REPLICA(レプリカ)改 作・JuJu chapter-056”國谷(X)” 「何をたくらんでいるの?」 國谷の問いに、氷村は首を振り向かせた。 「たくらむ? このわたしが?」 「ドールたちの動きは止めたし、外部への通信はすべて切断したわ。 つまり、ボスが怪我をしても助けてくれる人はいないし、助けを求めることもできない」 國谷はさとすように、銃口を氷村に向かってさだめなおした。 「当たれば、致命傷になるわよ?」 「わたしは何もたくらんではいない。 ただ君の行動があまりにおかしかったから笑っただけだよ。 いったい君は、どこから何を盗んだと言うのかね」 「何って。 ここの研究資料を整理していたのはわたしよ。ボスが扱わせなかったデータを除けば、研究所のすべてのデータは把握しているわ。 でもその中に、ネオ・レプリカのデータはなかった。と言うことは、ボスがわたしに扱わせなかったデータがネオ・レプリカのデータだとしか考えられないじゃない」 「やはりな。あのデータか。 あれは扱わせなかったのではない。君が扱う必要がなかっただけだ。 君が持っていったデータは、わたし以外の者にはまったくつまならないものだよ」 「高度すぎて、ボス以外には扱えないって意味? そんなことはどうでもいいのよ。これがネオ・レプリカのデータであること。それが大切なの」 「まだ分からないのかね? それは君の望むデータではない」 「そんなこと言ってわたしを動揺させて、隙を作ろうとしても無駄よ?」 「うたぐりぶかいな。再生してみたまえ」 * 國谷はデータを入れた箱を見ながら思った。 (研究所内のコンピュータに入っている資料データは隅々まで調べ上げてある。これ以外は絶対にありえない。 でも……。 ボスはわたしの正体に気がついていた。目的がネオ・レプリカだと知っていた可能性も高い。 機密を漏らさないために研究員をすべてドールで済ますような用心深い人だ。わたしをだますために、偽物のデータを置いていた可能性は否定できない) 國谷は銃を見た。 (いまならば武器もある。確認するくらいならば) * 右手の銃は氷村に向けたまま、國谷は左手でネオ・レプリカのデータの入った小さな箱を操作した。 小さな箱から、ピアノの曲が聞こえてきた。 「これは?」 「ショパンのノクターンを知らないのかね」 「ショ、ショパン!?」 * 國谷は思った。 (だまされた! 長い間かけてやっと手に入れたデータが、ただの音楽のデータだったなんて! 今までの苦労は水の泡? 待って。 幸い今は拳銃を持っている。ボスを脅してデータのありかを吐かすという方法もある。 だめだ。ボスの性格だ。拷問した所で死んでも話さないだろう。 ――いったい、本物のデータはどこにあるの?) * 偽物をつかまされたショックだろうか、國谷はピアノ曲を流す小さな箱を見つめながら何かを思考している。そのわずかな隙を氷村は逃さなかった。 氷村は体を前に倒して両方の手のひらを床につくと、後ろに脚を伸ばした。 脚が、背後にいた國谷の手から銃を蹴り落とす。 銃声と同時に、氷村の脚をかするように銃弾が飛んだ。 手の痛みと銃声に、國谷は我に返った。 床に落ちた銃を拾おうとしたが、國谷より早く氷村が銃を蹴飛ばした。銃は床を滑って制御卓の下のわずかな隙間に滑り込んでしまった。 銃が手の届かない所に行ってしまったことを確認した國谷は銃をあきらめ、床の上に転がっている鉄の棒に向かった。だが、先ほどと同じように、それも氷村が制御卓の下に蹴飛ばしてしまった。 國谷はため息をつくと、氷村をにらんだ。 そのまま素手で構えを取る。 「良い度胸だ」 氷村はゆっくりと國谷の前まで近づくと、距離を置いたところで構えた。 しばらく二人はにらみ合っていたが、先に動いたのは國谷だった。國谷が氷村に襲いかかる。氷村は向かい受ける体制を取った。 だが、國谷は突然背を向けると扉に向かって走り出した。 國谷は逃亡した。最初から闘う気などなかったのだ。闘うふりをして、逃げ出すつもりだったのだ。 國谷は脳の並ぶ部屋に戻った。 扉の前には鈴香がいたが、彼女は人形のように扉の横に立っているだけだった。 「彼女を通すな! 道をふさげ!」 國谷の背後から氷村が叫んだ。 命令を聞いた鈴香は、扉の前に立つと両手と両足を広げ、大の字になって國谷の前に立ちふさがった。鈴香が扉の前に立ったために、鈴香の背後でしずかに扉が開く。 國谷は止まるどころか、さらに加速して鈴香に向かった。鈴香の手前で床を蹴って飛ぶと、勢いに任せて右膝を突きだした。膝が鈴香の腹にめり込む。腹を蹴られた鈴香は、おじぎをするようにくの字になった。國谷は前のめりになった鈴香の頭を、後頭部から蹴り落とした。 頭から突っ伏すように倒れる鈴香。 目の前の扉は開いている。 國谷は振り向いた。 (よし、逃げ切れるだけの距離はある。 勝った!) 走り出そうとした脚に何かが絡まる。見ると鈴香が國谷の脚を掴んでいた。 「しつこいわね!」 國谷は鈴香の腕を蹴りとばした。鈴香の手がはずれる。たが、その行動は足止めするには十分だった。 人の気配に國谷は振り向いた。氷村が目の前まで来ていた。國谷の背中に衝撃が走ったと思うと、宙に浮いた。体全体に何かが当たる。目を開けて、床に投げ出されていた事に気付いた。息が出来ない。苦しい。 「ネオ・レプリカの研究は私の命だ。誰であろうと渡さない」 痛みで動けない國谷は、氷村の声に耳を傾けるのさえ辛かった。 氷村は、國谷が動けないことを知ると消えた。しばらくして戻ってくると、どこから持ってきたのか手に縄を持っていた。 國谷を縛った。 「痛いじゃないの!」 回復したのだろう、國谷はもがいて縄から抜けようとしたが、しっかりと縛られているらしく、身動き一つできそうにない。 「君は後回しだ。そこでしばらくおとなしく待っていたまえ」 氷村は鈴香を見た。 「動けるか」 鈴香はうなづくと立ち上がった。 「よし。先ほどの続きだ」 氷村は振り向いた。 そこには、隣の部屋の開いた扉から、おそるおそる覗いているマコトたちがいた。 氷村は言った。 「久保田くんを殺すんだ」 「はい」 鈴香は無表情でうなづいた。 つづきを読む |