「異心伝心(ことなるこころ つたわるこころ)」〜その5
作:嵐山GO



20分ほど経っただろうか、老人が数本の小瓶を持って戻ってきた。
「待たせたね。思っていたより奥のほうに仕舞ってあったのでね。これじゃよ」
「これを飲むんですか・・・?」
「ああ、この3本の液を私の言うとおりに、私と一緒に順に飲んでくれ。
まず私が飲む。その後で麻耶ちゃんに渡すから残りを飲み干す。出来るね?」
「出来ます。でも、どういう仕組みなんですか?」

「仕組みというか・・・簡単に説明すると、最初の瓶が記憶の集合体を作り上げる薬だ。生きた魂みたいなもんかな。
次が、その魂を身体から抜け出させるためのもの。最後の瓶は一度抜けた本人の魂を拒絶し、入らなくする為のものだ。
つまり抜け出た魂は、一番近場にいる別の身体を求めて入り込むことになる。上手くいけば、だがね」
「今までに誰とも試さなかったんですか?」

「恐いかい?」
「恐くなんてありません!ただ、こんな便利なもの・・・」
「これは全くの偶然に出来上がったシロモノなんだ。発明なんてそんなもんだろう?
だがね、以前いた研究室で勝手に薬品や機材を使って作り上げたのでね、
データも残してないから一発勝負なのだよ」
「私でいいんですか?若くなるだけなら、メイドのアリサさんとか」
「主人と使用人が入れ替わってどうする。明日から自分の家の掃除をする人生なんて私はごめんだよ」

「分かりました。おじいさんがいいのなら私もいいです。お願いします」
「よし、では始めよう。最初はこの瓶からだ」

ゴクッ、ゴクン
二人はソファに座ったまま、並べられた溶液を順に飲み干していった。
3本目を飲み終わり、しばらくすると二人は気が抜けたように目を閉じうなだれる。

10分ほどの時間が流れた・・・
「う、うーむ・・・」
先に目を開けたのは少女の方だった。
「おお、上手くいったようだな・・・麻耶ちゃんは?」
老人は目を覚まさない。だが、かすかに胸が上下し呼吸しているところを見ると失敗ではないようだ。

「やはり年をとっている分だけ、目覚めるのに時間がかかるようだな。では私はやるべき事をやっておくか・・・」
若々しい少女の声でセーラー服姿のスカートを翻して部屋を出て行った。



「ほら、大丈夫かい?起きなさい。さあ、目を開けて」
しばらくして部屋に戻ってくると、一向に目を覚まさない老人の身体に向け声を掛けた。
「ん、んんー・・・あ、あれ?私だ・・私がいる?あ、そうか入れ替わったんですね」
「そうだよ。成功したんだ。良かったね」
「私・・・どれくらい眠っていたんですか?」
老人の声で麻耶が言った。
「そうだね。30分くらいかな?どこか痛いとか、気分が悪いことはないかい?」

「ええ、平気・・・大丈夫みたいです」
老人はゆっくり立ち上がり、自分の身体を見下ろしながら言った。
「たった今から君はこの家の主人だ。もう自由になれたのだ。なんでも使って好きなように生きなさい」
「でも何がドコにあるかも全然分かりません」

「大丈夫。もう少し時間が経てば体内のDNAに残された記憶を少しづつ取り出せるようになる。
それでも分からない事はアリサ君に聞きなさい。あとは私に電話してくれても構わない。
自分の家の電話番号だから覚えているだろう?」
「ええ、それは」
「あとは、そうだな。私の書斎にパソコンが置いておる。
この中に収入や税金や財産の管理をしたファイルがあるから見てみるといい」
「収入があるんですか?」

「ああ、何冊か本を出している。その印税が入ってくるんだ。他にも年金とかね」
「すごい。何もしなくてもお金が入ってくるんですね」
「まあね。でも税金の他にも出て行くものもあるよ。生活費やアリサ君の給料とか。殆ど自動引き落としだから手間はないがね」
「良かった・・・」

「ああ、それからアリサ君だが・・・その、たまには夜の相手をして貰いなさい」
「ええっ!?よ、夜の相手って・・・その、あの、もしかして」
「そう、セックスだ。彼女だって若いし、たまには相手をしてあげないと。アリサ君、悲しむよ」
「そうなんですか?」
「うん。私の身体だって、まだまだ性欲は旺盛だよ。なんなら今、二人で試してみるかい?」
「い、いえ!遠慮します。そんな事、いきなり言われても・・・私」
「あはは。冗談だよ。さて、では記憶を辿りながら、私は家に向うとしよう」
麻耶の身体をものにした老人は、床に置かれていた学生鞄を拾い上げた。

「もう元には戻れないんですよね?」
老人の身体を得た少女は、元の自分の身体が去ってゆく後ろ姿に向けて声をかけた。
「そうだよ。後悔してるのかい?」
「してません・・・でも、あの・・・明日から大変だと思うけど自殺なんかしないで下さいね」

「大丈夫。しないよ。ああ、それと2匹の犬の事も頼んだよ。一日に一度、散歩に連れて行くことを忘れないで」
「ジョンちゃんとリオンちゃんですね」
「ちゃんは付けなくていい。それから喋り方も直していく様に」
「はい・・・おじいさんもね。あ、もうおじいさんじゃないですね」
「うん。じゃ、さようなら」
「さようなら、私」

バタンッ
ドアを閉め一人、長い廊下を歩き始める。
(この私がセーラー服を着て、明日から学校に行く事になるとはね。
さて、そろそろ記憶が読める頃かな・・・?)
(名前は菊池麻耶、17歳、処女、学校での成績は中の上くらい、仲のいい女友達が一人と
片想いの先輩が一人・・・か。ふふふ、いいぞ。いいぞ。)
少女のDNAに刻み込まれた記憶を次々に読み取っていくと、自然に口元が緩んだ。

(自由に引き出せる秘密の口座も、さっき作っておいたから金に困る事も無い。
せいぜい、お洒落にも気を配ってみるか。女は服装でガラリと雰囲気が変わるからな。
それと早い内にセックスも体験しよう。女の快感は男の比じゃないというし。なんだ、楽しいことだらけじゃないか)

全く同じ姿なのに、昼間の少女とはまるで違う喜びのオーラを身体中で発しながら、屋敷を後にした。



(おわり)



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