転身  (その42)
作:ecvt


ロビーに降りると一気に人々の視線が俺に集まる。
うわぁ!と歓喜の表情を浮かべる人もいれば、ひそひそ話をしながら遠巻きにこちらを見ている人もいた。
(そりゃそっか、あの藤本紀香が学生時代の体操着を着て出て来たんだからな・・・別に恥ずかしいのは俺じゃないから別にいいんだけど、これだけ視線が集まると移動しづらいなぁ・・・車でも調達したいところだけど・・・8)
「おっ、あれは・・・」
辺りを見渡した俺は、地下駐車場行きのエレベーターに向かう元塚宝歌劇団の女優、真野みきを見つけた。
(さっすがセレブマンション!あの真野みきまで住んでたのね!ちょうどいいから彼女の身体と車を借りましょう!)
俺はエレベーターの扉が閉まりかけたところに駆け寄って右手を扉にかけて無理矢理乗り込んだ。
真野みきは体操着紀香である俺の姿にギョッとしていたが、俺は何食わぬ顔で会釈して彼女の背後に回った。
(ふふふ、紀香の記憶によるとこのエレベーターの扉は鏡状になっている・・・!)
エレベーターの扉が閉まると案の定鏡状になっていたが、紀香の異様な格好に引いているのか、真野みきはこちらを見ようともしない。
俺は彼女の気を引こうと、
「ほげー!だっふんだ!アイーン!もみじまんじゅうっ!」
と、百面相をしてみたのだが、彼女は鼻で笑っただけだった。
ムカついた俺は体操着を脱いで全裸になると、ワザとおっぱいを揉んで
「あん、あんっ!」
と、言ってみた。
すると彼女はさすがに紀香の様子が気になって鏡越しに俺をチラッと見た。
(今だっ!)
すかさず俺は真野みきと目を合わせた。
途端に視界が真っ白になり、視界が戻ると目の前にエレベーターの扉とスイッチがあり、鏡状の扉越しに背後を見ると全裸の藤本紀香がぐったりと崩れ落ちている。
そして鏡状の扉には今の俺、髪をアップにまとめ、スーツをバシッと着込んだ真野みきの姿が映っている。
いつもキリッとしたイメージの真野みきが、鏡の中で俺の思い通りに変顔の百面相を始めた。
「さっきはよくも鼻で笑ってくれたな!お前にもやらせてやる!ほげー!だっふんだ!アイーン!もみじまんじゅうっ!」
かと思うと、
「はあーっ!はあーっ!ラララ私はみき!真野みきなのよー!やっぱり舞台女優やってると声の張りが違うな!」
と、張りのある大きな声で発声練習をしてミュージカル調に歌いながら自己紹介し、急にビシッとポーズを決めて、
「諦めないでっ!」
と、彼女の有名なCMの台詞を言ってから投げキッスするとニヤニヤとこちらを見つめている。
「決まった!でへへ・・・」
中身が俺になってしまった真野みきは、紀香が脱ぎ捨てた体操着を拾って匂いを嗅ぐと、しっかりとそれを持ち、ぐったりと気絶している全裸の紀香を気に留める様子も無くスタスタとエレベーターを後にしたのだった。


(続く)




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