「異心伝心(ことなるこころ つたわるこころ)」〜その4
作:嵐山GO



「以前、私が製薬会社で作り上げた薬の中で結局、使わずじまいになっている物がある。試作さえしとらんから上手くいくとは限らんが・・・そうだ、アレを使ってみるか・・・」
老人は遠い記憶をたどる様に、目を細め言葉を繋いだ。

「どうしたんですか・・・?」
「うん。言葉で説明するのは難しいんだが、人の記憶を丸ごと交換する薬があるんだよ」
「記憶・・・交換?」
「ああ、それを使えば私と麻耶ちゃんの記憶を入れ替えられるから、全く別の人生を始められる。ただし・・・」
ここで老人は腕を組んで、うな垂れるように考え込んだ。

「ただし、何ですか?」
「うん・・・上手くいくかは、やってみなければ分からない。試したことが無いんだよ」
「私は、どっちみち死ぬつもりの覚悟ですから失敗なんて恐れてません。
で、その薬を使うと私の人生はどう変わるんですか?」
「簡単に言えば麻耶ちゃんが、この家に住むことになる。そして私が代わって君の家に戻って、麻耶ちゃんの人生を歩む事になる」

「でも、それって、すぐにバレませんか?」
「バレはしない。姿はそのままで、記憶と思考が入れ替わるだけだからね」

「私にとっては有り難い話ですけど、おじいさんが可愛そう。
だって本当に家も学校も楽しくないし・・・それにこの家やお金はどうするんですか?ウチは本当に貧乏ですよ」
「若さを貰えるのならお金など惜しくはない。
それに、これでも勉強は好きな方でね。学校へ行くの苦ではないんだ。
むしろ、もう一度行きたい位なのだよ」


「はぁ・・・」
「どうするね?」
「でも、なんだか申し訳なくて・・・私だけが自由になって・・・
おじいさんは何もかも無くしてしまうんじゃないですか?」
「それでは時々遊びに来るから、お小遣いをくれるかい?」
「当然です、っていうか、ここにあるもの全ておじいさんの物じゃないですか。好きなだけ持っていって下さい」
「冗談だよ。若さと引き換えに麻耶ちゃんにあげるんだ。何でも自由に使いなさい。
それに見た目にも不自然な二人が、何度も逢うわけにはいかないだろう」
「私は別に構わないんですけど・・・」

「では、どうしようか?すぐにでも実行するかい?」
「はい。正直、家には帰りたくないし、電車にでも乗ってどこか楽に死ねる場所に行こうか、考えていたくらいですから」
「そう・・・じゃ、これから準備するけど、本当に家に電話しなくていいんだね?」
「構いません。それに、この時間は誰もいませんし」
「分かった。じゃあ、仕舞っておいた薬を探してくるとしよう。
麻耶ちゃんは、ここで待っていて。たしか地下のワイン倉の冷蔵庫の中だったと思うから、見つけたらスグに戻るよ」

「分かりました・・・」
少女が答えると、老人は立ち上がってドアに向った。
「一つ聞いてもいいですか?別に失敗して死ぬのは恐くは無いのですが、聞いておきたいんです。
おじいさんの身体は健康なんですか?」
「ははは、もっともな質問だ。安心しなさい。私はいたって健康だよ。医者も薬も、ほとんど世話になったことが無い。
入れ替わりが、上手くいったら旅行へ行くなり何でも好きな事をすればいいさ」
「分かりました。すみません・・・変な質問して」
「いや、いい。それじゃあね」

バタンッ
老人が部屋を出ると、静寂の中で少女は大きな溜息をついた。
「ふうー・・・本当にいいのかしら・・・」


(その5へ)



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