『化けの皮』
 作:嵐山GO


(その1)

「-----という訳だ。どうだ?俺の話は理解したか?」
「いや、いきなりそんな事、急に言われて理解しろなんて無理だよ」
 オレは風間幸人16歳、高校1年生だ。そして今、オレの部屋の
前で喋っているのは同じクラスの谷口由真、の筈なんだが本人は
真っ向から否定している。
「お前、頭悪いなー。現にこうやって谷口の姿で来てるんだから
信じるしかないだろ?俺は森田功治。中身は男なんだよ」
「だからさ、何度も言ってるようにオレはお前を知らないんだ。
森田って言ったっけ?」
「森田功治だよ。ホントに覚えてないのかよ?幼稚園の頃、
よく一緒に遊んだろ?」
 谷口由真に化けているという人物は、なおも男口調で力説する。
「悪い。まったく思い出せないんだ」
「マジかよ?なら、アルバムあるだろ。写真見れば、さすがに
思い出すんじゃないか」
「あ、ああ…確かに、そうだな。分かった」
 オレは本棚に差し込まれて、何年も埃を被ったままの
子供の頃のアルバムを引き抜いた。

「ほら、見ろよ。これが俺だ。それと、こっちの写真に小さく
写ってるのが谷口だろうな」
 遠足などで撮られた写真を指差しながら言う。
「谷口?谷口由真って高校に入ってから初めて会ったと思うけど。
何かの間違いじゃない?それに卒園写真のドコにも谷口って名は無いよ
…そういや、お前の名前も無いな」
「もしかしたら俺と一緒で卒園前に引っ越したのかもな?それに苗字
なんて親が再婚したら変わるだろ?その辺は、今度本人に会ったら直接、
聞いてみろよ」
「うーーーん…本人の前で、そんな事言われてもなー」
「だから俺は谷口じゃねぇーって!化けてるんだって言ってんだろ」



「うん、それはいいよ。でも、これが何かの悪戯という事も考えられる
でしょ?例えば、そう…ほら、テレビとかでやってる『ドッキリ』
みたいな?」
「そんな事して誰に、どんな得がある?この部屋のドコかでカメラでも
回ってるっていうのか?それに考えてもみろよ。谷口が、お前んちに
何しに来るっていうんだ?そんな下らない悪戯事に乗ると思うか?」
「あ。ま、まぁ…ね。オレ、あいつに無視されてるみたいだし」
「そうなのか?」
「いや、ま、それは考え過ぎかもしれないけど、ほとんど話したこと無いんだ」
「幼馴染なんだから声ぐらい掛ければいいだろ」
「そう言うけどさ。頭もいいし、人気者だし、可愛いだろ?なかなか…ね」
 本人の前で、ここまで褒めるのも不思議な気分だ。
「案外、向こうはお前が話しかけてくれるの待ってるかもよ」
「それは無いな」
 6畳の部屋にオレ達は適当な場所に座わり話している。
 確かに本物だったら、こんな粗野な喋り方はしないだろうから、
オレは緊張でアガリまくっているに違いない。
 事実、部屋に入ってきたときは腰を抜かす程に驚いてしまった。
 それでも、まだ信じられず自分の方は何とも中途半端な喋りになって
いるが。

 
 コンコンッ!
「幸人?お母さんだけど、お茶を持ってきたの。入ってもいいかしら?」
「あ、ああ。いいよ」
 ガチャリッ!
「由真ちゃーん、いらっしゃーい。ゆっくりしていってね。はい、お茶と
お菓子よ。お口に合えばいいけど」
「あ、おばさん。どうぞ、お構いなく」
 彼女は急に女らしい喋り方に変えると、背筋を伸ばして丁寧に頭を
下げた。
「いいのよ。ウチに女の子が遊びに来るなんて初めての事だし、それに
由真ちゃんは、この辺じゃ有名人だものね」
「いえー、そんな事ないです」
「だって、ほらー。この前のお祭り大会でもテレビ局が来て映したのを
流してたけど、由真ちゃんしか映ってなかったわよー」
「やーん、見たんですかー。恥ずかしいな」
 両手で顔を隠す仕草がとてもキュートで愛らしい。

「じゃ、ホントにゆっくりしていってね。私、これから買い物に
出かけるから。ね?それから幸人、あんた女の子の前なのに、そんな
格好でなんですか。だから女の子にモテナイのよ」
 Tシャツにボクサーパンツ姿のオレを責める。
「うるせーよ。余計なお世話だっつーの。早く買い物行けよ」
「はい、はい。じゃあね。由真ちゃん、幸人と仲良くしてやってね」
「あ…はい。分かりました」
 一応、照れくさそうな素振りを見せて返事をする。 
 バタンッ
 母親は言いたいことだけ言い、出て行った。
「ちぇっ」
「お前んチのおばさん、いい感じじゃん。ウチなんて『勉強しろ』って
口うるさくって堪らないぜ」
 もう口調を戻し、お盆に乗せられたケーキと紅茶を口に運び始めた。

「あのさ…もう一回、聞いていいか?」
「モグモグ、ゴクッ。ちょっと待て。これ食ってからな」
「腹減ってんのかよ?オレのも食うか?」
「いいのか?悪いな。ちょっと慌てて出てきたもんでさ。朝飯食って
ねーんだよ。じゃ遠慮なく貰うぜ」
 最後の一口を頬張ると、早くも二つ目のケーキにフォ−クを突き立てた。

「じゃ、さっきお前が言った事をオレが復唱するから合いの手でも
何でもいいから入れてくれ。いいか?」
「分かった。モグモグ…」
「えーと…夕べ、寝ていたら枕元に死んだ爺さんが立っていた。
だったよな?」
「モグ」
 口は動かしたまま、首だけを立てに動かす。
「そんで、その爺さんが言うには、今日半日だけお前の望む姿に変えてやる、
と?」
「そう、そう。その通り」
 最初のケーキが喉を通過したのか、真っ当な返事が返ってきた。
 
「で、とっさに思いついたのが谷口由真だった訳?」
「ああ、寝る前に、祭りの放映をテレビでやってたからかな?
あー、それとも何日か前に偶然、谷口と町で会ったんだ。その記憶かも」
「へぇー、それで?」
「ま、立ち話で短い時間だったけど懐かしい話をしたよ。気難しい
感じは無かったなぁ。お前の考えすぎじゃないかな」
「お前ら、よくそんな昔のこと覚えてんなー。驚くよ」
「だったら決定的な事を思い出させてやろうか?お前、幼稚園の時、
野良犬に噛まれたろ?」
「ああ…でも、それさえもおぼろげだけどね」
「何だよ、しょうがねぇなー。あの時、俺と一緒だったんだぞ」
「…そうだっけ。ああ、そう言われてみると」
「お前、俺に言ったんだよ。犬と目を合わせるな、噛まれるぞって」
「それで?」
「でも俺、目を合わせちまってさ。噛まれそうになった時、変わりにお前が
飛び出してきて噛まれたって訳。俺を助けたんだぜ。覚えてねーの?」
「噛まれたのは覚えてるけど、身代わりになったとか思い出せない」

 何とか記憶の糸を手繰ろうとするが、あまりに古い記憶なので断片的に
すら思い出せない。
「傷口、まだ残ってんの?」
「ああ、あるよ。ほらっ」
 オレは足を放り出し、牙が食い込んだ小さな傷口を出した。
「悪かったな。まだ痛いか?」
「そんな訳ねぇーだろ。跡が残ってるだけだよ。叩いても何ともないさ」
 言いながら露わにした足の表面をパシパシと叩いてみせる。

「そっか。ま、いいや。今日、この格好でお前んチに来たのは、その
お礼とでも思ってくれよ」
「お礼?」
「そうさ。谷口の姿じゃ嫌か?誰か他の子の方が良かったとか?」
「そうじゃないけど…お礼なんて、そんな昔の事だし別にいいよ」
「いいじゃんか。半日だけなんだし、少し付き合え」
「うん。それは別にいいけど。よくウチが分かったな」
「実は、ちょっと前に俺もこの町に越して来たんだ。調べたらお前が、
まだこの町にいたし、スグに連絡取ろうと思ったんだけど俺も高校の
編入手続きとか長引いてさ」

「そうなんだ…でも大して思い出せなくて悪い」
「いいさ、時間はある。これから少しずつ時間を取り戻そうぜ」
「はは、なんだかSF的っていうか神妙な台詞だね。で、どうすんの?
その姿でデートでもしてくれる訳?」
「おっ、やっと信じてくれたみたいだな」
「何となくね。だって…お前、ノーブラだろ?」
「当たり前じゃんか。目が覚めたら女の姿だったんだぞ。母親の
ブラジャー借りてくる訳にもいかねーし。だいいち、こんな姿、親に見られ
たくない。それだけ急いで来たんだよ」
 由真は帽子こそ被っていたが、ジーンズにTシャツという軽装だった。


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