転身  (その1)
作:ecvt



俺は気が付くと猫になっていた。
そして、どういう法則かはわからないが、その次はトカゲ、犬、そして鳩になっていた。
人間の心のままいろいろな動物になったが、その身体の基本的な脳の記憶を使えるらしく、問題なく行動することは出来た。
(何とかして人間になって、俺の身体を取り戻さないと・・・!)
だが、他の身体に乗り移る法則がわからなかったのだ。
俺がいくら念を込めて相手に触れたりしたところで身体の移動は出来なかった。
(一体どうすりゃいいんだ?お、いい女、やっぱり俺の身体にするならああいう美女だよな!男と一心同体になるなんて気持ち悪いからな!よし、もう一度だけ試してみるか!)
俺は必死にその美女が乗ったタクシーを追いかけた。
(そちらの身体に移りたい、移りたい・・・!)
俺はタクシーの後席に乗っているキャリアウーマン風の美女の後頭部に向かって念をおくっていたが、ふと、バックミラーに移るタクシーダライバーと目が合った。
その瞬間、ぱぁっと視界が白くなり、視野が戻ると、俺はそのタクシードライバーになっていた。
(この身体は田中・・・んなのどうでもいい!うわぁ、男と合体なんて気持ちわりぃ・・・、待てよ、鏡越しに念を送りながら相手と目線を合わせると身体の移動が出来るんだ!そういえばどの動物になったときもガラスや鏡が近くにあったし・・・ようし、試してみよう)
そう考えた俺は、タクシードライバーになりすましてしばらく運転すると、トンネルに差し掛かったあたりで先程まで電話でなにやら、「そうじゃない」「今行くからそこはいじらないで」等々、イライラしながら指示を出していた美女に話しかけてみた。
「お仕事大変そうですね」
「そうなのよ、もう大変なんてもんじゃないわよ、これから○×ビルでの、イベントの設営の指示出さないと・・・もう、ホント、嫌になるわ・・・」
美女はストレスがたまった表情でドライバーになりすました俺にそう答えた。
「じゃ、私が代わってさしあげましょうか?」
「そうね、出来るものなら代わってほしいわ、運転手さん」
「わかりました、ではこちらを見てください。ほら!」
「え?」
俺にそう言われてたまたま目線を上げた美女は、鏡越しに俺と目が合ってしまった。
その瞬間、俺の視界は白い光に包まれた・・・
・・・・・・・しばらくして、そのままタクシーはトンネルを出た。
「へぇー、私ってまぶたの上にほくろがあったのね!ふぅーん・・・」
車内では美女・・・遠藤理沙はまるで珍しいものでも見るかのような表情でコンパクトの鏡で自分の顔をまじまじと見つめながらそう言った。
「こ、これだよ、やっと俺の理想の身体に巡り合ったよ・・・!ニシシ・・・」
そう言いながら理沙はシャツのボタンを一つ開け、引っ張ると、自分の胸元覗き込んでニヤけるのだった。
「お、お客様・・・どうされましたか?」
「い、いえ、なんでもないのよ・・・でも私ってこんなに巨乳だったのね、知らなかったわ」
そう言って理沙は自分の胸元をじっと見つめながら胸を掬い上げてそう答えた。
そう、俺は美女・・・この身体の記憶によると「遠藤理沙」になることに成功したのだ。
「ねえ、運転手さん、運転していて記憶が飛ぶことってありますかしら?」
「は、はぁ、疲れる仕事ですからね、さっきもいつの間にかトンネルに入ってましたからね、いや、面目ない・・・」
「いいのよ、そんなこともあるわよ。うふっ」
そう言いながら理沙は、再び持ったコンパクトの鏡に移る自分に向かってウインクしてみせた。
ドライバーは、先程開けた胸元の谷間をミラー越しにチラチラと見ているようだった。
(ふふふ、見てる見てる・・・でも、俺が乗り移ってるときの記憶は無いみたいだな。ってことは、俺がこの遠藤理沙の身体で何やっても、この人は覚えてないってことだな。これは都合がいい、さぁて、彼女の望みどおり代わってやったんだから、俺は自分の身体を捜しに行くとしますか!)
「ココで停めてちょうだい。降りるわ」
俺は理沙の胸元のボタンを閉じて、元通り「身なりのきっちりとしたキャリアウーマン遠藤理沙」に戻すと、そう運転手に指示を出した。
「え?まだ○×ビルまでは遠いですよ」
「いいの、急に気が変わったのよ、停めてちょうだい」
「は、はぁ、かしこまりました」
少し残念そうな表情をしながらドライバーは車を停めた。
「2100円になります」
「そう、じゃあ一万円あげるわ!おつりはいいからとっときなって!じゃぁね、うふっ」
俺は降りるときにドライバーに向かって色っぽくウインクしてやったところ、あのドライバーは顔を真っ赤にして慌てて去っていった。
「俺の金じゃないからいいよな!でも、美女っておもしれぇ!・・・じゃなかった、面白いですわ。ちょっとこの理沙さんを楽しんでから自分の身体を捜すとしますか!」
そう言うと理沙は、デパートの中へと入っていった。


(続く)

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