かわいい男の娘は好きですか?(第2章)
作:嵐山GO



「まんざらでもないみたいね」
ボクは洗面所の扉が開いていることを忘れて、飛び上がるほど驚いた。
それほどまでにボクは鏡の中の自分の姿に魅入っていたのだ。
「じゃ、そろそろ始めましょうか」
ボクは引っ張り出され、ステージのある部屋へ向った。

「そこに立って適当に好きなポーズを取ってみて」
「適当に・・・ですか?」
「ええ。モデルなんて初めてでしょ?それに女装も
初めてでしょうから緊張してるじゃない?好きなように
動いてていいわ。こっちも適当なところでシャッターを切るから。
慣れてきたら少しずつ指示を出すからね」
「はぁ」

モデルはもちろん初めてだし、ましてや女装して人前でポーズを取るなんて、出来るのだろうか?
そんな事を考えながら、一歩踏み出したところで急に肩を掴まれた。
「ちょっと待って」
「はい?」
「ブラの中に詰め物をしましょう」
安藤さんはストッキングを持ってきて一足ずつ丸めると、ボクの制服の
リボンを緩めてブラの中へと押し込んだ。

「この方が自然でしょ?いいわよ」
ボクの視線の下に二つの大きな膨らみが出来た。
そして安藤さんの、その大胆で早急な行動にボクは少しだけ勇気を貰った。

白いスクリーンの前で歩いたり、立ち止まったり、座ったり
そして時々はカメラ目線で笑ったり、怒ったり、はにかんだり、
といったポーズを取れる程になっていった。

ある時はストロボが焚かれたり、またある時は赤色や青色の
スポットを当てられる。
30分も経つと縫いぐるみや携帯電話を持った可愛いポーズをまるで、
自分から望んでいるかのようにレンズに向けていた。

「いいわねー。表情がすごく良くなってきたわよ。
じゃ次は外、行ってみよっか」
「ええっ!?こ、この格好でですか?」
ボクはすっかり忘れていた。そういえばモデル料の3セットの
中に外出という条件があったことを。

(ここで止めて一万円貰うという訳にはいかないのかな・・・)
「言っておくけど、ここで止めてもお金は1円も払わないわよ」
安藤さんはボクの心を見透かしたように、きっぱりと言った。
(やっぱり・・・そうだよなー。仕方がない・・・行くか。
知り合いが居ないのが本当に、せめてもの救いだ・・・)

「さっきのボックスの所に靴が置いてあるからサイズ、合うのを
見つけて穿いてね。学生っぽいのを選ぶのよ」
優しさの中に有無を言わせぬ命令口調を感じ、ボクはただそれに
従う他なかった。

「女子校生とデートなんてウキウキしちゃうわ。はい、これ持って」
彼女は脇に挟んでいた空の学生鞄をボクに手渡す。
「どこまで行くんですか?」
恐る恐る聞いてみた。
「新宿御苑なんてどう?今日はお天気もいいし、家族連れも沢山いて
きっと賑やかだわよ」
「そんなー・・・でも車で行くんですよね?」
「まさか。大都会で、しかも目と鼻の先なのに車なんか使う人いる?
地下鉄よ、ち・か・て・つ。安心して。切符は買ってあげるから」
(そういう問題じゃないってば)

スタジオを出て、ビルの階段を降りながら彼女が言った。
「それにしても君」
「?」
「ホント毛、薄いよね。髭もスネ毛も殆ど無いのね。ホントに
女の子みたい。もしかしてアソコの毛も生えてないの?」
「生えてます!」
ボクは怒りを込めて反論した。
「あら、ゴメンナサイ。でも楽で良かったわ。お化粧しなくて
済んだもの。化粧の濃い女子校生はちょっと絵にならないもんねー」
ボクの肩をポンポンと叩きながら、安藤さんは笑って言った。

信じられない事だけど、駅構内や電車の中での記憶が殆どない。
というか恥ずかしさで頭の中は真っ白。
ひたすら人目を避けるように歩き、事あるごとに彼女の陰に隠れていた。
電車の中では目を閉じていたと思う。会話などまるで無かったと思う。
とにかく大きく息を吐き、正気を取り戻したときには目的地に着いていた。


「着いたわ。御苑よ。いい場所が見つかるまで少し歩きましょう」
ボクらは綺麗に整備された遊歩道を歩く。
前から誰かが歩いてくると、すかさず彼女の後ろに身を隠す。
さっきからずっと、その繰り返しだ。
「大丈夫よ。そんなに気にしなくっても。隠れたりする方が
かえって目立つのよ」
(そうかもしれない・・・でも休日のお昼過ぎに制服を着て歩いてること
自体目立ってると思うけど・・・)

「ほら、前から女子中学生らしきグループが来たわよ。しゃんと
しなさい」
「・・・はい」
見れば、確かに私服ではあるが、明らかに中学生とおぼしき3人組が
歩いて来るではないか。

隠れるなと言われたので、並んで寄り添うように歩いていたが3人組は
ボクを発見した時からずっと凝視したままだ。
だが、だからといってどうする事も出来ず、ボクは彼女たちが目前に
来るとまた俯き加減になってしまった。

その時だった。彼女たちの会話が耳に入った。
「ねぇ、今の制服って青山女学園高等部の制服だよねー?」
「そう、そう。可愛いよねー。私もあの制服着たいなー」
「うん。でも私の成績じゃ無理だな。それにウチはお金無いから
私立なんて、ぜぇーたい無理っ!超無理」
「確かさー、あの制服ってアメリカの有名なデザイナーが・・・」
距離が離れすぎたせいか、その辺りから会話が聞こえなくなってしまった。

(もしかして、ボクが男だってことバレてないんだ・・・)

ボクたちはちょっとした遊戯具のある場所で撮影を開始した。
近場にいた人や、通りすがりの人が何事だろうと立ち止まって
ボクを見てゆく。
そして何人かはグラビアアイドルか何かと勘違いしたのか、
携帯電話を取り出してはカメラモードで写真を撮ってゆく。

(もういいや・・・どうにでもなれだ。好きなだけ見ていきなよ)
それは諦めというより自分に向けてシャッターが切られるという
行為への陶酔に近かった。
(ボクは男なんだぞ。こんな可愛い格好してるけどスカートの中には
オチンチ○があるんだ。でもみんな気づいてないんだね)
笑顔を振りまき、手を振り、スカートをなびかせて女の子を演じる。

「オッケー、いいわよ。昼下がりに公園で遊ぶ女子校生の絵が
撮れたわ。やっぱり若い子は外よね。じゃ、帰りましょうか」
「はーい」
ボクはスカートに付いた芝のゴミなどを払い落としながら、
彼女のあとを軽やかに付いていった。

だがボクにとっての本当の試練は実は、この後に用意されていたのだ。



(第3章)へ

inserted by FC2 system