『幽体離脱〜ミルフィーユの少女たち〜
 作:嵐山GO


   序章  目覚め(Awaken)

(ありゃりゃ? ここはどこだ?)
 僕は目が覚めた、というかどうやら長い間、寝ていたせいなの
だろう頭の中が朦朧としている。
(僕の部屋じゃないみたいだけど…ここ友達んちだっけ?)
 声を出さずに、ゆっくり起き上がりあたりを見回しながら、
懸命に記憶の糸を手繰る。
{ちょっとー、あんた。誰なのー? 勝手に人の頭の中に入って
こないでよ!}
 突然、頭の中で声が響き渡る。
(ん? どういう意味? 君は誰?)
{だからー、あんたこそ誰なのよ? 試験が午前中で終わって、
お昼寝してたのにー。もう!}

 僕は女の子の声を脳裏に聞きながら、ベッドから下りて机の
上の鏡を手に取った。
「あ、ホントだ。この身体、僕じゃない。それに声も違う」
{さっきから言ってるでしょ! わかったら、さっさと私の
身体から出て行ってよ! あんた、なんなの? オバケ? 
それとも幽霊かなんか?}
「あー、ゴメン。その違いは僕には分からないけど、でも困って
るんだ。どうして僕は、こんな所にいるんだろうか?」

{こんな所で悪かったわね! あんたが入ってきてるから、
私は身体も声も自由に使えないのよ。どうしてくれんの。
お願いだから早く出て行ってってば!}
「あ、確かにそうみたいだね。僕はこの身体を自由に動かせる…
でも参ったなー。なんで君の身体の中に入っちゃったんだ?
もしかして僕、死んじゃったのかな?…それとも幽体離脱って
やつ?」
{そんなの知らないわよ! それより早く出て行ってよ、もう! 
恐いじゃない}

「そうだねー」 
 僕は窓に向かいレースのカーテンを引いて、窓を開けて
外の景色を見た。
{ちょっとー、何やってんのよー。勝手に開けないでよ!
こんな格好なのに! 恥ずかしいでしょ! 近所の人に見られ
たら、どうすんの}
「えっ?」
 言われて、視線を落とすと確かにTシャツにコットンの
短パンというラフな格好、加えてノーブラだった。
「ホントだ、ごめん。ちょっと外の景色を見たら何か思い出す
かなって思ったんだよ」
 僕は諦めて窓を閉め、ヨレていた胸のあたりを直した。
{ちょっとぉー、なに触ってんのよ! ねぇ、もういいでしょ。
出て行って。お願いだから}
「ごめん…。分かったよ…でも、どうやったらいいのかな?
あ、ちょっと待って」

  僕は目を閉じ、天井に向って脱皮でもするような気持ちで
念じてみた。
(あ、抜けた。なんだ簡単じゃないか)
「ふぅー、やっと身体が戻ったー。良かったー。ちょっとあんた、
その辺にいるんでしょ? もう、戻ってこないでよね!」
 彼女はそう言うと、籐製のチェストの引き出しからブラジャーを
取り出した。

(あのさー…)
{ちょっとー、何、戻ってきてんのよ! 戻んないでって言った
でしょ!}
(行くところが無いんだ。記憶が戻るまで、もうちょっと中に
居させてくんないかな)
{嫌よっ! 早く消えて! ちょっと、やめてよ! スケベ! 
私のブラ、触んないで!}
 頭の中で無数の罵声が飛び交う。
「いや、先に手に取ったのは僕じゃないよ。あ、でもこれ可愛い
ね」
 たまらず口に出して答えた。だが視線は薄桃色のブラに
釘付けだ。
{スケベーっ! 変態ーっ! さっさと出てけーっ!}
「お願いだよ、記憶が戻ったら出て行くからさ。ね、少しの
間だけでいいんだ」
{あんたさー、成仏できてないんでしょ? きっとそうよ。
そうに違いないわ。だから魂になって現世を彷徨ってるんじゃ
ないの?}
「そ、そうかなー? でも考えてみたけど事故の記憶も無いし、
自殺するような悩みを抱えていたとは思えないんだよね。
覚えているのは、確か僕は…大学を卒業して、一人暮らしを
始めて…フリーター、やってたと思う。なんの仕事だっけ? 
コンビニだったかな? あ、ねえねえ、ブラってこうやって
着けるんでしょ?」

{ちょっとー、やめてって! 自分で着けるから触んないで
ったらー!}
「大丈夫、ブラくらい僕でも着けられるよ。あ、でもまず
Tシャツを脱がないと無理みたいだね」
 僕は直したばかりのシャツの裾を摘んで、さっさと脱いだ。
{きゃー、馬鹿ーっ! 何やってんのよー! 早く着てよ、
じゃなくって私の身体を返して!」
「うわー、きれいな形のおっぱいだね…ちょっと鏡で見ても
いいかなー?」
{ぎゃー、変態。変態よ。あんたなんか訴えてやる! 死刑よ、
死刑}
 実体の無いものに対して『死刑』というのも疑問だが、
ここは無視を決める。

「あ、ここに大きな鏡が掛けてあるね。見ちゃうよ」
 壁に掛けてある姿見の前で、乗り移った女の子の姿を
映してみた。
{あんたー、いい加減にしないと大声出すわよ}
「大声なんか出せないでしょ? だって僕が君の身体を支配して
るんだもの。舌を噛む事だって出来ないよね。もちろん僕には
出来るけど」
 いつでも舌を噛めるんだぞ、という脅し文句を入れることで
形勢は僅かに逆転する。
{ねぇ、お願い…何でもいう事聞くから、変なことしないで}
「変なこと? あー、それもいいね。僕、この身体、気に入っ
ちゃったよ。すっごくスタイルいいんだもん。それに顔だって、
そうそうこの声も可愛い。もう、ぜーんぶ僕好みって感じかな」
 言いながら鏡の前でくるりと回ってみたり、色んな顔の表情を
こしらえたりしてみた。

「あー、いいなー。ホントに可愛い。ねぇ、下も脱いじゃって
いい?」
{ふんっ! どうせ、駄目って言っても脱ぐんでしょっ!}
「うん。ゴメンネ」
 僕は下に穿いていたコットンパンツもするりと脱ぎ、先ほど
脱いだTシャツの上に投げた。
「うわー、すごい! なんて素敵なんだろう。言葉が他に
見つからないよ」
{もういいわ。勝手にしなさいよ。その代わり気が済んだら
マジで出て行ってよ。約束だかんね}
「気が済んだら、じゃなくて、帰る場所を思い出したら、だよ。
約束するよ。たぶんね」
{たぶんて何よ。ちゃんと約束して!}
「分かったよ。約束する。だから手伝ってよ」
{な、何よ? 手伝うって…?}
「僕の記憶を戻す方法…つまり帰る場所」
{そんなの私に手伝えるわけないじゃない! どうしろって
いうのよ? 嫌よ}
「別にいいんだよ。僕はこの身体、気に入っちゃったから、
ずっとこのままでいても」
{うっ、分かったわよ、手伝うわよ。手伝えばいいんでしょ!
で、私は何をすればいいの?」
「オナニー」
{は?}
「オナニーしたいなー、なんて。女の子の身体で」
{ちょっとー、関係ないじゃない! あんたの記憶が戻るのと、
それとは}
「へー、じゃ、した事あるんだ、オナニー。こんな可愛い顔
してるのに。ちょっとショックかも」
{な、なによー、他人のあんたに、そんなこと答える必要は
ないわ}
「見てみたいなー。この顔で可愛く喘いでいるところ。
エッチな声とか出したりするのかなー」
{だ−かーらー、それは関係ないでしょって言ってるの!
いいかげんにして。怒るわよ}

「わかった、それはいつでも出来るからいいや。じゃ、外に
出ようか?」
{な、なんで、外なのよ?}
「だって部屋の中にいたって何も進展しないでしょ。だから
外に出て歩いてみれば、見た事のある景色に出くわすかも
しれないじゃない。そしたらきっと、記憶も戻ると思うんだ」
{あー、そうね。その通りだわね。じゃ、早く服を着て! 
外に出ましょ}
「うん、ありがとう」
 僕はブラを着け終わると、外出用の服を物色した。

{ねぇ、なんでそんな短いスカート穿くのよ。ジーンズで
いいじゃない。上だって真夏じゃないんだたか、そんな生地の
少ないの、やめてよ}
「いいじゃないかー。初めて女の子になれたんだから、こう
いうの着てみたいんだよ」
 トップスはバフスリーブタイプで首から胸にかけて大きく
開いている。丈も短い。
 スカートはミニのプリーツ、屈めば確実にショーツは丸見えだ。
{あー、もう、恥ずかしいなー。せめてジャケットくらいは
ひっかけてよね}
「やだね。いいじゃんか、どうせ君の買った服なんだし、それに
この身体なんだからバレやしないさ」
{なに言ってんの。バカじゃないの? そういう問題じゃない
でしょ…わかった。じゃ、せめて女の子らしく振舞ってよね}
「うん。僕に任せて」
 可愛くガッツポーズする。

{言葉遣いも男モードだと目立っちゃう。『僕』ってのもなし。
いい?}
「あ、そうだね…そうね。私…『私』よね。あ、そうそう、
私は誰? 名前、教えて」
{うー、嫌だなー、教えるの。でも…この際、仕方ないか…
春日美結。かすがみゆ、春の日、美しく結ぶって漢字よ。
分かった?}

「美結ちゃんね、分かったわ。私は美結。よろしくね。たしか
高校生だよね?」
 掛けてあった制服を見ながら聞いた。
 {そうよ! 高1、15歳よ}
 「美結はピチピチの女子高生で〜す」
 もう一度、鏡を見て満面の笑顔で言った。
{げぇー、やだ。やだ。気色悪い。最低! やめてよ}
「なーに?」 さらに首を傾げて、お茶目に聞いた。
{何でもないから、早く行こ。バックくらいは持ってよね}
「はーい」

 こうして僕は『春日美結』という女の子の身体に暫らく、
やっかいになる事となった。
 同居っていうのかな? 何がどうして、こうなったのか
分からないけれど、今の僕は困ってるっていうより、ちょっと
楽しい。
 女の子の姿で街中を歩けるなんて、ちょっとドキドキだし。
 それに彼女は怒るけれど、僕としてはこの身体をもっと隅々
まで操ってみたいしね。
 だって健全な男子なら誰だって同じ事、考えるでしょ?
 後で帰ってきたら色んなこと試してみるつもりさ。なんてたって
この身体、『僕の思い通りに動かせる』んだもの。


(続く)



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