く)



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