『BAD MEDICINE(良薬は口に苦し)』 【その2】
 作:嵐山GO


 ガチャリ
「ただいまー」
 と言っても誰もいるわけないか。両親はまだ仕事だし、美遊は
友達の家に泊まりに行っいている。
 俺と少しでも同じ時間を共有するのが嫌らしい。
「ちぇ、それは考えすぎか…」
 バッグをソファに投げ、冷蔵庫に飲み物を取りに行く。
「薬か…一緒に飲むのは、お茶でもジュースでもいいんだろうな」
 薬の味を聞いていなかったが、まずは喉が渇いたので
冷えた飲み物を探す。
「麦茶しかない…ま、いいや」
 俺はコップに麦茶を、目一杯注いでソファに腰を下ろした。
「考えても仕方ないな。俺が奴らより変身願望が強いことを
願うばかりだ」
 バッグから薬を取り出す。不安と期待で心臓の鼓動が早まって
きた。
 丁寧に紙を捲る、すぐに試験管が現れる。

「これが俺の人生を変えてくれるだろうか…」
 しっかりと栓をされたコルクを引き抜く。
 スポンッ!
「おっと!」
 抜いた拍子に、こぼしそうになったので慌てて体勢を整える。
「よし、こぼさなかった。飲むぞ」
 テーブルの上の麦茶と交互に見た後、溶液の半分を口中に
流し込む。
「うげぇっ、まずっ!」
 試験管を左手に持ち替え、麦茶を煽った。
「うへー、なんだよ。この味? …薬だから仕方ないのか…ふぅ」

 再び栓をして冷蔵庫の奥の見つからない場所へと隠した。
「冷やしておけとは言われなかったが、次にいつ飲むか
分からないし、冷蔵しておいた方が確実だろうな」
 再び、ソファに腰を下ろすと目を閉じ、強く念じる。
(今、人気のアイドル顔もいいな。それとも男優のあいつか? 
いやいや、いっそのことハリウッドのアイツとか。迷うな…
雑誌かなんか無かったっけ?)
 自分の持ち物を思い起こしても、それらしいものは無い。
(そりゃ、そうか…男のグラビア写真なんかあるわけない。
全部、二次元の女の子ばかりだよ)

「さてと、どうするか…妄想だけでもいいかもしれないが、今いち
顔については記憶が乏しいかな? やっぱ、くっきり脳に
記憶させた方がいいんだろうし」
 もう一度、麦茶を飲むと両膝を叩いて立ち上がった。
「美遊の部屋にはあるに違いない。そうだな、いっその事
あいつ好みの顔に変身してやろうか。そうすれば美遊は俺の
言いなるかもしれない。よし、決めた!」

 俺は空になったコップを流しに持っていくと、鞄を自分の部屋に
投げ入れ、妹の部屋に向かった。
 カチャリ
「よし、入るぞ」
 鍵が掛かっていないのをいい事に、俺は静かに歩み入った。
「おお、あった、あった。なんだよアイドル雑誌ばかりじゃん」
 マガジンラックに入れられた数冊の雑誌を取り出す。
「悪いが、ちょっとベッドに座らせて貰うよ。おお、いい匂い」
 自分の部屋とは明らかに違う女の、いや少女の匂いに驚く。
「シャンプーや石鹸の匂いとも違う、何てイイ香りなんだ」
 雑誌の事を一時、忘れてシーツや枕、毛布に顔を埋める。
「堪らないな」
 至福の時とは、まさにこの事だろうか。甘美な時間が辺りを
包み流れてゆく。

「おっと、いかん。雑誌を見るんだった」
 床に落とした雑誌を拾い上げ、ベッドで仰向けになって見始める。
「どいつが美遊の好みなんだ? さっぱり分からん。写真集とか
持ってないのかな」
 起き上がって探そうかとも考えたが、面倒臭くなり断念。加えて、
横になったせいか急に睡魔が襲ってきた。
「まずい、眠い…ま、当分誰も帰ってこないから構わないか…
それにしても眠い」
(だが目が覚めたとき、変身が完了してるという事も考えられる。
もう一度、グラビアを見て脳に焼き付けないと…)

 だが雑誌を開いても、目線は宙を泳ぐばかりで全く集中できない。
(いいか…いくらなんでも、1、2時間で変身したりは無いだろう。
また後でじっくり写真を見よう)
 俺は春のレンゲ畑に横になったような気分で、ゆっくりと眠りに
落ちていった…。 
(そういえば化学部の1人が何か言いかけてたよな…何だっけ?…
変身に必要なのは強い欲望だけじゃ駄目とか何とか…
言ってなかったか…?)

(続く)


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