『魅力的なOLボディを頂く方法』
 作:嵐山GO


第2章 ゆめのかたち

(上野発の夜行列車降りた時から〜 青森駅は雪の中〜♪)
 さっきから、この歌のこの部分だけが一哉の頭の中を
何度も何度もリピートしている…
「まったく何だってんだろう…
 俺は演歌は好きじゃないし、今から乗る列車は夜行でも
なければ、青森行きでもない。加えて今日など残暑が
厳しく立っているだけで汗が滲んでくるのに…。まったく
鬱陶しいったら、ありゃしない」
 ホームの端に立ち、一人愚痴を漏らす。

 肩から提げたバッグには水筒が入っているが、それは
飲む為のものじゃない。
 彼が自ら作り上げた水溶液…飲めばたちどころに魂は
己の肉体から離れ、新たなる憑依先を求めて歩き回る事が
可能となる薬。
 冗談半分である日、親友の圭介と酒を飲みながら夢と
煩悩を語り合っていた時に、閃き作り始めたものだ。

 その思い付きから始めて1年少々…そして、それは
ついに完成した。
(この前は兄妹にとり憑いたけど、あれは面白かったなー。
もっとも、あんなに興奮出来たのも、大半は圭介の演技の
おかげでなんだけど…)

 圭介は演劇を目指している事もあって、さすがに言葉
遣いや動作など使い分けが上手く、見事になりきれる事を
前回、証明して見せた。
(しかし俺にも女になれなんて言ってたけど…自信
無いな…)
約束の時間から30分近く経過した。
(何時の列車に乗るつもりなんだろう? まさか遅れる
なんて事はないだろうが。それにしても腹が減った…
立ち食い蕎麦でも食おうか…)

 キョロキョロと辺りを見回しながら、一番近い蕎麦屋を
目で探した。
 だが視界の中に、それを見つけることは出来なかった。
「やれやれ…と」
 ついにベンチに腰を下ろして、蕎麦屋も圭介も探す事を
やめた。
 また別のホームに列車が入ってくる。
「上野ーっ、上野ーっ」
 アナウンスが始まると同時に、また一哉の頭の中で
あのフレーズが流れた。
(上野発の夜行列車降りたときから〜♪)
「あー、うるさいっ! うるさい!!」
 髪を掻きむしりながら、脳内に響く演歌を懸命に
追い払おうとする。

「何だ? 何がうるさいんだ? 一哉」
 背後に聞き覚えのある声を聞いて振り返った。
「ああ、圭介か。遅いじゃないか」
 圭介に会えた事への喜びと、待たされた事への怒りを
同時に込め言った。

「悪い、悪い。ちょっと準備に手間取って遅れちゃったよ。
ま、でも俺たちが乗るのはまだ少し時間があるんだ。
コーヒーでも飲もうか?」
 旅行用のバッグを足元に下ろし、聞いた。
「ああ…なら俺、腹が減ってんだよね。今も蕎麦を食いに
行こうかと考えていたところだったんだ」
「じゃ、遅れたお詫びに俺が奢るよ。たしかその先に
スタンドがあったと思う」
 一哉はその言葉を聞いて立ち上がり、バッグを持つと二人は蕎麦屋に向った…。


 …二人を乗せた列車は上野駅を出て北へ向っていた。
「温泉地なのか」
 一哉が聞く。
「ああ、そんなに有名って訳でもないけど、若い女性には
人気があるらしい。避暑にも最適だし、山中には遊歩道も
整備されてて散策にはもってこいの場所だ」
 車窓に視線を移したまま、一哉が答える。
「でも俺たちは別にそんな所へ行くつもりは無い。そうだろ?」
「まあね。だから、こうやってのんびりと安い列車で
向ってるんだ。彼女たちはもう、とっくに向こうに着いて、
それこそ散策でもしてるんじゃないか」

「…そっか」
「存分に歩き回ってもらって疲れてさっさと寝てくれれば、
有り難いからな」
「別に寝てなくても、とり憑くことは出来るよ。前回、
試しただろう?」
「分かってるさ。でも、せめてベッドにでも入っててくれた方が
都合がいい。そうは思わないか?」
「確かにな。いやそれより、その彼女たちが行ってるのは、
確実なんだろうな。キャンセルでもされてたら全て無駄足だぞ」
「その時は、その時。誰か別の獲物を現地で探すさ」

「へぇー、そんなに上手くいくかなー」
「いくさ。あのさ、悪い。俺やっぱ少し寝るわ。着く前に
起こしてくんないか?」
 圭介が一哉の方に向いて言った。
「ああ、分かった。到着時間と駅は聞いてあるから大丈夫だ。
俺は本でも読んでるから気にせずに寝ろよ」
「すまない」

 よっぽど眠かったのだろう、目を閉じると、すぐに小さな
寝息が聞こえてきた。
 一哉は圭介が寝たことを確認するとポケットから新書判の本を
取り出しページを捲る。
(乗客が多かったらこんな本、恥ずかしくて読めないな…)
 本の表紙には『美しい女性になるためのABC』と
印刷されていた。
(えーと…仕草、身だしなみ、言葉使い…か。この辺りから
読んでおくか…)
 一哉は駅の構内にある書店で時間潰しのために寄って、
偶然その本を見つけ購入したのだ。
 それは女性向けのエチケットやマナーなどが項目別に
書かれたものだった。 

(まさか、ガニ股で歩くわけにもいかないしな)
 普段なら全く関心の無いジャンルだが、圭介は到着するまでに
食い入るように読み耽った…。
 圭介の頭の中には、もう例の歌のフレーズは流れていない。


 数時間後、二人はお目当ての女性達の宿泊するホテルに
辿り着いた。
「着いたな」
「ああ…」
 チェックインを済ませ、部屋へと向う二人。
(なんだかドキドキしてきたぞ)
 心なしか一哉は小股で歩いて懸命に圭介の後ろから付いて行く。

 そして、ついに夜がやってきた…。

(第3章へ)



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