「異心伝心(ことなるこころ つたわるこころ)」〜その1
作:嵐山GO



初夏の昼下がり、初老のその男は2匹のゴールデンレトリバーといわれる大型犬を連れて公園に訪れていた。
2匹の犬は相当な力で老人を引っ張っているはずだが、それに負けないくらいの力をもって、制する形で2匹を連れ回している。
もしかしたら見た目よりもうんと若いか、あるいは体力のある人物なのだろう。

老人は公園の中央広場まで来ると、一休みするために空いているベンチを捜した。
さすがに自宅からここまで散歩させるのに相当な力を消耗したに違いない。

「ふぅ。さてと、ここにしようか」
ベンチは中央の大きく丸い芝生を取り囲むように、外側に間隔を空けて設置されている。
握り締めていた太い紐をベンチの手すり部分にゆわくと、ようやく腰を下ろして一息ついた。

2匹の内の1匹が紐の許す範囲内で、ウロウロと動き回っている。
もう1匹はおとなしく座って老人を見上げていた。
「よしよし、お前はホントにおとなしいヤツだな。ジョンを見てみろ。
落ち着きのない・・・」
ジョンというのは動き回っている方の犬の名前のようだ。
頭を撫でながら、老人は目でジョンを追った。

クウン・・・
ジョンは隣りのベンチに座っている少女の前に座ると、小さな声を上げた。
その女の子は中学生か、あるいは高校生だろう・・・セーラー服を着ている。
だが両手で顔を隠すようにし、さらには塞ぎこむ様にうなだれていたので、風貌を窺い知ることは出来ない。

「ジョン、駄目だよ。さ、こっちにおいで」
老人は小声で愛犬を手招きしながら呼んだ。
クウン
だが、ジョンは一向に動こうとせず、相変わらず少女を見上げたままだ。

「あ・・・犬。可愛い・・・」
少女はやっとジョンに気づいたようで、両手を顔から離すと手を差し伸べて大型犬の頭を撫でてみた。

「お譲ちゃん、犬が好きなのかい?」
昔から犬は人を見るという。ジョンが女の子の側に行ったのは何か理由があるのかもしれない。
「え?あ、はい・・・大好きです」
か細い声で老人の声に答えた。
背中まである長い髪がとてもよく似合う美少女だった。
だが、それとなく大人の雰囲気も漂うところから見れば中学生ではあるまい。

「その犬はね、ジョンというんだ。落ち着きがなくてね。でも、どうやらお譲ちゃんの事が好きみたいだな」
「うふふ・・・ジョンちゃん。そうなの?おいで」
少女は、そう言いながらも自分からベンチを降りジョンを抱きしめた。

その姿はまるで絵画でも見るような美しさだった。
憂いさえも感じさせる女の子は、それでも満面の笑みを浮かべて琥珀色に輝く犬を抱きしめている。
もしカメラを持っていたなら間違いなく何度もシャッターを押し続けただろう。
正にそんな光景だった。
だが少女のガラスのように壊れそうな儚さは、一向に変わることがない。

「お譲ちゃん・・・聞いてもいいかな?さっきはなぜ、悲しそうにしていたの?」
老人は先程の少女のうな垂れた姿を思い出し、勇気を出して聞いた。


(その2へ)



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