REPLICA(レプリカ)改
 作・JuJu


chapter-059 "命(V)"

 氷村の発言に鈴香はうつむき久保田は目を閉じた。マコトと茜も、鈴香への言葉がマコトのことの様に思えて沈み込んだ。
 沈黙の時間が流れた。
「それにしても、君たちは非常に興味深い」
 氷村の声にマコトが我に返ると、氷村が鈴香のそばまで近づいて来ていた。
 マコトは身構えた。だが氷村は、落ち着いた様子でマコトたちを見下げた目で見ているだけだった。
「まったくたいしたものだよ。一度ならず二度までも、このわたしが鈴香に施したプロテクトをはずすとはな。最初は単なる偶然だと思っていたが、マコト君を含めれば三度あったわけだ。これほど偶然が重なるわけがない。
 どうやって精神制御を、プロテクトをはずした? ――とまあ、その方法を尋ねても、君は話はしないだろうな。
 まあいい。マコト君と鈴香の二人の脳の記憶を調べれば、プロテクトをはずせた理由がわかるだろう。
 久保田くんたちを始末してから、ゆっくりとしらべさせてもらうよ」
 氷村は、鈴香の手から写真を抜き取った。
「あっ」
「――これか。このたった一枚の写真が、わたしのプロテクトを破ったのか?」
 氷村は写真を調べた。久保田と鈴香が写っているだけの、ただの写真だった。写真の中にある、心の底から幸せそうな鈴香に気が付くと、氷村は顔をしかめて写真を捨てた。
 鈴香は四つんばいになり、写真を拾うために手を伸ばした。その鈴香の視界を、大きな足が遮る。それは氷村の足だった。氷村は憎しみをこめて、写真を踏みつぶした。
「や、やめてください! お願いです」
「ふん」
 氷村は一歩だけ後ろに下がった。
 鈴香はあわてて写真を手にした。写真は踏みにじられ、ぐしゃぐしゃに潰れていた。
「これで精神支配の障害は消えた。
 さあ、こんどこそ久保田くんを殺すんだ!」
 鈴香は四つんばいのまま顔を上げた。その瞳が氷村を睨み付ける。
「なにをしている、さっさと久保田くんを殺せ!」
「これはマスターとわたしがすごした時間の証(あかし)。それを……」
 マコトが気が付いたように叫ぶ。
「そうだ! 鈴香の言うとおりだ!
 確かに俺たちの心は、本物から複写した偽物(にせもの)かも知れない。この体も、お前たちが造った物かもしれない。
 だがな、俺たちが過ごした時間は、お前たちが造った物じゃない! 俺たちが、自分で作り上げた物だ!」
 鈴香が立ち上がる
「そうです。わたしたちが過ごした時間。それはすべて、わたしたちの物です!
 それを消そうとするあなたを、記憶を調べて奪おうとするあなたを、わたしは許せない!」
 鈴香は手を伸ばすと、氷村に抱き込んだ。至近距離のせいもあったが、鈴香が自分に向かってくるとは思っていなかったため、氷村は逃げ切れずに捕まった。
 鈴香は腕に力を込めて、氷村の体を絞めつけた。
「くっ? なんてバカ力だ! 離せ!」
「嫌です!」
 鈴香はますます腕に力を込めた。
「とまれ、やめろ! これは命令だ!」
「拒否します!」
 鈴香の脊髄についている小箱から、破裂するような音がした。音はますます激しくなり、小箱から火花が散ったと思うと、煙があがった。
「くそっ、痛い! 離せ!」
「わたしの力を、限界を超えて出せるようにしたのは、あなたです」
「精神支配が外れたのならば痛みを感じるはず。お前は痛みを感じないのか?」
「痛いです。気が狂うほど。
 でも、それ以上に、あなたが許せない!!
 あなたには理解できないかもしれません。人は大切な物を守るためならば、大切な人を守るためならば、たとえどんなに苦しくとも堪えることができるのです!」
「作り物の心しか持っていないお前がうぬぼれるな!
 お前がしていることは、ただの暴走、やけくそにすぎない!」
 鈴香の首についている小箱が火を吹いた。その火が襟に引火する。
 偶然、氷村の目に呆然と立っている久保田が映った。
「久保田くん?
 そ、そうだ久保田くん、何をしている! 火を消せ! このままではきみの大切な人形が焼け死ぬぞ!」
 氷村の声に、久保田は正気に戻った。
「もういい。氷村を放せ! 鈴香! お前死ぬ気か?」
 鈴香は何も答えなかった。そのかわり、いっそう強く氷村の体を絞めつけた。
「ここで死ぬのは、俺がゆるさん! 鈴香、氷村を放せ!」
 鈴香の腕の力が弱まった。その事に気が付いた氷村は、鈴香から逃げ出した。
 氷村が離れると、鈴香はまるで糸の切れた人形のようにくずれそうになった。
 倒れかけた鈴香を久保田が支えた。マコトはエプロンを、茜は上着を脱ぐと、それで鈴香の火を叩き消した。
 氷村は、皺を取るために、やっきになって背広を伸ばしていた。たが、皺どころかその一部が焼けただれていることに気が付くと、不機嫌そうに背広に手を当てるのをやめた。
 氷村はくずれた襟をただしながら言った。
「くだらん人形め。わたしの命令は聞かないくせに、久保田くんの命令は聞くと言うのか。
 もういい。どうやってプロテクトを外したかは分からんが、命令ひとつ聞けないお前などに用はない! まったく、人形の癖に先ほどから愛だの想いだのと……。
 ――ん、まて? 先ほどの鈴香のバカ力の様に、もしも精神にも限界以上の力を発揮する時があるとすれば……。それがわたしのほどこしたプロテクトの基準値を超えていたら……。
 また、精神の崩壊や異常に堪えられる強い精神状態を、たとえ一時的にでも、持つことができたとすれば。そしてその瞬間に、精神を定着させたとすれば……。
 プロテクトを外し、また、精神を崩壊させずに定着させることが可能だ。
 信じられん。とても信じられんが、可能性がないとは言えない。それに、わたしは現実にこの目でプロテクトが外れる所を目撃した。
 ……。
 まちがいない! それこそ、精神を定着させる方法だ!
 これで……。これで完璧なネオ・レプリカが完成する!!」
 氷村は大声で笑いながら、脳の並ぶ部屋を出ていった。

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