REPLICA(レプリカ)改
 作・JuJu


chapter-053 "國谷(U)"

「俺たちを利用したわけか」
 後ろから声がした。
 振り向くと、久保田が立っていた。
「久保田!?」「久保田さん?」
 同時に俺と茜は声を上げた。
 さらに驚いたのは、久保田が平然とした顔をしている事だった。落ち着いているというか、ある意味腹をくくったような雰囲気がある。さっきまであれほど落胆していたのに。
「心配をかけたな」
「大丈夫なのか? その……、あんな事の後で」
「俺ならばもう大丈夫だ」
「でも……」
 茜も心配そうな顔で久保田を見た。
「そうか。そんなに俺が急に立ち直ったのが信じられないか?
 仕方ない。実は……」
 久保田は話し始めた。

    *

 マコトと茜さんが部屋から出て行ってから、しばらくたった後の事だ。俺は献体たちが並ぶ部屋でうつむいていた。
 突然鈴香の声がした。
「鈴香? 正気に戻ったのか!?」
 俺は鈴香に駆け寄ったが、人形のように直立しているだけだった。俺は鈴香の口元を見つめた。わずかなつぶやきさえ逃さないように耳を澄ました。だが、鈴香は微動だにしなかった。
 沈黙が続いた。聞こえるのは、献体たちの維持装置からの、モーター音や電子音だけだった。
(さっきの声は気のせいだったのか?
 いや、待て? 鈴香の声がしたのは前方からだった。声は脳の鈴香の方から聞こえたんだ)
 俺はあわてて水槽に走った。
 鈴香の入ったビーカーを丹念に調べた。発声させる装置がついていないか捜した。だが氷村の言ったとおり、ビーカーはもちろん、どこにも発声装置らしき物はなかった。
 それとも、何か原始的な生命の力、マコトの言っていた様な、科学や医学では証明できないような特別な力で、鈴香が俺に話しかけて来たのだろうか?
「……ばからしい。そんな事があるわけがない」
 すべては、俺が鈴香を思うばかりに作った幻聴だったのだろう。
 だがもし、鈴香に意識があったとしたら、俺がここにいることを感じることができたとしたら、今の俺を見てどう思うだろう。どんな姿になっていようと、目の前にいるのは鈴香だ。この部屋に入ったときから、俺は鈴香と一緒にいたんだ。
 鈴香は俺を待ち続けていたと思う。それなのに、せっかく出逢えた鈴香の前で、恥ずかしい所を見せてしまった。
 鈴香のためにも、今は落ち込んでいる時ではない。もう、こんなみじめな姿は見せない。

    *

「そう、脳になった鈴香に誓ってここに来た。
 それが、鈴香へのせめてもの弔いだ」
「弔いって、鈴香さんはまだ……。死んだわけじゃ……」
 茜が言った。
「いや。あの日、氷村に渡した日、鈴香は死んだんだ」
 久保田は、迷いを振り払うように頭を振った。
「だが、鈴香は俺の心の中で生きている。
 鈴香の幻聴がその証拠だ。俺の心の中に生きる鈴香が、話しかけて来たのだろう。
 ――すまんな、話がそれてしまった」
 久保田は國谷の方を向いた。
「だが、これで納得がいった。
 國谷はネオ・レプリカのデーターを盗み出す隙を作るために、氷村の目をそらす必要があった。そこで俺たちにパスワードを教えて研究所に誘導した。
 危機に陥ったときに助けたのも、俺たちが捕らえられては、氷村を攪乱させる計画が中断するからだ。
 つまり俺たちは、氷村の目を引きつけるためのオトリだったと言うわけだ」
「その通り。
 とくにマコト君にはよく反応したわ。冷静なボスも、自分が作った物に反乱されるのはほっとけなかったみたいね。プライドの高い人だから。
 そうそう。ちなみに、君たちが活動しやすいように研究所内のドールを片づけて置いたのもわたしよ。
 久保田くんたちには悪かったと思う。でも本当にボスはなかなか隙を見せなくて、こうでもするしかなかったのよ。
 その甲斐あって、こうして、ネオ・レプリカのデーターは手に入ったわ。
 さて。お話はもういいかしら?
 わたしはそろそろ、このデーターを本部に渡しに行かないと」
 國谷は出口に向かって歩き出した。しかし、氷村がゆっくりとドアの前に立ちふさがる。
「ボス?
 ああ。研究所の運営が心配なのね? 安心して、これだけの研究ですもの。わたしに任せて。悪いようにはしない。今までと同じように研究が続けられるように、役員達を説得してみせる。だって、ボスの努力は知っているから」
 國谷がそういって氷村の脇を通ろうとすると、氷村がまたさえぎった。
「どうして邪魔をするの?
 ネオ・レプリカのデーターを渡さないつもり? そんなことトミタの役員が聞いたらだまっちゃいないわよ? この施設だってお取りつぶしになるわよ? いいの?」
「かまわん!」
 言うと同時に、氷村の腕が國谷に伸びた。鋭い拳が國谷の腹めがけて飛んだ。
「巨乳! あぶない!」
 マコトが叫んだときには、國谷は軽々と氷村の攻撃を避けていた。余裕の笑みを見せながら、國谷は言った。
「ありがとうマコトくん」
 それから氷村に言った。
「ここを通して頂戴。本社では、ボスが何かしているって事まで分かっている。わたしを監禁しても、いつまでも隠し通せないわよ。
 ボスの熱意もわかる。ボスはずば抜けた技能も持っている。でも、たった一人では何もできないでしょう? 資金や技術の提供が止まるだけじゃないわよ? 献体の捕獲や加工だって一人では出来ないでしょう? そのすべてを失うことになるのよ?」
 だが、返ってきたのは返事ではなく、二度目の拳だった。
「本当に研究が出来なくなるわよ!?」
 國谷はスルリと体を滑らせて氷村の拳をよけると、すばやく氷村の手首を強く掴んだ。
「ふん」
 氷村は乱暴に腕を振って、國谷の手から自分の手首を抜いた。
 氷村は手首の状態を確かめるように、さすりながら言った。
「その身のこなしで、まだトミタから派遣された、ただの社員だと言い張るつもりか?」

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