<プロローグ> 「うっく・・・イヤ・・・こんな人生・・・」 一人の夜、単の部屋、独りの・・・家。今回も両親だけで旅行に行ってから二週間。何故私だけ家に帰ってこなければいけないのか? 仲間の顔にも、深夜まで付き合うのは勘弁って出ているから、私は結局部屋に帰ってきて泣くか、寝るか・・・自分の身体を慰めるかのどれかをするしかない。 既に生活臭のしなくなった家。捨てられた家。そこにいる・・・私(=高橋茜音)。 もうこんな人生イヤだった。でも、死にたくはなかった。死ぬのは怖いから・・・ じゃあ、やっぱり貴方は茜音として生きなくちゃ駄目じゃない。そんな夢持たないほうが良い。現実はそんなに楽じゃない。と誰かが呟く。私は、その忠告を振り払った。 「私は幸せになるんだから! このゼリージュースを使って!!」 黄色の液体に赤い自分の血を入れて完成した、橙色の飲み物は、暗い部屋の中で光っていた。 「ゼリージュース -橙色の祝福-」 作:紫木 <前半> 先にこのゼリージュースの効力を教えておきます。このゼリージュースは飲んだ人間と重なった相手の姿が入れ替わるというものです。一人で飲んでも強制的に望む相手と思い通りに姿を入れ替えることが出来るのですから、使い方によっては危ないのかも知れませんが、今回はこのゼリージュースの魅力とも言える部分『ゼリージュースに自分の情報を持つ媒体を溶かすことで、飲んだ人間は媒体の人物の情報を持つことが出来る』を使おうと思います。この媒体となるモノの量によって、精神同居や融合なども可、はたまた、その対象の情報すら消し去ることが出来る。私の作ったゼリージュースには大量の血(=媒体)を入れてある。飲んだ人間は自身の人格を消し去り、茜音の情報をそっくり持つことになるだろう。まっ、その後で入れ替わるんだから、自分の情報なんていらなくなるモノだよね? ここまで私はゼリージュースの効力に気付いている。貴明の様な失敗はしない! そう、あれが夢だったのか現実だったのかは私にもわからない。 貴明はゼリージュースを使って私に復讐劇を繰り広げた。でも、彼は失敗した。ゼリージュースの効力を知らなかったから。 あの時彼は消えてしまった。 なのに、貴明は貴明として『ここ』に居る。 復讐という記憶をなくしてしまった貴明は、消えたことすら気付かない。
そして、私も茜音として『ここ』に居る。 それはまるで、前回の話はなかったことにするかのような誰かの醜態。 全てがやり直しにされた日常。まるで夢だったかのような復讐劇の話。 でも、私だけが知っている。あの復讐劇を憶えている。 だから私が紡ぐ。ゼリージュースを使ってでしか成せない遺業。貴明の復讐劇の望んだ先にあるモノへ。
『みんな』が幸せになる為に!!
この物語は復讐劇の続編の話なのです。
千村貴明。いじめている訳ではないが、私の頼みに「嫌だ」と言わず、文句を言いながらもやってくれる。一度も彼は私の頼みを聞かなかったことはない。だから、私は彼をパシリと思っている。 時々私の行為に貴明がストレスを溜めていることもあった。それは遂に復讐へと走らせた。彼はこの私の体を、茜音を拘束し茜音を奴隷にした。 貴明。そんなに茜音が好きなら、貴方に『茜音』をあげる。上辺付き合いの仲間もあげる。捨てられた家もあげる。記憶、身体、情報全てを貴方にあげる。だから、『貴明』をちょうだい。私が幸せになるために。 「ねぇ、貴明」 「ん?」 私の一世一代の祝福物語は始まった。 「貴明、もし生まれ変われるなら、男と女、どっちになりたい?」 「どっちでもいいよ。性別なんて」 思ったよりも貴明って現実を見ている。そんな彼がかつて非現実を望んだなんて誰が思うだろうか? 「でも、もし生まれ変われるとしたら、茜音のように気の強い人間にはなりたいな」 「そう・・・」 それを聞いた瞬間、私の中で何かが決断されたかのように、橙色のゼリージュースを貴明に投げた。貴明はそれを受け取った。 「貴明にあげる」 「いいのか?」 貴明はゼリージュースを私からもらったことに驚いているようだった。私があげるのはゼリージュースだけじゃないんだけど・・・でも、説明するのも面倒だからいいよね?勘違いさせたままなのも貴明らしくてさ。貴明はバカなんだから。 「うん。ぐいっと飲んでいいよ」 「ゼリージュースねぇ・・・ゴク、ゴク・・・オレンジマンゴー味か・・・ゴク・・・」 貴明は疑問を持ちながらも飲み始める。ゼリージュースを飲み干す。ふふふ・・・ 「うっ・・・!」 貴明の動きが止まる。苦しそうな声を上げた貴明に、続いてもおかしなことが起こったのだ。貴明の身体がなんと、徐々に透明になっていき、終いには消えていったのだ。服が浮いていることが、貴明がそこにいる証明だった。 貴明は一向に動かない。ゼリージュースに私の血を入れたことによって、私の血が貴明の記憶を媒体して動き回っているのだから。 その間に、本質を済ましてしまおう。 私は貴明の着ている制服を脱がせた。上着、ズボン、下着。靴下全てを脱がし、これで貴明がまわりに見えることはなくなった。 まわりは貴明が居るのに気付かない。貴明がここにいるのを、私だけが知っている。 私も服を脱いで素っ裸になった。 「これで・・・」 私は茜音じゃなくなる。不思議と名残惜しさもない。これから貴明として生きる第一歩・・・私への祝福物語。 恐る恐る足を進める。すると、そこだけ温かさがあった。きっとここは貴明の中なのだろう。 (十秒くらいで大丈夫なのよね・・・) ・・・十秒たってその場所を離れる。すると、いつもより視線が高くなっていることに気付く。いつもしているカチューシャの感覚がなかった。視線を下におろすと、胸がへこんでおり、筋肉がついていた。さらに下へ向けると、男の子だけが持つイチモツがついていた。間違いなかった。これは、貴明の身体なのだと。 すぐに私は貴明の衣服を着る。と、先程放れた場所から何かが現れた。 貴明だった。でも、姿は茜音だった。全裸の茜音の姿を客観的に見ると、よくとれたプロポーションだと自分を褒めたい。 「・・・う、うん・・・・・・」 茜音(=貴明)がようやく意識を持った。そして、自分の姿に目を疑っていた。 「きゃあ!!」 服を集め、私から身を隠すような格好を取るが、恥じらいは隠し切れない。ニヤケが止まらない。 「貴明。あなた何したのよ!?」 「とりあえず服着なよ、茜音」 「言われなくてもそうするわよ!!」 茜音(=貴明)が私の言ったように制服を着始める。初めて着るはずの女性用の制服やブラジャーを、私がいつも着けていく手順で順調に着替えていく。その動作に一瞬震えを憶える。 ドックン 制服を着つけ、身なりを整えたその姿は、まさしく茜音そのものだった。 そして、今の私の姿こそ、貴明そのものだった。入れ替わっていることを、私以外の誰も知らない。 「さぁ、私に何をしたの?」 「ごめん!茜音を見てたらなんかムラムラしてきて、勢いのまま服を脱がしちまった」 「・・・・・・なっ!?・・・なっ・・・・・・!!!」 茜音(=貴明)が突然の告白に真っ赤になりながらも、目に涙を溜めて、 「最低!!!」 バシーン!!!という平手打ちを喰らわして私の元を去っていく。いてて・・・。でも、これが一番楽な方法なんだ。 『茜音』は私なんだから、私の姿をした貴明はさしずめ『茜音さん』。これから彼女が茜音になってくれる。 茜音さんはこのまま家に帰って私の生活を始めるだろう。昨日までの私のように、・・・ アハハハハハ・・・・・・ わずか五分で終わった私の祝福物語。自身を幸せにするってこんなに簡単なことだったんだ。 人生をまた一からやり直せる。千村貴明として、私は幸せになろうと再び歩き出した。 ドックン・・・ 私は貴明の身体が覚えている家の帰り道を歩いた。 茜音さんと違い、必要最低限の情報しかない私。あくまで私(=『茜音』)が消えてしまっては祝福物語の意味がなくなってしまうからだ。 これから何が起こるのか分からない。私をも知らない未来。 とっても楽しみだった。私は貴明の家についた。家族構成を見ると母と妹だけの三人家族のようだ。扉を恐る恐る開ける。すると、すでに女性ものの靴が綺麗に並べられてあった。奥からがやがやと賑やかな音が聞こえる。・・・言った方がいいんだよね? 「ただいま」 この言葉を言うのも久し振りだった。 「おかえりなさい」 「おかえりなさーい!」 返事が返ってくることが、ただただ嬉しかった・・・ 玄関に貴明よりも少し小さい女の子が顔を出した。この子が表札に書いてあった陽子ちゃんだろう。続いてエプロンをつけたまま、母、敦子さんが出てきた。 「ぶっ、なんで裸エプロン!!?」 「だって、暑いんですもの。家の中くらいいいでしょう。それにいつものことじゃないの」 そ、そうなの?でも、びっくりした。敦子さんって結構おっとりして天然なのかな? 「お風呂にする?お食事にする?それとも・・・」 指を折って、少し赤面する敦子さん。・・・なに、この第三の選択肢は? 「お風呂にする」 「そう・・・」 なんで残念そうな顔をするの?なんだか居た堪れなくて、私は制服姿のままお風呂場に行ってしまった。こうなっては仕方ない。お風呂に入ろう。 服を脱いで、お湯につかる。ここでようやく一息つけた。 これが、貴明の日常なのかと驚く。学校で見ていた貴明とは違う。こんなに楽しそうな家族に囲まれると、私は・・・ ガラッ 扉が突然開いた。そこには、何も着こんでいない、素っ裸の陽子ちゃんがいた。 「!!陽子ちゃん?なんで!?」 「背中流してあげる」 「い、いいよ!!それくらい自分で出来る!!」 「女の子が流してあげるって言ってるんだよ。喜びなさいよ!!」 強い口調で引かない陽子ちゃんに言葉を失ってしまった。つまり、負けということだ。仕方なく私は風呂椅子に座り、陽子ちゃんに背中を向けた。大きい背中に感動しているようで、陽子ちゃんは小さい掌に大量のボディーソープを載せた。そして、自分の身体に塗りつける。 ・・・ここで気付いたが、陽子ちゃんはタオルを持っていなかった。つまり・・・!!! 「一日お疲れ様でした。えい」 プニョンという感覚が背中に当たる。まだ膨らみかけだが確かに軟らかさがあった。 「ええぇぇ!!」 「ソープ嬢〜」 一体どこでそんな言葉を覚えたの?大胆な行動に出られた私は立ち上がろうとするが、これも陽子ちゃんに止められてしまう。再び座らせ、背中や肩を身体全体で洗っていく。スベスベの感覚、ツルツルな肌、ブクブクな泡が私のブツを掴む。 「あっ・・・」 「あ、感じてくれてたんだ。どう?大きくなったかな?」 陽子ちゃんはなんとそのまま貴明のムスコをこすり始めたのだ。優しいけど、少し痛い感じのする強さ。背中は乳房、乳首が勃っているのがわかる。鏡を通せば妹の裸が見える。耳には妹の甘い吐息が聞こえる。鼻には妹がいつも付けている香水の臭いが香る。 5感のうち、4つを駆使した陽子ちゃんのソープ嬢振りは脱帽する。キモチよすぎる・・・。 私ってレズッ気でMッ気があるのかな?。このまま女性だけの花園に行きたかった。 ドックン・・・ でも、駄目だ。こんなの、兄妹でやることじゃない!! 私は、繋がった正常な判断を奮い立たせ、欲望を抑えてシャワーを出した。 「きゃあ!!」 陽子ちゃんが突然のシャワーにびっくりする。身体についたボディーソープを洗い落としていく。私に湧いた欲望を洗い流していく。 「俺、出るから」 髪から足のつま先まで濡れた陽子ちゃんを残して風呂場を後にする。一瞬で楽しみをなくされたことで呆然としたままの陽子ちゃん。私は最後に見せた陽子ちゃんの大人びた表情に、勃起していた。 風呂に長く入っていないのに、ゆでだこになった気分だった。着替えを済ませ、リビングに向かった。敦子さんが驚いた表情をしていた。 「あらっ、もう出たの?」 瞬時に「まだ楽しんでると思ったのに」という言葉が思い浮かんだ。そう、まだ中学生っぽい子が、ソープ嬢のテクなんか知っているはずがない!誰かが教えたとしか考えられない。 「敦子さんのしわざか」 「ナンノコトダカ」 あまりに白々しい。そんな時に、陽子ちゃんもバスタオルで髪を拭きながら入ってきた。 「はぁ、いい湯だったよ。ママ」 「あらっ、良かったじゃない。うふふ・・・」 敦子さんって、なんの仕事してるんだろう? 「さぁ、ご飯よ」 その言葉で三人はテーブルに並んでいる食事に目を奪われた。結構豪華な夕食だった。手作りのハンバーグからサラダボール、スパゲティーもならんでいる。 敦子さんって、なんの仕事してるんだろう? 椅子に座って、陽子ちゃんは手を合わせる。敦子さんも手を合わせた。私も手を合わせた。 「いただきまーす」 「いただきます」 「・・・いただきます」 パクッパクッと陽子ちゃんは次々と食事に手を伸ばす。そして、満面の笑みで、 「おいしい。ママ」 「本当? お母さん、嬉しい」 「うん!!」 二人は笑い合う。 「お兄ちゃんもそう思うよね?・・・えっ?」 陽子ちゃんの笑みが固まっていた。それはすぐに、敦子さんにもうつる。何故なら、こんな豪華な食事を前に、私は泣いていたのだから。 「貴明?どうして泣いているの?」 私は、口を開く。 「美味しい・・・」 家族でとる食卓。外食なんかよりも美味しい、手作りの温かい料理に、思わず涙が流れた。 陽子はただ困惑していた。私の思いをまだ知らないから。 私は知った。「ただいま」、「おかえりなさい」、「いただきます」、「美味しい」 家族同士の温かさを。 「味、いつもと同じだよね?」 「愛情20%増しよ」 敦子さんが満面の笑みで答える。 「じゃあ昨日の愛情は何%入ってたの?」 「昨日は疲れていたから愛情は20%カットの80%よ」 「ひどいーー」 陽子ちゃんが文句を言っている。そんな光景を敦子さんは笑っていた。敦子さんも知っているんだ。そして、そんな微笑ましい光景を私は待ち望んでいたんだ。 「ごめんなさい。泣いたら、美味しい食事でも不味くなるよね」 「『ごめんなさい』じゃないわ。ありがとうで泣くのなら私は許すわ」 「ありがとうー」 陽子ちゃんも感謝の意を表す。そう、食事を作ってくれた敦子さんに感謝するのは、当然なのだ。なら、私はさらに意思を込める。家族同士の温もりを提供してくれる、敦子さんに・・・ 「ありが――」 ドックン ふと、私の頭に、茜音さんの姿が思い浮かんでしまった。 独りで捨てられた家で泣いている、茜音さん(=『貴明』)。私がこの温もりを手にしたことで、茜音さん(=『貴明』)は・・・ ドックン!! 私は、心臓が訴えかけるでかい心拍音を聞かないフリをするしかできなかった。 せっかく手に入れた温もりを、手放したくなかった。 団欒の時間が終わり、テレビを見たり、後片付けをしたりしていた。私も食べ終わった食器を持って、敦子さんのいる台所に向かう。食器を置いて、テレビを見るために、リビングに向かう。 「――」 今、敦子さんがなんか言ったような気がした。振り返ってみると、敦子さんと目が合った。敦子さんはもう一度、言葉を紡いだ。 「お名前、何て言うの?」 「!!」 水道の音が大きく聞こえた。聞き間違いだと願いたい。どこに親が子に名前を尋ねる場面がある? 「な、何を言ってるんだ?お、俺は・・・」 言葉が裏返る。言葉を噛みそうになる。それくらい私の心臓は高まっている。慌ててしまう。不信感を与えてはいけない。私は貴明として新たな人生を歩いたのに、ばれたくなんかない!『茜音』という後ろめたさを消したいんだ。でも私は、その場を笑うしかできなかった。でも、敦子さんは私の笑顔に笑顔で笑い返してくれた。 「今日の貴明は帰ってきてからおかしかったから。「ただいま」なんて入ってくるんですもの。あまりに驚いて、あんな格好で見に来ちゃった。陽子もお風呂に入れるのも、もう恥ずかしい年頃よね?ごめんなさい。息子を信じられなくなったら母親として失格よね」 敦子さんの優しさが痛い。敦子さんの『貴明』に対する信頼が辛い。私は・・・『茜音』なんだから。 「わ、わたしは・・・」 その時、敦子さんは私の背中に両手を回し、優しく抱きしめてくれた。ふわっとした石鹸の香りと、母親の温かさが伝わる。 「貴方は私の家族だから。言いたいことがあるならいつでも言ってね」 ドックン!! 「――!!」 私は拒絶反応のように、敦子さんを振り払い、一気に台所から飛び出し、二階に上がっていってしまった。敦子さんの言葉は、貴明に言っているようにも聞こえる。 でも、敦子さんの目は、明らかに私(=『茜音』)を見ていた。私(=『茜音』)を見つけていた。私(=『茜音』)に気付いていた。 どうしよう。こんなことになるなんて思わなかった。貴明の両親がこんなに鋭いとは思わなかった。こんなに優しい人とは思わなかった。私と気付いていながら、『家族』と言ってくれたんだから。 別のカタチで出会いたかった。もう戻れない。私は、自分で茜音を捨ててしまったのだから。 ふと入った部屋を見ると、そこが貴明の部屋だと気付いた。貴明の部屋は思ったよりも質素なものだった。白をベースにしている為、とても静かな空間となっている。敦子さんが掃除したからだろうか?綺麗な部屋周りで、ベッドと机、教材と、楽しそうなモノはぱっと見つからない。いや・・・ 机に飾られた一枚の写真があった。『茜音』の笑顔が映っている写真だった。 「どうせ、イヤな奴として残したんだろうな」 ドックン!! 「!」 胸が熱い。身体が訴えかける。それは違うと。貴明の身体が私に訴えかける。 貴明は何故復讐劇に走ったのか? 貴明は何故茜音を拘束したかったのか? 貴明は何故・・・私の頼みに文句を言いながらも動いてくれたのか・・・? それは、このたった一枚の写真が全てを物語っていた。 私は、泣きそうになっていた。その答えを初めから知っていたのだから。 貴明は、私の事が・・・好きだったんだ・・・ そんなの、前回の記憶があれば分かっていたことなのに、私は自分の事しか考えていなくて、貴明の想いを無視して、貴明に対抗して、ゼリージュースを使ってしまったんだ。それほど私は・・・ 「・・・そうか」 ここで私は気付いたのだ。私は、「寂しかった」んだ。家族に置いてかれ、一人で夜を過ごし、独りで泣いていた。私は苛立って、貴明をパシリとして走らせ、その言葉をごまかしていたんだ。 「・・・・・・そうか・・・」 だから貴明に『茜音』を捧げたんだ。どうでもいい人に『茜音』をあげたいとは思わない。私をずっと見捨てなかった貴明だから、『茜音』をあげても良いと思ったんだ。 「・・・・・・・・・そうなんだ」 私も貴明のこと・・・好きだったんだ。 ゼリージュースを渡した瞬間から、私は貴明に告白してたんだ。貴明は受け入れてくれた。そして、茜音になってくれた。 「・・・・・・・・・・・・そうだったんだ」 二人は両思いだったんだ。ただ、言いたいことを言えなかった結果、貴明を・・・ 「そんなあああぁぁぁ!!!」 それが、こんな悲劇を生んでしまった。気づいた時にはもう遅かった。 『茜音』が・・・殺しちゃった。大好きだった『貴明』を、殺しちゃったんだ。 涙がこぼれる。両想いだった二人を、私が切り裂いてしまった。 「貴明!!」 部屋を出ると、敦子さんと鉢合わせした。今の言葉を聞かれていたとすると、かなりやばい状況になるだろう。でも、敦子さんはいつも通り微笑んでいた。 「敦子さん」 「私、そういう言われ方、嫌いなんだけどなぁ」 ずっとそう言ってきたのに、今回はそう言って『あの言葉』を、敦子さんは待っていた。私は抵抗があったあの言葉を、今なら言える。 「・・・おかあさん」 「いってらっしゃい。遅くならないうちに帰ってくるのですよ」 ひどいよ。貴明にも、茜音にも聞き取れる言い回ししかしないんだもん。でも―― 私は玄関を後にした。そして、『茜音』の家に向かって走った。 ――もし今度会う時は、素直におかあさんって言えたらいいな・・・ <後半> もし、許せるなら、この物語をなかったことにして下さい・・・ 私は気付いたから。私は、こんなにも幸福の中にいたんだということが。 私は家に帰ってきた。鍵の隠し場所は知っている。鍵で玄関ドアを開け、茜音の部屋に向かう。扉を開けた。 中では茜音さんが裸になってベッドの上で自分の身体を触っていた。・・・オナニーの真っ最中だった。 私が来たときには既に、汗をかいて、甘い息を吐きながら、全裸でベッドで寝転び、足をM字型に開いていた。影になっていた左手がちらっと見えた。その手には、私が持っていたバイブを手にしていた。茜音さんの左手は電源を入れ、ぶううぅぅんと低い音を唸らせたバイブを、開いた足の付け根にあるクリトリスにあてがっていた。 もう濡れているんだろう。 「あぅっ!!」 電撃を受けたかのように、茜音さんが大きな声を出した。瞬間バイブを落としそうになりながらも茜音さんはしっかりとバイブを握り締めてクリトリスを震えさせ続け、度々ビクンと身体が痙攣していた。感覚が麻痺する感覚を、私は覚えている。 ――そう。これは、昨日も私がやっていた行為。 「貴明・・・たかあき・・・」 そう声に出しながら、空いている右手は固くなった乳首をコリコリと潰して、乳首から伝わる気持ちよさへと変換していた。それは、おま○こから流れ落ちた愛液となって、シーツへと流れ落ちた。 ――私はかつて、何故彼の名前を呟いていたのか、理由が分からなかった。 パンパンに膨らんだクリトリスを露出させて直にバイブを当てると、伸ばした足が爪先まで固く突っ張り、背筋が2度3度と退け反る。と、同時に右手にも力が加わってしまい、乳首に爪を立て、痛さがとまらない快感へと誘う。 「あっ!……ふあっ!……あ……あああああああん!!!」 茜音さんの身体が弦のように曲がる。そして脱力した。おまんこから潮を吹く。汗がどっと溢れる。イったようだった。ハァ・・・ハァ・・・と、肩で息をする茜音さんは、涙を浮かべていた。 「貴明(=茜音さん)・・・」 私の声が聞こえたのだろうか? 茜音さんがようやく私に気付いたように私に目を向けた。そして、驚いた。 「えぇ!!?」 布団で裸を隠して、赤くなっていた。 「なんで貴明がいるのよ!!?」 慌てる茜音さん。確かに驚くだろう。自分のオナニー中に誰かが入ってきたら。しかもそれが、意中の人だったならなおさらだ。茜音さんが睨みつける。 「見てたの・・・? 聞いてたの!?」 「貴明(=茜音さん)・・・ごめんなさい・・・」 私は謝る。 「絶対に許さない!!」 茜音さんがすごい形相で睨みつけた。それは、昨日まで自分が貴明に向けていた態度そのまま。茜音さんは裸のまま寄って来た。布団で隠すこともしない。床を這いながら、私を目で逃がさないように。 「許さないから、貴明も出しなさい」 「えっ?」 「私の前で、貴明もオナニーをしなさいよ」 茜音さんがベルトを緩ませ、ズボンを下ろす。ボクサーパンツからでも分かるくらい、私は自分のオナニー姿を見て、すっかり興奮してしまっていた。茜音さんが目で後の行為を促す。 「うぅ・・・」 私はボクサーパンツを脱ぐ。そして、貴明の持つムスコを外気に曝し、ゆっくりと手に握り締めた。そしてこすり始めた。既に大きくなっている状態だったが、裸の茜音さんが見ていることと見られていることに、こする度にさらに大きくなり、カウパー液が流れ出ていた。 「うわあぁぁ、大きい」 茜音さんの声に悦びが込められているような気がした。 「貴明(=茜音さん)?」 「貴方は私のパシリでしょ?私の言うことを黙ってなさい」 止まった私の手を掴み、その手を茜音さんは口の中に入れる。チュバチュバと音を立てながら、手についていたカウパー液をすする茜音さん。手から伝わる茜音さんの生暖かい口の中。 「あっ・・・」 手を口の中に入れたまま、茜音さんの空いた手は貴明のムスコを持ち、私の代わりにこすり始めた。口の中とはまた違う温かさと軟らかさが覆う。先程の貴明の手とは違い、茜音の小さくて軟らかい手は、さらに気持ちよかった。絶頂になるのはすぐだった。 「ダ・・・メ!!」 「!!」 耐えることはできなかった。貴明のムスコから精液が出る。 「これが、貴明の・・・」 茜音さんが手にかかった精液を見つめて、嬉しそうに口に入れて、味を確かめていた。 その姿には『貴明』は居なかった。居るのは茜音の姿をした、茜音さんだけだった・・・。 「・・・おいしい」 舐め取る手つき、厭らしい笑みを浮かべると、そのまま茜音さんは私をベッド連れて行き、押し倒したのだ。上から見下ろす茜音さん。私の上着を剥ぎ取り、乳首を弄り始める。 「ふあぁ!」 驚いた。男性の乳首も十分女性に負けない位の電撃が走った。茜音さんの小さい手が貴明の乳首を滑らすだけで、貴明の乳首は勃ち始めていた。既に私は茜音さんのいいなりだった。 「ねぇ。貴明は私の想いを聞いたんでしょ?なら、応えてくれるよね?」 茜音さんが身体を起こすと、おま○こから汁が垂れ落ちた。 「あっ・・・」 「見て。私、貴明に触ってもらってないのにこんなにビチャビチャなの。カラダが貴明のを挿れたいって、訴えかけるの」 もう一度貴明のムスコを優しく触り、液を塗りつけ、再び勃たせようとしている。 「淋しかった。イライラした。でも貴明は文句を言っても私を無視しないで、言う事を聞いてくれてくれた。貴明だけが私を助けてくれたんだよ。貴明だけに私の想いが伝わった。私はその時確信んだと思う。 ――私、貴明のこと、好きだったよ」 茜音さんが私の今までずっと気付かなかった貴明への思いを口に出して告白する。茜音さんはすぐに気付き、こんなに簡単に告白したんだ。私より全然、『茜音』に向いている。きっと茜音さんなら『貴明』と幸せになれただろう。そして、『貴明』も聞いていたなら、きっとそれに「うん」と頷いたのだろう。 でも、今の告白に何の意味もない。貴明は、私(=『茜音』)なのだから。 貴明を好きだという想いは誰のもの?茜音さんのもの?違う!私(=『茜音』)のものでしょう!!ゼリージュースに注がれた私の大量の血によって生まれた媒体。それを望んだのは私。でも・・・こんなに怖いものだったなんて知らなかった。 『茜音』を返してほしい!!『貴明』を返して!! ここで初めて、茜音さんなんていらないということに気付いた。 『貴明』への告白の言葉は、『茜音』が言いたいから。 「『貴明』!!目を覚ましてよ!!」 「くすっ、何を言ってるの?貴明は貴方でしょう?」 「そうだけど・・・違うの!!」 「女口調で話さないでよ。貴明、気持ち悪いよ」 「私が『茜音』なの!!貴方は茜音じゃないの!!」 その事実を聞いて、茜音さんは呆然としていたが、突然高笑いを始めた。私をバカにしている笑いなのは良く分かる。でも、それは当然だと思う。一体どこの誰が、自身の存在を否定されて、「はい、そうですか」と言えるだろうか? どう考えても変なことを言ってるのは私の方だ。その身体、その記憶、その美貌、どうみても『茜音』なのは茜音さん。私じゃない。 でも、貴明(=茜音さん)も茜音になっていることに気付いていない。 みんなが気付かない。私だけが知っている。 その事実に、涙が流れた・・・ 仰向けになった私の上に茜音さんはまたがり、こすり続けて大きくなったムスコの先端をワレメの入り口にあてがう。 「――もういいでしょう?挿れてもいいよね?」 「イヤだ!!こんな気持ちでヤリたくない!!『貴明』!『貴明』!!」 涙を流して暴れる私を身体全体で押さえつけ、茜音さんは一回、動きを止めて歪に微笑んだ。 「くすっ、カラダは素直なんだから・・・いただきます」 「やめてーーーーーーーーーーーーー!!!!!」 くちゅ 挿入。 茜音さんの腰は、入り口を通り過ぎた。その瞬間、私は多くのモノを失ってしまった。涙が止まる。思考が止まる。それは、決して気持ちいいからじゃない。 初めては『貴明』に捧げたかった。初めての相手は確かに『貴明』だった・・・でも、望んだカタチにはなれなかった。 初めては幸せの中でやりたかった。・・・でも、初めてすら幸福の中で出来なかった。 夢は泡のように消えていった・・・。 そんな私を無視し、すでに茜音の内部はかなりの量の愛液が分泌されているようで、貴明のムスコを順調に奥へ送っていく。男性のブツを欲した蠢く肉壁は熱く猛った肉棒をずぶずぶとイヤラシイ音を立てながら子宮の深くまで簡単に到達させた。 茜音さんは腰を揺らし、私の腰を突き上げる。自身を壊すために、腰のピストン運動はどんどん速くなる。茜音さんは後ろに両手をついて少し天井の明かりを仰ぐような体勢で腰をがっくんがっくんと動かし続けた。 「あっ、あん!!すごい・・・貴明!私の感じるところに当たってる。すごく、気持ちいいよ!!」 サイズは先程の大きさではない。でも、確かに茜音の感じるところに当たっている感触もあるし、茜音の膣にある無数の勃々が私を快感に誘う。 そんな中で突如、ぶつっと何かが破れた音が聞こえた。そして、繋がった場所から赤い液が流れ落ちる。私は何を意味しているのかすぐに気がつき、血の気が引いた。 「あはっ。そうなの。私、処女だったんだ。処女膜を破ってくれたのが貴明でよかったぁ・・・。別に痛くなかったよ。貴明との相性って最高みたい。ほらっ、貴明も突いて!もっと私の膣を壊してよ!!」 茜音さんの顔を見る。とても愉しそうに嗤っている。こんな表情を改めてみて、今まで貴明は、どんな気持ちで私を見ていたのだろう。写真に映っていた茜音の笑顔とは全然違う。 とても・・・恐い。 私は貴明を好きになる資格なんてあったのだろうか?好きなだけいじめて、罵声して、傷つけて、拘束して・・・ それでも、貴明が大好きだった・・・ 私は、こんなにも貴明を愛していたことに気がついたのだ。 知ったところで、もうやり直しはできない。 「ふぁ・・ああぁん・・・。ねぇ、貴明。これからもずっと私の傍にいてね。ずっと私を愛してね。また二人のオナニー観賞しよ。ディープキスたくさんしよう。マグロ、コスチューム、色々なプレイもやろう。アナルも使わしてあげる。時々部屋じゃなくて、風呂場とか。あっ、野外でもしちゃおう!色々な場所で愛を確かめよう!!いつでもやりたい時は私を使っていいからね。――私は貴方のメス豚だから!!」 「・・・」 「あん・・・あん・・・!私、イきそう。貴明も一緒に行こう!」 茜音さんはもう震えていた。絶頂が近い証拠だった。 これは私の罪滅ぼし。私は、彼の奴隷になろう。貴明(=茜音さん)の為に生きて、貴明(=茜音さん)にこれからを尽くそうと思う。 これが、『茜音』と『貴明』の関係だったのだから。 「イクぅぅ!イっちゃう!!あああああーん!!!」 と一声あげて茜音さんはバタリと私の胸に倒れた。繋がった場所からは貴明と茜音が出した大量の精液と愛液が零れだした。私のモツはピクリと動かない。いや、もう私自身がやる気を失ってしまっただけ。 私の心を満たしていくのは、一つの後悔という罪悪感。 こんなことになってしまった軽率さ。 誰かが私の気持ちに気付いてくれると思っていた。私は言わなかったんだ。以心伝心はあるって信じていたから。でもそれはウソだった。 想いを口にしなきゃ誰にも伝わらないって私は気付いた。 家族に淋しいって言えばよかった。仲間に泊めてって言えばよかった。貴明に大好きって言えばよかった・・・。 きっとみんなは助けてくれたのに、私は絶望し、一人で考え、・・・私自身が非日常を望んでしまった。 非日常を夢見てしまった私が起こした祝福物語は、いったい誰に対する祝福になったのだろうか? たとえ、淋しくても、寂しくても、貴明が居てくれればそれで良かったんだ。貴明が笑ってくれればそれで良かったんだ。迷惑かけてでも私は貴明に憶えていて欲しかったんだ。だって貴明の傍に私がいただけで、私は救われていたのだから。貴明の家族になりたかったんだ。 それを・・・私が消してしまった。私は『貴明』になんてなれるはずがないのに・・・私自身で救いの道を閉ざしてしまったのだ。 叶えられなかった祝福(=夢)物語だった。 自殺したくなかったからゼリージュースを使ったのに、使ったことで『茜音』は死んでいたんだ。今や茜音の身体は私でも貴明でもない、『茜音さん』のものだった。 死んでいるはずの私は貴明としてこうして生きている。つまり、死ぬこともできなくなったのだ。『貴明』もいないのに、私は生きなければならない・・・未来に幸せがないと知っているのに生きる辛さ。 生き地獄だった・・・ こんな物語を最初から残してしまった『茜音』と、私のわがままで最後まで巻き添えにされた『貴明』に、この言葉を捧げたい。 二人とも・・・ごめんね・・・・・・ 『私』って誰なんだろう?茜音の記憶を持った貴明の姿・・・ああ、俺は前回の貴明じゃん・・・。 じゃあ『茜音』に対する復讐劇は成就されたんだ。長かったけど、遂に『茜音』を屈服させることが出来たんだ!! アハハハハハハハ・・・・・・あーはっはっはっ・・・・・・わあああああぁぁぁぁ!!うわあぁぁあぁああああ!! 「うわあああああああああん!!」 涙を止められない・・・私(=『茜音』)自身を信じられなくなっていた。 私は思考まで壊れてきていた・・・。 <エピローグ> 私は今も泣いている。繋がったままの格好で、いったいどのくらいの時間がたっただろうか? 胸の上で眠っていた茜音さんが、ようやく目を開けて身体を起こした。 もう私には茜音さんが見えなかった。一体どんな表情をしているのかも、どんな顔で私を見ているのかも分からない。 それほど私は目を充血し、涙を枯らし、目蓋をこすり続けた。 「泣くなよ・・・『茜音』」 「えっ・・・?」 今、彼女は・・・なんて言ったの?私の姿を見て、なんて言ったの? 「俺の声で泣くなよ。恥ずかしいぞ」 茜音が私の涙をふき取る。その表情はどこか寂しげな感じだった。いいえ。それは、彼が浮かべた私に対する表情だった。 「たかあ・・・き・・・?」 恐る恐る呟く。 「『茜音』・・・ごめんな。今頃になっちまって」 間違いない。貴明だった。 貴明は確かに茜音の大量の血が入ったゼリージュースを飲み、貴明の記憶はほぼ茜音のものにされていた。しかし、貴明が大事にしていた深い記憶、最愛の人への想いだけは大量の血でも消されることはなかった。 つまり、今の貴明は茜音への想い(=一滴の血)のみで蘇ってきたのだ。 「貴明!!」 私は身体を起こした。そして、貴明を抱きしめた。 「ごめんなさい・・・ごめんなさい。今まで気付かなくてごめんなさい!!」 貴明の気持ちに気付いていれば、こんな悲しい祝福物語は初めから起きなかった。 「『貴明』の人生を私は奪っちゃった。『貴明』の人格、私が消しちゃった!私が、『貴明』って人間を壊しちゃったよ!!」 もうどこにも『貴明』はいないと思っていた。でも、『貴明』はここにいた。もしかしたら再び彼が茜音さんに飲み込まれてしまうかも知れない状況の中、貴明に謝罪をする。貴明は首を横に振った。 「茜音は、それほど苦しんでたんだろ?今まで気付かなくてごめん」 茜音が憶えていた貴明の復讐劇を俺は知った。そして、今回の発端である茜音の辛さも読み取った。もしそれを知っていれば、あんな悲しい復讐劇なんかやらなかったんだ。俺がさらに茜音を追い込んでしまったんだ。こんな悲しい祝福物語にも繋がらなかったはずなんだ。この物語は俺が悪いんだ。起承転結の『起』を作ってしまった俺の罪。 「たかあき・・・」 茜音は首を横に振る。まだ茜音は自分で罪を被ろうとしているんだ。 「でも私、これからどうすればいいの?どうやって罪を償えばいいの?」 それを解消させなければきっと茜音は後悔の念に縛られるだろう。だから俺は一つの解決法を提示する。俺が茜音を救済する為に。 「元に戻ろう」 「えっ?」 「俺は『貴明』に戻ろう。茜音は『茜音』に戻ろう。還ろう、日常に」 「そんなの無理だよ。元に戻れるの? いったいどうやって?」 茜音が俺に問いかけるが、そんなの愚問だ。茜音なら分かるはずだ。この解決策は茜音の記憶から読み取ったものなんだから。いくつかあるゼリージュースの盲点であり、非日常から救い出せる唯一の方法。 「茜音の記憶じゃ、このゼリージュースは排出すれば元に戻るって読み取ったんだがな」 茜音はきょとんとしていた。記憶ではそこは軽く読み飛ばしたらしく、彼女の記憶の片隅にもないのだろう。 「ほんとうに?」 「俺に聞くな!茜音の記憶だろう!?」 俺と茜音は並んでトイレに行った。先に俺の姿をしている茜音からトイレに入った。扉を閉めて、水を流しながらも排出する音が聞こえる。 やがて音が消えて、再び扉が開いた時、そこから出てきたのは、紛れもない『茜音』だった。裸だったけど関係ない。再び取り戻した自分の身体を抱きしめて、 「あぁ・・・ああぁぁああぁぁ・・・」 茜音はその場に崩れ落ちた。震えもやがて消えるだろう。『茜音』は帰ってきたんだ。自分の居るべき場所へ。 「良かったな、茜音」 俺は茜音に向かって微笑みかけた。茜音は涙を流しながらも、俺に向かって微笑んだ。俺の部屋においてある、写真そのままの笑みを浮かべながら、 「貴明・・・ごめんなさい・・・」 その言葉を残して、茜音は「うわあああん!!」と泣き続けた。今まで顕わにすることのなかった弱さを俺に見せて、顔をぐしゃぐしゃにして。俺は今までの茜音の行為を全て許そう。 だって、お前は気付けたじゃないか?俺は最後の最後まで気付けなかったのに、茜音は僅かな短い時間のうちに気付けたじゃないか! 自分で自分の間違いに、気付けたじゃないか。 やっぱり俺は茜音には勝てないよ・・・。茜音はすごいよ。 そう思いながら俺は茜音の頭をなでる。 だから、これをこの物語のあとがきにする。 幸せなら、誰かとそれを共有すればいいんだ。 辛いのなら、誰かとそれを打ち破ればいいんだ。 苛立つのなら、誰かとそれを負担しあえばいいんだ。 相談をすればいい。会話にすればいい。雑談でもいいんだ。話し合えばいいんだ!独りじゃないことを実感すればいいんだ!! 『家族』、『親友』、『友達』、『仲間』、『上司』、『後輩』・・・。みんなの周りにこれだけの人がいることに気付けばいいんだ。 今まで築いてきた『自分』を自慢していいんだ! 俺はそれを知ってほしい。みんなに知ってほしい。 だから、ゼリージュースという原案を考えたTiraさんとtoshi9さんと、それを使ってこんな悲劇の物語を残そうとした作者に対する宣戦布告を残す。特に茜音や俺を使って、言いたいことを言おうとした作者に一種の復讐と言う想いを込めて、俺は叫ぶ。 「どうだ!!お前が俺達に仕組んだ運命を、俺達は乗り切った!ゼリージュースなんて使わなくたって、俺達は幸せになれるんだ!男には男の、女には女の辛さが、苦しみが!喜びがあるんだ!! だから、お前の望んでいたシナリオやあとがきは俺が奪ってやる!!お前の言おうとすることを言わせるもんか!! ――俺達はもう、お前の望むようなバッドエンドにはならないからな!!! 『みんな』が幸せになる権利がある。 これは、『みんな』が幸せになれる為に残す、一つの復讐物語。 <あとがき> 茜音がようやく泣きやむ。冷静さを取り戻してきた。 「貴明も姿を元に戻してきなよ」 先程の泣き顔とは違った意味のある赤面を見せながら茜音はトイレを指刺す。そこでようやく貴明の姿が未だに茜音であることを思い出す。さすがにトイレの前で二人の裸の茜音がいるのはやばい。誰かが突然現れたら大変だしな。でも、 「それもそうだけど・・・せっかく、茜音の姿になったんだから、純粋に女の子の身体を知りたいじゃん。声も記憶も茜音のなんだし、どうすれば気持ちよくできるか知ってるよね?もう二度とないチャンスだし。レズろうよー」 「・・・・・・変態」 茜音が突然冷たい視線を向ける。先程の布告が既に音を立てて崩れそうな気がした。 「――私だって、愛が欲しいのに・・・」 「姿、戻してくる」 茜音の言葉を聞いたその瞬間、貴明はすぐさまトイレに消えていった。女性でトイレの感触を楽しむ暇もないくらいの速さで事を済まし、『貴明』に戻ってトイレから出てきた。・・・そして、後悔していた。 「姿戻っちまった!!ぬおおおおおおおお!!!!」 その場で崩れ落ちてジタバタ騒いでいる貴明の腕をひっぱる。そう、茜音はやり直したかった。本当の『貴明』と繋がりたかった。拘束でも、復讐でもない、純粋に愛という関係で。 「いきましょう、貴明」 しぶしぶ貴明も茜音の後に続く。二階の部屋に行く為の階段を上っている時に、ふと茜音は思った。 「・・・記憶。残っちゃったんでしょ?」 そう、ゼリージュースの効力は消えてしまったが、ゼリージュースに溶けた茜音の血は貴明の記憶と同化してしまって、分解や排出は不可能だった。もちろん、貴明も首を頷いた。 「茜音の記憶が今もある」 そう考えると少し恥ずかしいし、茜音の記憶が入ってしまったことで、貴明に対して後ろめたさもある。これからの人生で支障がないとは言い切れないのだ。けど、茜音のそんな不安を、貴明は笑い飛ばしてくれた。 「だからこそ、茜音が今までどんなに淋しかったのかも、どんな日々だったのかも分かる。安心しろよ。俺がこれから茜音を幸せにしてみせる。茜音の罪は俺も背負ってやる。もう独りにはさせない。茜音は俺の家族だ」 罪を二人で償うでどれほど負担が軽くなるのかが感じられる。家族になれることで、どれだけ安心するかが分かる。 貴明が顔を寄せる。茜音は目を閉じた。茜音と貴明は唇を重ねた。 ゼリージュースという非日常を経験した私には多くの辛いこともあったけど、こうして幸せになれた。 誰も体験できない、『貴明(=愛する人)』として過ごした短い時間。敦子さんと陽子ちゃんとの団欒。 茜音がそこにいたことに気付かない。でも、茜音が本当の幸せを知った瞬間。 だから、ゼリージュースという原案を考えたTiraさんとtoshi9さんと、この作品を読んで下さった皆さんに一種の感謝と言う想いを込めて、私は叫ぶ。 「貴明、大好き!!」 『みんな』が幸せになる権利がある。 これは、『みんな』が幸せになれる事を残す、一つの祝福物語。 |