REPLICA(レプリカ)改
 作・JuJu


chapter-048 ”罠(V)”

 マコトと茜は、献体保管室の前の廊下に立ち、久保田の帰りを待っていた。マコトは緊張した面もちを、茜は不安そうな顔を、開いた扉から出して、献体保管室の様子を覗いていた。
「マコト、見て!」
 氷村の動きを見ていたマコトは、茜の声に、鈴香のとらわれている部屋のドアの方に視線を動かした。ドアが動き始めた。マコトはすこしでも近くで見るために、扉のふちに手をかけて部屋の中に上半身を乗り出した。
 開いたドアの奥に久保田が見えた。後ろには鈴香もいた。久保田はマコトを見て、微かな笑顔を見せた。マコトは笑顔を返した。マコトの後ろで見ていた茜も安堵の表情を見せた。
 次の瞬間、笑顔を見せていた久保田の顔がゆがんだ。
 背後から鈴香が襲いかかり、その腕が久保田の首を絞めていたのだ。久保田があがきながら後ろにすすみ、ドアの前から離れたため、ドアが閉まった。ドアに遮られて久保田たちの姿は一瞬にして見えなくなる。
「え? 鈴香さん……? どうして?」
 呆気にとられていたマコトは、茜の声に我を取り戻した。
 マコトは隣の部屋を見た。この場所からではよく見えなかったが、ガラスの仕切越しに、隣の部屋で久保田の首を締め付けている鈴香の姿が見えた。
「久保田!」
 献体保管室に入ろうとしたマコトを、茜が腕を掴んで引き留めた。マコトは振り向いて茜を見た。
「鈴香さんが久保田さんを襲うなんて信じられない! これはなんかの間違いよ!
 きっと氷村が、私たちをおびき寄せるためにした罠よ。
 今行ったら捕まっちゃう。久保田さんが一人で向かった意味が無くなっちゃう」
「しかし……」
 マコトは久保田を見た。背後から首を絞められて、顔が充血していた。
「久保田を見殺しには出来ない! 茜、お前はここに残れ!」
 マコトは腕を振りきって、献体保管室に入った。
「マコト!」
 振り向くと茜も入ってきていた。
「どうして付いてきたんだ?」
「アタシも行く!」
 茜のうしろで、鈍く重い音がしたと思うと、献体保管室の扉が閉まり始めていた。厚い扉は、人が離れれば自動で閉まる様に出来ているのだろう。が、マコトにはまるで、自分たちをここにを閉じこめる為に閉まり始めたように感じた。
 扉はゆっくり閉まるので、今ならば引き返す事も出来そうだ。
 マコトは、茜に廊下に戻れと言おうとした。
(だが……)
 マコトは思った。
(ここで茜と別れたら、二度と逢えないかもしれない)
 これが俺達をこの部屋に閉じこめるための罠で、氷村がこの分厚い扉を操作して開かないようにすれば、俺達は二度と会うことはないだろう。
 マコトは茜を見た。茜も同じ思いをしている様な気がした。
 茜は心細そうな目でマコトを見ていた。
「俺から離れるなよ?」
 マコトは久保田たちのいる部屋のドアに向かって走った。だが、部屋の前に立ってもドアは開かなかった。茜が後から来てドアの前に立った。二人が立っても、ドアが開くそぶりはなかった。
「くそっ!」
 マコトはドアに手をかけて力ずくで開けようとしたが、鍵が掛かっているらしくびくともしなかった。
 大きな鈍い音がした。マコト達が音のした方を見ると、献体保管室の扉が閉まっていた。
 マコトは氷村を見た。氷村は相変わらず、コンピューターを操っていた。

 *

「久保田!」
 マコトは部屋を仕切っているガラスの壁の前まで走った。隣の部屋にいる久保田に向かって叫んだり、ガラスを叩いたりしたが、久保田は鈴香の腕を外すことに必死で、マコトが来たことに気が付いていないようだった。
 ここからでは久保田たちの声は聞こえなかったが、鈴香は久保田に向かって必死に何かを叫んでいた。鈴香の目には涙が流れていた。
 あれほど従順な鈴香が、久保田を襲うなんて想像が出来ない。だが、想像を超えた事態が、現実として目の前で起きている。一瞬、マコトは、このガラスに映っている物が、俺たちをおびき寄せるための、氷村の作った映画かなんかではないかと思った。だが、嘘にしては、目の前の情景はあまりにも生々しかった。
「レプリカは私が設計・製作したのだ。それを忘れては困るな」
 声がした方を向くと、氷村がそばまで来ていた。
 マコトたちは身構えた。だが氷村は、誇らしげに腕を組んで、鈴香たちのいる隣の部屋を見ているだけだった。
 氷村は、独り言でも言うようにマコト達に話しかけた。
「レプリカの首のあたりにある、小型の箱が分かるか?」
 マコトは鈴香を見た。うなじの辺りに、黒い小さな箱が付いていた。
「あれでレプリカの運動を制御させている」
「運動を制御……? 鈴香の体を操っているって事か?」
「試作品だが、起動実験にはちょうどいい。
 それにしても、お前たちは、あれを人間だと勘違いしているふしがあるが、あれは人間じゃない」
 氷村はマコトを見た。
「お前もだ」
 氷村は隣の部屋に視線を戻した。
「お前たちは人間ではない。
 あのレプリカがその証明だ」
 久保田は、鈴香の腕を首から外そうともがいていた。相手は女性で、しかも衰弱しきっている。だが久保田がどんなに力を込めても、鈴香の腕は離れなかった。
「生物はすべての力を出し切らない。脳が制限をかけてしまうからな。
 だが、体を直接操縦すれば、生物は限界まで肉体の能力を発揮させることが出来る。あの瀕死のレプリカでさえ、私が手を貸せば、見ての通りの力を発揮することが出来る。
 すばらしいだろう?」

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