REPLICA(レプリカ)改 作・JuJu chapter-058”命(U)” マコトは鈴香と久保田を見た。 鈴香は久保田ののど首をめがけ、懸命に指を伸ばしている。 久保田は目を閉じたまま抵抗もせず、鈴香の指が喉に触れるのを待っていた。 たまらず、鈴香を止めに入ろうとした。 「上原。川本さん」 気配を感じたのか、久保田が目を閉じたまま語りかけた。 「すまない。俺はついていけなくなった。 鈴香の残りの時間は少ない」 マコトは鈴香の指先に目を移した。 そんなので本当に人が殺せるのかと思えるほど弱々しく震えている鈴香の指。それは、久保田の言うとおり彼女の残り短い命を語っていた。 「操られているとはいえ、これが鈴香の最期の望みになるだろう。 俺は鈴香の望みを叶えてやりたい。 だから、手を出さないでくれ」 「そんな」 茜が言う。 「こんな事を言うと笑われるだろうが、俺は本気で鈴香のことを……」 その時、宙を泳いでいた鈴香の指が久保田の喉に届いたため、久保田は言葉を中断した。 鈴香の指が、ゆっくりと久保田の喉を押す。 鈴香は必死に力を込めた。だがその指に、気道を止めるだけの力は残っていなかった。何度も何度も力を込め、久保田の息の根を止めようとした。 鈴香の手首に水滴が落ちた。 それは、久保田の流した涙だった。 久保田は鈴香を抱きしめた。 鈴香は抱かれながらも首を絞めていた。だが、その力も次第に弱まり、ついに指が止まった。その事に気が付いた久保田は目を開き鈴香の顔を見た。 「……」 鈴香の唇が動き、かすかに何かをつぶやいた。 「何か言ったか?」 「……マ……スター」 うつろな目が少しずつはっきりとし、ついに焦点が久保田に合う。鈴香の腕がゆっくりと下がる。 「……マスター」 「正気に戻ったのか」 鈴香は小さく頷いた。 それを見ていた氷村が叫んだ。 「なぜやめる? さっさと久保田くんを殺せ!」 氷村の命令が、鈴香の体を振るわせた。 「ああ……また頭が……真っ白に……何も考えられなく……」 鈴香が堪えるように顔をしかめた。苦しそうなため息が漏れる。目が再度うつろになってゆく。 「しっかりしろ!」 久保田は鈴香の肩を揺さぶった。 「マスター……手を……」 鈴香は左手を久保田に差しだした。久保田は鈴香をつなぎ止めるように、その手を強く握った。手の感触に答えるように鈴香は頷くと、右手をエプロンのポケットに入れた。中から一枚の写真を取り出す。 「マスターとわたしがすごした想いで……。わたしの大切な記憶……。 ――消させない!」 写真を見た鈴香の瞳に、ひかりが戻ってくる。 「大丈夫です。二度と心を奪われたりしません。これがある限り」 鈴香は久保田に写真を見せた。 それは研究所に来る前に久保田の部屋で撮った、久保田と鈴香が映った写真だった。 「いったいどうしたというのだ! なぜ、さきほどからわたしの命令にそむく!?」 「無駄だ! 鈴香はお前の束縛から逃れた!」 「……鈴香、こっちに来い! ……。 ばかな! 精神支配が解けるはずがない。確かにプログラムも機械も試作品だが、わたしの理論は完璧なはずだ」 「氷村、お前は確かに天才だ。その才能。その知識。その肉体。どれ一つとっても、俺では足元にも及ばない。正直うらやましいくらいだ。 だが、こんな俺でもお前には負けない物がある。お前では足元にも及ばないものがな」 「久保田君! 一体彼女に何をした!?」 「俺は何もしていない。 お前には理解できまい。お前がどれほど天才で、どんなに人の心を操ろうとしても、決して超えられない物がある事を」 鈴香の体が崩れそうになったのに気が付き、久保田は慌てて鈴香を支えた。 「わたしの事を心配してくださるのですか? わたしは、マスターにあんな事をしたのに……」 「氷村に操られていただけだ、気にするな。 俺はさっき、お前にならば殺されてもいいと思った。お前が本気で望むのならば、俺の命をくれてやっていいと思った。 俺は確信した。 この気持ちは、俺がお前を愛している証拠だと」 「マスター……」 「ああ。愛している」 氷村が言った。 「愛している? レプリカをか? 笑わせるな! レプリカは献体となった人間と同じ肉体を持ち、同じ記憶を持つ。だから君は、本物の代用品として、その人形を愛しているのだろう。 たとえ久保田くんが本気で愛しているとしても、その人形ではなく本物の鈴香の影を愛しているにすぎない」 「たしかに今でも本物の鈴香を愛している。 だが、同じくらい、このレプリカの鈴香も愛している!」 「ばからしい。 レプリカの肉体は、献体から複写した物だ。レプリカの記憶も、献体から複写している。 その体も、記憶も、心も、すべて複写であり、偽物(ぎぶつ)にすぎない! 万一、君が本当にその人形を愛していたとしても、人形は君の事など愛しはしない。 レプリカは、マスターを愛するように造ってある。そうした方が操るのに都合がいいからだ。その疑似恋愛を、あたかもレプリカが自分を愛してくれていると勘違いしたのだろう。 人形は愛など持たない。持っているのは、作られた、あるいは元の人間から複写された、疑似の愛だ。 そのような偽物など、本物の愛にはほど遠い!」 つづきを読む |