転身  (その7)
作:ecvt



「ねぇ、ママ、ゆみちゃんのところに行っていいでしょ?算数の宿題は帰ってからやるよー」
「だめよ、高志ちゃん。今日はちゃんとママと宿題をやるってお約束だったでしょ?そんな悪い子は今月のお小遣い無しにするわよ。その代わり今夜は高志ちゃんの好きなカレーを作ってあげるわよ!」
「はぁい・・・」
俺は、そんな会話をしている佐藤優子親子の背後にスッと立った。そしてマンションの自動ドアに映る優子さんに視線を送った。
「はっ・・・」
マンションのオートロックの差込口に鍵を挿して、回した瞬間、フッと自分の背後に立った婦警の姿に驚いた優子は、自動ドアのガラス越しにその婦警と目が合ってしまった。
「・・・・・」
その瞬間、俺の視点は一瞬で昌子から優子のものへと変わっていたのだった。はたから見ても、どの瞬間から俺が優子になったかなんてわからないだろうし、当の優子も抵抗するスキもなかったことだろう。
そしてそのまま優子がキーを回して開いたドアは、誰も通ることもなく閉まったのだった。
「・・・・・・。フフッ・・・」
ふとガラス戸に目をやると、ガラス戸に映る優子は、自分がそうしたままに、嬉しそうに笑ったかと思うと、こちらにに向かって頬に手をやりながら嬉しそうに自分の顔を眺めながら撫で回していた。
そんな優子を尻目に、優子の背後に立った婦警は、驚いた表情を浮かべた後、首を何度も傾げながら、あたふたとその場を去っていったのたった。
「どうしたの?ママ」
「ん?なんでもないのよ・・・ん・・・やっぱり色っぽい声だぜ・・・これで俺が優子さんかぁ・・・へぇ・・・ふぅーん・・・」
中身が俺になってしまった優子は、ガラスに映る自分の姿に釘付けだ。
「ママ・・・?ねぇ、ママったらぁ!やっぱりゆみちゃんのトコ・・・すぐに帰って宿題やるから・・・今月のお小遣いもいらないから・・・ね?」
「あ?さっきからうるせぇな・・・なんだっけ、この人に記憶によると・・・あ、あぁ・・・ゆみちゃんトコ行きたいのね、こりゃ丁度いい!いいぜ、全っ然いいぜ、ゆみちゃんとかいう奴のトコ行っても!宿題なんて気にすんなって!小遣い?ホラ、この財布に入ってっかな・・・オ、結構入ってんじゃん!ホラ、一万やるからこれで行ってきな!さあ!俺はこの ママ とちょっとやらなきゃなんないことがあるからさ、とにかくドコかに行っててくんねぇ?」
「ママ・・・?」
自分の母親の突然の豹変に、息子の高志は呆然としていた。
「・・・あ、いけね・・・今は俺がこいつのママだったっけ・・・コホン・・・ごめんね、高志ちゃん、ママ、急に用事が出来てしまったから高志ちゃんの宿題を見てあげられなくなっちゃったの。だから、ゆみちゃんのところでもどこでも行ってきてもいいわよぉん!あ、何なら夜まで戻ってこなくていいからねー!戻ってきても、俺、じゃなかった私、カレーなんか作れねぇからさ!バイビー!・・・じゃなかった・・・その一万円でユミちゃんと遊んでらっしゃい!いってらっしゃい、高志ちゃん、うふっ!」
そう言って、俺は投げキッスしながらウインクしてやった。
「ホント?やったぁ!ありがと、ママ」
高志は嬉しそうに一万を掴むと、交通量の多い危険な通りの方へ一目散に走り去っていった。だが、中身が俺になってしまった優子は、そんな我が子の様子を気にかけることも振り返ることもなく、オートロックのキーをまわすと、厄介払いが出来た、嬉しそうな表情で足早にマンションの中に入っていった。
「やれやれ、やっと邪魔者が消えてくれたぜ、あんなガキが傍にいたんじゃやりにくくてしょうがねぇからな・・・さて・・と・・・」
いまや俺と一心同体となった優子は、俺の意思のままにそうつぶやくと、本来の自らの部屋の604ではなく605の郵便受けをさも当然のように暗証番号を使って開け、その扉の裏に貼り付けてある合鍵を取り出した。
「よし、やっと俺の部屋に入れるぜ!」
そして俺は、おもむろに優子のバッグからコンパクトを出すと鏡に自分の顔を映し出した。
「優子さん・・・協力感謝するぜ!でも、悪かったな、息子さん・・・」
「いいえ、喜んで手伝わせていただくわ!大切なあなたのエロ本やエロDVDがご両親に見つかってしまうなんて、そんなの耐えられませんわ!まるで自分のことのように苦しいの・・・!それに比べたら高志ちゃんの宿題を見てやることや大好きなカレーを作ってやることなんて、どうでもいいことよ!かえって邪魔になってしまうわ!さ、早くやってしまいましょう・・・・あぁん・・・ど、どうでもいいけど、こ・・・今度の俺も胸も、で、でけぇ・・・な・・・うっ・・・あんっ・・・」
俺は優子の顔を動かし、その声を使っていい加減な一人芝居をすると、自分の胸を揉みながらエレベーターに乗り込んだのだった。
「はあっ、はあっ・・・うっ・・・べー・・・レロレロ」
優子は、自分の胸を乱暴に揉みしだきながら、コンパクトに映る自分の顔を覗き込み、ベロを出して色々と動かしたりながら、その表情を楽しむのだった。
「レロレロレロ・・・おぉ、うっ・・・ふっ・・・は、鼻の頭を舐められたぜ・・・こ、こんなバカなことやって・・・ホント、優子さんって俺の思いのままなんだな・・・あぁ・・・このデッカイ胸・・・このいやらしい表情・・・もうたまんねぇ・・・」
チン!
四階で、サラリーマン風のオッサンが八階のボタンを押して乗ってきたので、慌ててコンパクトをしまうと、いつもの優子さんのフリをして優しい笑顔で会釈をした。
相手も少し顔を赤らめながらも笑顔で会釈を返してきた。
(そう、この挨拶が優子さんの魅力なんだよな・・・よし、もっとサービスしてやるか!)
俺は優子の顔使って満面の笑みでウインクしてやった。
オッサンは顔を真っ赤にすると、慌てて五階で降りていってしまった。
「ふふっ、ウブなオッサン!カーワイイ!でも、この優子さんの笑顔を向けられたら誰でもああなるよな・・・うふっ!」
俺は再びコンパクトを出すと、鏡に向かって先程以上の笑顔とウインクを送った。
「あぁ、これが俺だなんて・・・もう最っ高・・・!」
俺は、憧れの女性の身体と一心同体になったことの喜びを全身で感じ取っていた。
「さぁ、六階に着いたし、俺の部屋に向かうとしますか!いえ、向かいますことよ!オホホホホホ・・・・」
エレベータを降りた俺は、クネクネと腰を振りながら優子の身体で自分の部屋へと向かい、合鍵で鍵をあけると部屋に入っていった。


(続く)

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