『BAD MEDICINE(良薬は口に苦し)』 【その1】
 作:嵐山GO


 俺の名前は桜沢三郎。一応、長男で高校生。
 ゲームが好きだ。アニメが好きだ。もちろん漫画も大好きだ。
 だが、こんな俺を「大嫌い。キモい」と罵る妹がいる。
 妹といっても再婚した義母(はは)の連れ子なので俺とは血は繋がっていない。
つまり正確に表記するなら義妹だな。だけど『ぎまい』なんて呼称より、
『いもうと』の方が、なんか可愛い感じで好きだな。
 そんな妹の名前は美遊(みゆ)。だが「美遊」と呼んでも、まともな
返事が返ってきたことは一度も無い。
「ちぇ、あれで可愛いからムカつくんだよな」
 妹は15歳、中学3年生。当然、来年受験なんだが容姿がいい上に、
頭までイイときている。
 
 俺は高校3年で成績は、まぁまぁといったところだが、ヲタク趣味で
容姿は最悪。
 親父に似たのか背も低くデブで、眼鏡を掛けているし目も細い。
 痘痕面(あばたづら)で脂ぎっていて…要するにいい所は全く無いわけだ。
 大切なことだから、もう一度言うが俺は長男だ。なのに名は三郎。
 以前、親父に「何故か」と聞いたら「語呂がいいから」と言った。
いったい桜沢三郎のドコが語呂がいいというのだ。親父のセンスを疑う。
 そんな訳で俺は外見も含め、気に入っている場所は一つも無い。
 しいて言うなら健康なことくらいか。親父は嫌いだが、特に喧嘩する事も無い。
 小遣いも人並み以上には貰っていると思う。
 だが金はあっても自分に使うくらいで、思春期の男女のように恋人に
使うなどという事は、かつて一度も無い。
「クラスの中には、とっくに初体験を済ませている奴もいるってのに、俺は
初体験どころか女の子と手すら握ったことも無い。一生、童貞じゃ洒落にならんぞ」

 俺は土曜日だというのに、今日も学校へ向かっていた。
 唯一の仲間がいる化学部の連中から午後、携帯に連絡があったのだ。
(何だろうな? すぐに来いって言ってたが)
 化学部の奴らもヲタクが多い。
 だいたい2時間も3時間もフラスコやビーカーを見ているような奴らだ、
グラウンドに出てボールを追い掛け回すより、ゲームモニターを見ていた方が
好きに決まってる。おそらく、そうに違いない。
 グラウンドでは、ボール好きな連中が大汗をかきながら走り回っている。
 そんな連中を横目に俺は校舎に入り、部室へと急いだ。

「来たよ」
 ゆっくりとドアを開け、小さな声で声を掛けた。いつも怪しい実験ばかり
しているので開けるときは静かに出入りするのが約束事となっている。
「おお、来たか…閉めたらカギ掛けてくれないか」
「わ、わかった」
 カチャリ
 施錠し、3人の部員の待つ室内の中央へ向かった。
「見ろよ。出来たんだぜ」
 言われて見せたのは密封された試験管に入れられたピンク色の溶液だ。
「出来た? 何が?」
「何だよ、忘れたのか? お前、イケメンに変身したいとか言ってただろ?」
「変身薬だよ、変身薬」
「すげーだろ」
 3人が一斉に答える。
 ああ、そういえば以前、そんな薬があったらいいなと思ってたんだ。そうすれば
童貞をすれられるかもしれない。いや、それどころか可愛い女の子や、年上の
色っぽい女性とやりたい放題だ。

「ホントかよ? 嘘くせーな。そもそも試したのかよ?」
 そんな薬があったら、他人に渡す前にとっくに自分たちで試すだろう。
「試したさ。だがな…」
「変身とまではいかないが、まぁ…ある程度は成功した」
「分からないか?」
 3人は立ち上がって、俺に姿を見せる。
「いや、分からないな。どこか違うのか?」
「そうだよな。分からないよな」
 1人が呟くように座ると、他の2人も習って座る。
「俺はな、身長が1cm伸びた」
「はぁ?」
「俺は体重が1.3kg減ったよ」
「俺は白髪が減ったんだ」
 3人は微妙な身体の変化を訴えた。

「へ? そ、そんだけ?」
「ああ…そうなんだが」
「イケメンの…いや、変身薬じゃねーの?」
「あのさ、こういう言い方は傷つくかもしれないが、俺たちそれほど、
容姿っていうか顔を変えたいとか、そういう願望が無いんだ。いや、
全く無いって言ったら嘘になるが薄いんだろうな。親とか、ほら周りが
びっくりするだろ?」
「どういう意味?」
「この薬はさ、脳から出る細胞の書き換えへの指令を強くするんだよ」
「?」
「病気したり、怪我したりすると脳が早く治そうって色々な指令を出すんだよ。
この液体は、その指令を強力に活性化するって言ったら分かるかな?」
 3人が交互に分かりやすいように説明してくれる。
「じゃ、俺は?」
「だから、お前が本当に元に戻れなくてもいいくらいの欲望があるんなら、
お前の方が適してるんじゃないかと思ってさ」
「うーーん、そりゃあ、まぁね…」
「今の母親だって、お前の実の母じゃないんだろ? 後は親父が理解して
くれればいいんじゃないの? 学校には整形したとか言えばいいじゃん」
「ま、それも変身が完成すればの話しだけどさ。どう? やるかい?」
 試験管の中の溶液が揺れている。

「つまり、こういう事? 俺が強く念じれば身体ごと変われるだけの力が、
この溶液にあると」
「そうそう」
「で、後は戻れないかもしれないから覚悟が必要だって言うんだな」
「そう言う事。分かってんじゃん」
「ちょっと待って。考えさせてくれ」
 俺は事前に用意されていたイスに座り、腕を組んで考えてみた。
 確かにイケメンに変身したい。これは間違いない。後は周りか…。
 親父は何て言うだろう? 義母(はは)は? それに義妹…

「カッコいいお兄ちゃん大好き。デートしようよ」なんて言うだろうか? 
いや、その前にあれだけ可愛いんだから彼氏くらいいるかもな。
 いても、まさか中学生でセックスはしてないか…だったら俺が…
「おい、おい。、いつまで考えてんだ。どうすんだよ」
「あ、ゴメン。分かった。飲んでみるよ。多分、家族は大丈夫だろ」
「そっか。だったらこれは残り全部、お前に渡す」
「残り全部?」
「俺たちも試したからな。これで終わりさ。もう作らない」
「ちなみに2回分あるんだぜ」
「2回分? だったら、もう1回飲んで元に戻りたいと念じれば、
いいんじゃないの?」

「それが、そうでもないんだ」
「まだ分からないことが多くてさ」
「さっきの説明とは矛盾するけど、指令が強いだけじゃ駄目かもしれないんだ」
「それは、こいつの答えになってないよ」
「あ、そっか」
「俺たちも何度も飲んで自ら人体実験したんだが、元に戻らないことだけは
判明した」
「だから、あんまり大きな欲望は皆、怖くて出せないのさ」
 例によって3人が説明を補足する。

「元に戻れないって事は分かってる事なんだな」
「そういう事。だからよく考えて。間違ってもブ男になろうなんて考えるなよ。
あ、それ以上ブサイクにはならないか」
「ちぇっ」
「ごめん…悪かった」
「いいよ、分かった。やっぱり貰うよ。飲んでみる。確かにこれ以上、醜くは、
ならんだろうし」
 そうさ、鼻が今より高くなるだけでも…身長だって…体重だって…目だって。
この辺りまでは、すでに実験済みなんだ。あまり望みを大きく持たなくてもいいか…
 
「そういやーさ」
 薬を貰い紙に包んで、バッグに入れると1人が言った。
「お前んトコの妹、超可愛いよな。あんだけ可愛いと押し倒したくなるだろ?
血も繋がってないんだしさ」
「お、思わねーよ」
 いや、思うけどさ。なんだよ、誰も考えることは同じだな。
「そっか? 俺だったら妹が留守の間に、部屋に入ってパンツとか嗅いだり
するけどな」
「そんな事してみろ。一気に変態扱いだ」
 すでに似たような扱いを受けてるか。

「ま、いいや。とにかく薬は預けた。好きなように試してみてくれ。
出来たら結果を報告してくれよ。あ、登校してくれば分かることか。
あははは」
 あははは、じゃねーよ。人ごとだと思って。マジで副作用とかは
無いんだろうな。
「分かったよ。とりあえずお前たちで人体実験は済んでるみたいだから、
安心して使わせてもらう。そうだな、明日は日曜日だけど大きな変化が
あったら電話するよ」
「そうだな。もしお前がイケメンになって女を釣り放題だったら、こっちにも
回してくれよ。それ位いいだろ?」
「そうだな。上手くいったらな。何かしら礼はするよ」
「期待してるぜ」
「ああ、じゃあ」
 俺は3人に見送られて部室を出、学校を後にした。

(続く)

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