REPLICA(レプリカ)改
 作・JuJu


chapter-055 "國谷(W)"

 氷村は腕と脚を交互に出して襲った。國谷は右に左にと体を舞わせ、攻撃を避けている。
「自己流ね? 無駄が多すぎる。どんなに力が強くても、当たらなければ意味がないわ」
 余裕のある言葉とは裏腹に、國谷は押される一方だった。
 腕力でかなわない分、國谷は言葉の攻撃で相手の隙をさそおうとしているに違いない。マコトはそう思った。
 國谷が部屋の隅に追いつめられた。
 氷村は適当に攻撃しているとマコトは思っていたが、実は國谷を部屋の角に追いつめるように攻撃していたのだ。反撃も逃げることもできない國谷は、追いつめられていると知りつつもどうすることもできなかったのだろう。
 あきらめたのか、國谷は構えを解いた。ため息をつく。
「さすがに素手ではかなわないわね」
 それでも國谷の表情にあせりは見られなかった。むしろ楽しんでいるみたいだとマコトは思った。
 國谷が構えを解いたのを見て、氷村の攻撃がとまる。
 國谷は右手を左の腕の袖につっこんだ。腕を抜くと次は、その逆に左手を右の腕の袖に入れる。だらりと両腕を下ろしたと思うと、両方の袖から、鉄でできた棒状の物が一本ずつ出てきた。
「武器か?」
 マコトはおもわずつぶやいた。
 國谷が微笑んだ。
 氷村が構えている間に、國谷は袖から出てきた鉄の棒を伸ばした。短かった棒は肘から手の先程度の長さになる。さらに國谷は鉄の棒を変形させた。「I」型だった棒は、中心からずれた場所から突起が伸び「ト」の形になった。
 國谷は突起を掴むと振り回した。掴んだ突起を中心にして、棒はくるくると回る。大道芸の様に、鉄の棒は國谷の思いのままに回転したり、時々回転を止めたりした。
 氷村が後ずさりをした。さすがに武器を持った相手では辛いと思ったのだろうか。
 そのわずかな隙を國谷は見逃さなかった。
 國谷は素早く氷村の頭を狙った。氷村はかろうじて腕を上げてふせいだ。
 立場が逆転した。
 氷村は腕を盾にして、國谷の回転させる鉄の棒をふせぐのが精一杯だった。
 いくら氷村が強くても、素手では武器を持った相手には手出しできないのだろうとマコト思った。
 國谷が近づいてくる度に、氷村は間合いを取るために、一歩、又一歩と後進した。
 ついに國谷は部屋の真ん中まで戻って来た。ここまで来れば後はドアから逃げ出すこともたやすい。
 國谷もそう思ったのか、あるいは最後の仕上げのつもりか、今までは氷村の頭や胴体を狙っていたのに、今度は明らかに氷村の顔面、それも眼を狙って鉄の棒を振り回した。
 氷村は腕でかろうじて受け流したが、棒は頬に当たった。衝撃に顔を背ける氷村。
 氷村の口から血が流れて、床にしたたる。
「血か。わたしの研究所が汚(けが)れてしまった」
 氷村は床に落ちた血を見ていた。
「本気で攻撃をすれば、研究室が汚(けが)れる。それゆえ、手加減してやっていたのだが……。その必要はなくなったようだな」
 ハンカチで口を拭いた。
 床に落ちた血から、視線が國谷に移る。鋭い視線が國谷を襲った。
 刹那(せつな)。氷村は蹴りを放った。
 國谷はあわてて棒を振り上げ氷村の蹴りを防いた。だが、威力はすさまじく、棒ごと國谷を蹴り飛ばしてしまった。
 國谷は床に倒された。すばやく身を起こそうとする。が、國谷が上半身を起こしたところで、再び氷村の脚が伸びてきた。
 國谷は棒を盾にして氷村の攻撃を防いだ。しかし、氷村が狙っていたのは國谷の肉体ではなく、棒の方だった。確実に狙われた二本の鉄の棒は國谷の手から滑り、回転しながら空を飛び、床を滑って部屋の壁に当たって止まった。
 國谷は氷村を見上げた。
 再度素手の闘いとなった。素手同士ならば、その差が歴然なのは先ほどの闘いで証明済みだ。
 さらに國谷は、構えも取れずに床に倒れたままだ。まるで蹴り飛ばしてくださいと言わんばかりな状況である。
 國谷に勝ち目はない。と、マコトは思った。
 その時だった。
 國谷は懐から小さな黒い固まりを取りだした。
 それは護身用の小型銃だった。
「できればこれは使いたくなかった」
 國谷は立ち上がりながら言った。
「……わたしの負けね。やっぱり、勝てなかった。
 戦いは己の力だけで勝つべきよね。こんなものを使って、自分でも卑怯だとおもう。できることならば、純粋に闘って勝ちたかった。
 いくら体格の差があるといっても、我流の相手に負けるなんて!」
 國谷はさみしさと悔しさを足したような顔をしてうつむいた。視線の先には、手に持った拳銃がある。
 國谷が顔を上げると、両手を銃に添えて構えた。すでにさきほどまでの悔しそうな面影は消えていた。
「さ・て・と。遊びはここまで。
 今度は仕事として、行動させてもらうわ」
「巨乳?」
「マコトくんたちも動かないで!」
 銃口がマコトに向く。
「安心しなさい。わたしの邪魔をしない限り、これは使わないわ。
 わたしの目的は、ボスを倒すことじゃない」
 國谷は銃口をふたたび氷村に向けた。
「ボス、後ろを向いて」
 銃口を向けられては為すすべがないのだろう。表情はあいかわらず落ち着いたものだが、素直に背面を見せた。
「マコトくんたちもボスの隣に並んで。
 そのまま研究所の出口まで歩くのよ」
 俺達は歩き出した。
 だが、部屋のドアの前に立ったときに、突然氷村が笑い出した。のどの奥から笑いが沸き出し、なんとか笑いを押し殺そうとしたが、ついに堪えきれなくなったと言う感じの笑いだった。
「な、何がおかしいの?」
 國谷の声は、あきらかに動揺していた。

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