『皮り種』
作:嵐山GO


第6章 変異

「葵さん、おはよう」
「あ、市合さん。おはよう!」
 オレは朝の通学バスを駅前の停留所で待っていた。
「葵さんも、ここで乗換えなのね」
「うん…」
(どうしよう・・・昨日のこと、聞いてみたいけど、
ここじゃまずいな…)

「あ、バスが来たわ。乗りましょう」
「うん…」
「今日、元気ないのね…どうしたの?具合でも悪いの?」
「そ、そんなことないよ。あのさ、今日は一緒に帰れる?」
「うん。一緒に帰ろ」
「そっか、良かったー」
(帰りにファーストフードにでも寄って話をしよう)
「変な、葵さん。うふふ」
 バスは大勢の客を飲み込んで、ゆっくりと発車した。

「葵ちゃん、聞いた?今日の体育、水泳だってよ」
 隣りの席の女子が、声を掛けてきた。
「そ、そうなの?」
「ウチの学校ってさー、水泳で有名じゃん?だから推薦とかで
入ってくる子もいるんだけど、新入生の内から体育の授業に
組み込んだりするんだよねー。まだ春だってのに参っちゃうー。
私、寒いの苦手なんだよねー」

(水泳か…プールに入るのも何年ぶり、いや何十年ぶりかな?)
 この学校には各自のロッカーが設置してあり、体操服や
水着など、授業で必要なものは大抵入っている。
(泳げない事はないが、しかし体力が持つかな?ま、男子と
違ってそれ程、力を出す事もないのか…)

 昼休みの間にウチを含む3クラスが合同で体育なので、
男女に別れて一斉にロッカーへと向う。
(セーラー服、体操服、そして今度はスクール水着か。
こうなったら何でも着てやるさ。チアガールでもやるかい?)
 ロッカーから水着を取り出しながら、そんな事を考えてみた。

「葵さん」
「あ、市合さん」
「水着持った?なら一緒に行きましょ」
「うん」
 二人で体育館脇の更衣室へ向った。

「うわっ!スッゲぇー」
 更衣室のドアを開け、中に入ると女子達が着替えの真っ最中
だった。
(ハ、ハーレムじゃん)
「どうしたの?」
「な、なんでもない。嬉しい…瑞希で良かったー」
 拳を振り上げ感動を露わにするオレ。
「ぷっ。葵さん、ホント変」

 まだ始業時間までには余裕があるせいか、各々(おのおの)
好き放題にお喋りし合っている。
「うわー、胸大きいー」
「やーん、その下着、可愛いー。ねえ、どこで買ったの?」
「スタイルいいよねー。食べても太んないだって」
「ねぇ、ここのお毛毛ってさー、どうやって処理してる?」

「おお!おおっ!…いいねー。堪らんな、これは」
「葵さん、着替えないの?なんか目がイヤらしい中年のオッサンに
なってるわよ。口も半開きだし」
「あ、ホント?ヤバっ。早く着替えようっと」
 我に返ったオレは急いで制服を脱ぎ、真新しい匂いのするスクール
水着に足を通した。

 
 キーンコーンカーン…
 午後の始業を告げるチャイムが鳴り、少女達をプールへと
急がせた。

 最初に簡単な準備体操を行い、その後は生徒達の
水泳テストを行った。
 テストといっても25mのプールをどれくらいのタイムで泳げるか
時間を測るだけのものだ。

「ふー、終わった…」
(不思議だなー。ちゃんと泳ぎ切れたのにも驚くが、自分の年で
疲れがこの程度とは…ひょっとすると、この皮を着込むと
その年齢の若さを引き出せるのだろうか? ならば、いっその事、
この皮を脱いだ時に少しでも若返ってくれれば有り難いのだがな。
さすがに、それは有り得ないか)

「葵さん」
「あ、市合さんも終わったんだ。お疲れー」
彼 女は水着から水を滴らせ、自分の隣りに座った。
「私、運動オンチなの」
「ああ、私だってそうだよ。いいじゃん別に。女の子なんだから」
(やっぱ市合って、いい女だよなー。中年男とホテルに入った
のが見間違いである事を祈りたいよ)

「葵さんはスポーツ何が得意なの?」
「え、私?そうねー、何だろう…ゴルフ…じゃなくってぇ、
えーと…ボーリングかな」
「いいなー、私、玉を使うのも下手なんだよね」
「ええっ!玉ぁ?」
(ヤバ、オレ今すっげー、卑猥な事、想像したぞ)

 初めてのスクール水着での授業も、何とか無事終えた。
(ここんとこずっと初めてづくしだな。セーラー服を着るのも、
そうだし。もちろん女としての初体験もだが)

「さてと、市合さんを誘って帰るか」
 終業のチャイムが鳴り、オレは鞄を持って席を立った。


「このクラスに葵瑞希っている?」
 上級生だろうか?人の名前を呼び捨てにしながら、
教室に一人の女子が入ってきた。
「あの…私ですけど」
「あ、そう。ちょっと用があるんだけど、体育館まで
来てくんない?」
「はい。いいですけど…鞄は?」
「鞄?ああ、持ってきていいよ」
 改めてよく見るとセーラーのリボンの色がブルーだった。
1年生は赤、3年生はブラウンだから、彼女は2年生だ。


 オレは何事かは分からなかったが、とにかく付いて行く事にした。
 市合に向けて手を顔の真ん中に立てて、謝罪のサインを送った。
(待っててくれるだろうか?ま、いいか、話しをするのは明日でも。
それにしても先輩が俺に何の用なんだ?)


「ここだよ。ほら、先に入んな」
 オレは背中を押されるようにして、体育館に通された。
(なんだか嫌な予感がするぞ)
 入り口には、まるで見張り役のような2人の女子が立っている。
 中にも2人、そして自分を呼びにきた1人、全部で女子が5人。
 全員、リボンの色はブルーだ。

「お前が葵瑞希か?」
 グループのリーダー格らしい1人が口を開いた。
「はい…そうですけど」
「お前、入学早々、男と毎日のように校門で待ち合わせしてる
らしいじゃないか」
「それが何か、いけない事なんでしょうか?」
「新入生のくせに生意気なんだよ!それに年上に対して敬語も
使えないのかよ、お前」
 脇にいた一人が食って掛かるように言う。

「頭が良くて、顔も良くていい気になってんのか?」
 リーダー格がさらに言う。
 最初、後ろに隠していて見えなかったが、剣道の竹刀(しない)を
用意しているようだ。
(リンチでもするつもりか…うー、いくら若返ったといっても5人相手じゃ
負けは必至だな)

「貸せっ!」
「あ!」
 持っていた鞄を右脇にいた女に奪われ、遠くへ放り投げられて
しまった。
「何をするんですか…?」
(まずいな、防御するものが無くなってしまった)
「制裁だよ…お前みたいなチャラチャラした女を黙って見てられないんだ」
 バシンッ!!!
 館内に、床を叩いた竹刀の音が響き渡った。

「先生に言いつけます」
「お前、本当に生意気な奴だな」
 リーダー格の女が近づいて、胸ぐらを掴んだ。
「先コウに言いたきゃ、言いな。そんなことしたら、もっと酷い目に
合わせてやる。それも毎日な」
「や…めて…下さ…い」
 ギリギリと締め上げられるので、上手く言葉を話せない


「じゃ、私は…くっ、どうすれば…」
「男と別れな。それから私たちの配下になってパシリをやれ。
そうだな…あとは毎月、小遣いでも納めてもらおうか」
(本当の目的はそれか)
「お金なんて…ありません」
「嘘をつくなっ!調べたんだよ。お前んち結構、裕福みたい
じゃんか」
「あ、ホントだ。こいつ1年の癖に結構高そうなパンツ
穿いてますよ」
左脇にいた女がスカートを捲って言う。
「や…め…」

「どうなんだ?やるのか、やらないのか?」
「う…く…ふ、ふざけ…るな」
「何だと?」
「ふざけるなと言ったんだ!このガキがぁ!」
 オレは掴まれた手を払い、リーダー格の胸グラを逆に掴み返し
満身の力を込めて、そのまま床に投げ付けた。

 一瞬何が起こったのか分からない様子だったが、すぐに
立ち上がろうとしたので、上履きのまま喉元を踏みつける。
「新入生だからってナメテんじゃねえぞ!おらー。たかだか
1歳しか変わらねーくせして威張りくさりやがって」
「く…く、お前ら、やっちまえ」
 喉元の締め付けが緩いのか、まだまともに声が出せるようだ。

「けっ、仕方ねえな」
 オレは落ちていた竹刀を拾うと、床を激しく叩いた。
バァッシーンッ!!!
「オラーッ!おめーら、掛かってくるなら来い!片っ端から
ブチのめしてやる。身体中に一生消えない様なアザを残して
やるからな!ほら、お前ー。お前から来い!お前だよっ!!」
 入り口で見張り役として立っていた1人に竹刀の先を向けて
挑発する。

「ひ、ひえー」
 2人の見張り役は顔を見合わせて震えた。
「ボケっとしてねーで、掛かって来いつってんだろうがっ!」
 バシーンッ!バシーンッ!!
 続けざまに2度、床を叩きつける。
「だ、誰かー…」
 2人は扉を開けて逃げ出していった。
(あと、2人か…)

 だが先ほどまでオレの両脇にいた2人は、腰を抜かしたのか
床に座り込んでいる。
「おいっ!あいつら逃げちまったぞ。おーめらはどうすんだ?
ああん?早く助けねーと、こいつマジで死んじまうかもな」
 オレは、つま先にさらに力を入れ喉を圧迫した。

「ぐっ…うぅ…た、助…け…ぐふっ」
 口端から涎と泡を垂れ流しながら、助けを求めるリーダー格は
白目を剥いている。失神するのは時間の問題だろう。
「ほらー、どうしたー?どいつもこいつも口先ばかりだな。
あーあー、もう駄目だ。こいつの喉笛潰れっちまったよ。
もう一生声が出ないかもな。おめーらが助けないせいだぞ」
 今のハッタリが効いたのか、ふと足元を見るとリーダー格は
失禁し床を濡らしていた。

「ち、やる気が失せちまった。おいっ!おめーら、もう二度と
オレに構うんじゃねーぞ。おいっ、分かってんのか?返事っ!」
 竹刀の先で2人の額の真ん中を順に突く。
「は、はいっ!」
「もう二度としません。絶対しません!」
 2人は、まるで壊れた人形のように何度も頭を下げて詫びる。
「ならいい。オレは帰る!おい、鞄っ!」
「はっ、はいーっ」
 1人が立ち上がって先ほど、放り投げた鞄のある場所に
走って行き取ってきた。

「うむ、じゃあな」
 オレは鞄を受け取ると、2人の前にわざと竹刀を投げ捨てた。
(拾わないか…なら、もう大丈夫だな)

「あ、そうだ、これ」
オレは足を止め、スカートのポケットからハンカチとティッシュを
取り出して投げた。
「こ、これは…?」
「あいつに使ってやれよ。この後、部活でココ使うのに床が
濡れてたんじゃマズイだろ?」

 そう言うと、オレは体育館を出た。
(やりすぎたかな?退学になったらどうしよう?どうせ瑞希本人
じゃねえし、いいか。ちぇっ…入学早々、瑞希…すまんな)

 急いで教室に戻ったが、市合の姿はすでに無かった。
「だよなー…ん?これは?」
 彼女の机の下に落ちていたのは、彼女の生徒手帳だった。
 この高校は登校時に必ず、門の前に立つ当直の先生に
生徒手帳を見せる事になっている。
 不審者の侵入を防ぐ為だ。
 万一、忘れると始末書を書かされる事になっているので厄介だ。

「届けてやるか…ん?この住所は…」
 オレは拾った市合の手帳を届けることにした。だがそれは、
同時に大変な事実を知らされる事となるのだった。


(第7章へ)




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