『BAD MEDICINE(良薬は口に苦し)』 【その3】
 作:嵐山GO


 どれくらい時間が経ったのか、俺は寝ぼけた頭を抱えながら起き上がる。
(げっ!? もう5時過ぎ? ヤバイ、本当に2時間近く寝ちまった。
母親が帰ってきちまう。早く出て顔でも洗うか…美遊の部屋にいたなんて
知れたら、えらい事だ)
 俺は洗面所へと向かう。
 カチャリ
 中へ一歩入ったが驚いて、足を止めた。中に美遊がいたからだ。
「あ、悪い。いたのか」
 俺は退き、ドアを閉めようとした。だが改めて室内をよく見ても、そこに
妹の姿は無い。
(んん? 確かにいたよな。びっくりしたような顔で俺を見たし…
気のせいか?)
 正面にいない事は間違いない。
(まだ寝ぼけてんのか…幻を見たのか? あ、まさか薬のせい?)
 ここへきて始めて薬の存在を思い起こした。
(ちぇ、なんで美遊なんかの…そりゃぁ、俺の中では一番気になる存在では、
あるけどさ)
 再び、洗面所に足を踏み入れる。

「う、嘘だろう!!!! お、俺が美遊になっていたのかよ!」
 先ほど見たのは鏡に映った自分の顔だった。そして今、再び鏡に
自分の顔を映す。
 だぶだぶの男物の服を着た美遊が立っている。
(道理でズボンが落ちて歩きにくいと思ったら、こういう事…)
「だが何故、男じゃなく女に…しかも美遊に?」
 再確認させられることは続く。どうも、さっきから声が甲高いと
思ったら、それもその筈。妹の声だからだ。

「ど、どうしよう? まさか…美遊に変身するなんて。マジでヤバイって。
早く元に戻らないと美遊が二人になっちまう。いや、その前に今…
これから、どうすんだよ! もうすぐ母親が帰ってくるって」
 俺はリビングに向かった。
 時計を見る。5時半に近い。
「帰ってきちゃうよ、おい」
  
 冷や汗が吹き出る。
 冷蔵庫を開け、奥に隠しておいた残りの溶液の入った試験管を
取り出す。
「飲むか? いや、どっちみち間に合わない。それに元には戻れないと
言われなかったか? じゃあ、どうする? 急げ! 考えろ。時間が
無いぞ」
 長いストレートの髪を掻きむしる。
 ガタッ!
 玄関の方で音がした。
「まずいよ。帰ってきちまったよ」
 俺は走って部屋に飛び込んだ。そこは妹の部屋だった。
「ば、化けるしかない…今は、とりあえず美遊に成りきるしかない」
 着ていた男物の服を全て脱ぐ。素っ裸になったが、見ている余裕も
何も無い。
「服だ。美遊の服を着よう。そ、その前にパンツか…ブラもか? 
いや、それは着け方もよく分からないし、自分の家だからいい事にしよう。
まずはパンツだ…パンツ」
 俺は籐の引き出しを引き、中から一枚取り出して穿いた。
「次は服? スカートか? いや、家だからもっとラフな何か…
おぉ、これでいいか」
 おそらくは友達の家に行く前に脱いだのだろう。スウェットの上下が
畳んで置いてある。

「ただいまー」
 母親が玄関から声を掛ける。
(隠れていても仕方ない。とりあえず、今は自然に振舞おう。明日の事は、
後でゆっくり考えよう)
 俺は美遊の姿で母親を出迎えに部屋を出た。
「ママ、おかえりー」
 いつも聞いている喋り方を真似てみた。
「あら? 美遊、今日はお友達の家に泊まるんじゃなかったの?」
 何も気づかない母親が両手にスーパーのビニール袋を持って歩き出す。
「あ、え? う、うん…やめたの。お友達が具合悪くなっちゃって
中止になったんだ」
袋を一つ受け取り、運ぶのを手伝う。
「あら、そう。それは残念だったわね。楽しみにしていたのにね。
ところで三郎さんは? 部屋にいるのかしら」
「お、お兄ちゃん? お兄ちゃんなら、友達の家に行ったよ。泊まるかも
しれないって」
「美遊? 今、なんて言ったの?」

「え? なにが?」
(ヤバイ! 俺、何か変なこと言ったか? 確か、美遊は俺のこと、
とりあえず『お兄ちゃん』て呼ぶよな?)
「お兄ちゃんは泊まりに行ったって、言ったんだけど…なんか変?」
「何て言うか、その言い方が愛らしいっていうか…いつもの、
あなたらしくはないわ」
「そ、そう? さっきちょっと話しをして、私たち仲良くすることに
決めたの」
「そうなの? あんなに嫌っていたのに? ま、仲がいいのは良い事
だけどね。それにしても、おかしな事もあるものね。雪でも降らなきゃ
いいけど」
「もう! ママったらー。もうすぐ夏なのに雪なんて降るわけ無いじゃない」
(あぶねー。バレたかと思ったぜ)
「それにしても美遊、あなた…」
「こ、今度は何!?」
「女の子なんだから髪くらい梳(と)かしなさい。寝起きみたいに
グシャグシャよ」
「あ、そ、そうだね…梳かしてくるよ」
(そうなんだよな。今の俺は女の子なんだ…)
 手に持ったスーパーの袋をキッチンに下ろして、俺はその場から
逃げ出した。
「すぐに夕飯の準備をするから手伝ってよ」
「はーーい」
(とりあえず美遊の部屋にでもいよう。母親と一緒にいると寿命が
縮まりそうだ)  

(続く)


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