かわいい男の娘は好きですか?(序章)
作:嵐山GO



その日、ボクは一人でぶらぶらと新宿の通りを歩いていた。
雲ひとつ無く澄み切った青空がビルの合間から見る事が出来る。
「お腹、空いちゃったな・・・もうお昼だもんね」
建物に取り付けられたLED掲示板が「11:58」と
告げている。

(財布の中にあと幾らあったっけ・・・?)
ポケットから出して数えてみると千円札が2枚、後は小銭が少し。
「無駄遣い出来ないよ・・・給料日まであと一週間もあるし」
大学を卒業して、小さな会社に就職したものの、同時に親元を
離れてしまったので出費は予想を遥かに超えていた。
(もう社会人だから親には甘えられないしなー。むしろボクの方が
逆に恩返ししないといけない位だ。まぁ、それは先でもいいとして
問題はこの一週間をどうやって生活するか・・・)

アパートは前家賃で払ってあるので、あとは正に食費のみ。
「駅に戻って立ち食い屋でも探そうか・・・」
ボクは立ち止まり、迷子の仔猫のようにあたりをキョロキョロと
見回した。

「ねぇ、君!」
自分の事かと、声の主を探るとスラリとスタイルのいい女性が
立っていた。
幾つくらいだろう?20代後半?あるいは、もう少しいってるかも。
「ボク・・・ですか?」
背の高さは同じくらいだが、ボクは幾分見上げるような姿勢で
返答した。

「ええ、君よ。君、いま暇かしら?」
ジーンズに綿のダンガリーシャツ、その上に皮のベストを着ている。
(暇か、だって?何かの勧誘だろうか?都会には多いというからな。
ボクみたいな田舎者はカモにされやすいんだ。気を付けなきゃ)
「べ、別に・・・」
まったく答えになっていない言葉が口から漏れる。

「怪しいものじゃないから安心して。はい、これ私の名刺よ」
女は名刺入れの中から一枚取り出すとボクにくれた。
『○×出版  編集・カメラマン  安藤淑子』
「出版・・・?アンケートか何かですか?」
ボクは名刺を見ながら質問した。

「そうじゃないわ。私、モデルを探してるの?君のその顔っていうか、
雰囲気が私の探してたイメージに合うのよ。どうかしら?」
「ボクがモデル?そんなの全然無理ですよ。からかってるんですか?」
モデルどころか、友達と一緒に写真に写るのもあまり好きじゃなかった。
カッコ良くないし、服装のセンスもイマイチだし、肉体美でもない、
とにかく絵的に褒められる箇所は一つも無いのだ。

「私、本気なんだけどな。君のその、ちょっと中性的なオーラが
いい感じなのよ」
確かにナヨナヨとしてて女みたいだと言われたことは何度かある。
でもテレビに出てるようなビジュアル系とかバイセクシュアルとは
まるで違う。
「ちょっとスタジオに来てみない?今は私しかいないけどパッパッと
撮っちゃうから。ね?」
ボクが黙って怒った様に見つめ返していたから、女の方が言葉を繋いだ。

「うーん・・・ボクなんか撮っても仕方ないと思いますけど。
で、どんな写真を撮るんですか?」
「それは向こうで説明するわ。そぐそこだから。歩いて5分くらいなの。
それとモデル料だけど、スタジオ撮り、それから外で数枚撮って、
もう一度スタジオに戻って全部で3セット。合計3万でどう?」
「え、3万円?」
(今のボクにとって3万円は大金だ。一週間後の給料だって
初月給だから期待は出来ない。ここで3万円あれば来月だって安泰だ)

「ね。悪い話じゃないでしょ?どうしても気に入らなければ話を
聞いた後で断ってもいいし」
「そう・・・ですね」
ボクは現金3万円の魅力に勝てなかった。今のボクには、どうしても
3万円が必要なのだ。
(それに、まさか女の子じゃあるまいし、恥ずかしい写真を
撮られるという事もないだろう・・・)

でもボクの予想に反して彼女、安藤さんはボクの恥ずかしい格好を
求めた。
そして、この事がボクの今後の運命を決めたのだった・・・。



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