REPLICA(レプリカ)改
 作・JuJu


chapter-049 ”罠(W)”

 鈴香が捕まっていた部屋。ガラスで仕切られたその部屋で、鈴香が久保田の首を絞め続けていた。久保田は顎を上げ、微かに細く開いた目の奥から鈴香を見ていた。鈴香は顔をそむけた。久保田がどんなに自分を憎んでいるかと思うと、怖くて顔を見られなかった。
「鈴香……」
「私じゃない! 体が勝手に動いて……私はマスターのことを……」
「こっちを向け……。最期に……おまえの顔が見たい……」
 最期だと言う言葉に、鈴香は久保田に顔を向けた。目が合ってしまった。久保田の目は想像していた物とは違い、哀しそうな瞳をしていた。
「俺は鈴香を……信じている……。すべて氷村の……仕業だな……。そうなんだろう……」
 鈴香は救われたように、何度も頷いた。
 鈴香の腕は久保田の首を締めていた。鈴香は目をつぶった。涙は止まっていた。気合いを入れるように頷くと息を止め、顔をしかめた。腕が激しく震えたと思うと、鈴香の口から低いうなり声が漏れた。
 久保田は、鈴香の指が緩くなるのを感じた。鈴香の腕を首から外そうと押した。鈴香の腕は軽くなっていた。指が首から離れた。
 久保田は息を吸い込んだ。かき集めるように何度も吸いこみ、吐き、吸った。鈴香の腕はまだ首元にあったが、息を吸うには十分な程には離れていた。
 久保田は荒い息をしながら鈴香を見た。鈴香も喘ぎながら息をしていた。互いに、息をするのに必死だった。二人は互いに見合っている事に気が付くと、微笑んだ。

 *

 マコトたちと氷村は、献体保管室から、ガラスの壁の向こうにいる久保田と鈴香を見ていた。
「見て!」
 鈴香の腕の動きが止まったのを見て、茜が言った。
「鈴香はお前の作った装置を克服したぞ!」
 マコトは氷村を見た。
「ふむ。強い精神力を持っていてこそ、レプリカが作れる肉体の条件なわけだが。クローンであっても、精神力の強さは本体譲りというわけか」
「お前が仕掛けた罠も、これで終わりだな」
「それはどうかな」
「マコト、見て!」
 茜が言った。
 マコトが見たときには、鈴香は苦しそうに顔をゆがめていた。腕の力が抜けて、垂れ下がっていた。鈴香は何かを振り払うように頭をうなだれ、首を振っていたが、それも止まった。
「やはり、こうなってしまったか」
「今度は何をしたんだ」
「見ていれば分かる」
 心配した久保田は、鈴香の顔に近づこうとした。その瞬間、うつむいていた鈴香は顔を上げて久保田を見た。無表情で、目だけがやたら鋭く、瞬きもせず、久保田を見つめていた。久保田の手をふりほどき、両手があがった。鈴香の腕は一直線に久保田の喉に向かった。鈴香は久保田の顔を見ている感じだが、無表情で、目に生気がなく、焦点が合っていない。
 鈴香の細い指。その一本一本がそれぞれで意志を持ったように、久保田の喉に食い込む。とまどいは感じられなかった。容赦なく久保田の喉をつぶそうとしている。
「あの装置には欠点がある」
 氷村が言った。
「そもそもあの装置は、君のために開発した。この欠点さえなければ、君に取り付けるはずだったのだよ。あの装置は、時間が経過するごとに、レプリカの意識を消去していってしまうのだ。最終的には、私の命令で動くだけの、ドールと同じ人形になってしまう」
 マコトは鈴香を見た。鈴香の姿が自分の姿に重なる。鈴香は俺の代わりに操られている。もしも、あの装置が完成していたら、今の鈴香見たく俺は氷村の思うように操られていたのか?」
 久保田の顔が青白く変色していた。先ほどまでの鈴香は、操られていても、鈴香の意志が抵抗して手加減をしていたのだろう。だが、今度の鈴香がこめる指は容赦がなかった。
 マコトは、鈴香のいる部屋のドアに走った。ドアをこじ開けようと引き、叩き、蹴った。だがドアに変化はなかった。
「氷村! ここを開けろ!」
 氷村は静かに、マコトを見ていた。しばらくして、言った。
「いいだろう」
 氷村は壁の棚からマイクを取り出した。
「もういい。機動停止だ。やめろ。
 久保田くん、聞こえるかね? いまドアを開ける。出て来るのだ」
 氷村はマイクを棚に戻すと、コンピューターに向かって歩き始めた。
 氷村が棚から離れた事を確認したマコトは、隙を見て棚に駆け寄るとマイクを手に取った。
「久保田! 聞こえるか!」
 久保田は初めて献体保管室の方を向いた。マコトたちが、献体保管室に入って来ていることに気が付き、驚いたようにマコトを見ていた。
「箱だ! 鈴香の首の後ろに箱がある! それが鈴香を操っているんだ!」
 マコトは時々目で氷村の様子を見ながらしゃべった。だが氷村はマコトを無視して、コンピューターを操っているだけだった。
 隣の部屋では、久保田が鈴香に付けられた箱を取ろうと引っぱっていた。その間も、鈴香は人形のように、ただ立っているだけだった。顔には表情が無く、目は宙を見つめていた。
 久保田は鈴香に付けられた箱を取ろうとしていたが、やがで諦めたように、マコト達を見ると首を横に振った。
「ドアを開けてやろう」
 氷村がそう言ってコンピューターのキーボードを操作すると、隣の部屋のドアが開いた。
 マコト達はドアに走った。ドアが開いたことに気が付いた久保田も、ドアに近づいた。
「久保田!」「久保田さん!」「上原! 川本さん!」
 ドアの前で、三人は再会した。だが、鈴香は部屋の真ん中に立ったまま動いていなかった。
「鈴香……」
 マコトは鈴香を見たあと、氷村に向かって言った。
「氷村! 鈴香を元通りにしろ!」
「あの装置は、一度接続したら二度と外せない様に作られている。強引に外せば、レプリカは死ぬ事になる」
 氷村はマコト達の方に向いた。
「それに一度消えた意識は戻らない。あのレプリカは、もう何も考えず、何も感じていないだろう。
 もしも意識が戻るのならば、とっくに君に付けていたよ。そうすれば、こんな面倒なことをしなくても、君を操れたんだ。
 君には精神の定着方法を調べ終わるまで、意識が消えてしまってもらっては困るのでね」
 氷村はコンピューターのイスから立ち上がった。
「さて。これで君たちが起こしてくれた問題は回避されたはずだ。まったく、迷惑な話だよ」
 氷村はマコト達の方に歩いてきた。
「久保田くんがここに来たのは、献体の鈴香くんを助けるためだと言っていたね? 会わせてやろう」
 氷村は口の端だけを上げて微笑んだ。
「本当か」
 久保田の声に氷村は頷く。
 氷村は足元に落ちていたマイクを拾った。
「ついてこい」
 ガラスの向こうの鈴香はうなずきもせず、ロボットの様に歩き出した。
 氷村はマイクを棚に戻し、振り返ると、部屋の奥に向かって歩き始めた。コンピューターの前を通るとき、足を止めずに歩きながら片手でキーボードを押した。部屋の奥にあるドアが素早く開いた。献体保管室の入り口の扉から比べると薄い扉だった。
「きたまえ」
 氷村は奥の部屋に入っていった。

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