REPLICA(レプリカ)改
 作・JuJu


chapter-047 ”罠(U)”

 久保田は献体保管室に入った。ここからは隣の部屋がよく見える。巨大なガラス越しに、下着姿の鈴香の全身が見えた。両腕を枷(かせ)で縛られ、天井から延びた鎖で吊されている。体中の重みが腕に掛かり、痛々しいほど伸びていた。頭はうなだれ、腕の間から前に出していた。目を閉じ、頬が赤く、口を小さく開けて息をしている。
「鈴香!」
 久保田は呼んだが、防音されているらしく鈴香が気が付いた様子はなかった。
 久保田は献体保管室を見回した。このまま鈴香のいる部屋に入ったら、閉じこめられる可能性もある。そこでドアの間に挟める物はないかと思ったのだ。だが、なにも無かった。しいて言えば、氷村が座っているイスくらいな物だ。
 久保田は諦めて、隣の部屋のドアの前に立った。
 その間も、氷村は久保田たちの事など無視するように背を向け、コンピューターを操作し続けていた。
 久保田がドアは前に立つと、ドアは自動でスライドした。
 鈴香の荒い息が聞こえた。
 ドアが開いた事に気が付いた鈴香は、ドアの方に顔を向けると、ゆっくりと目を開けた。ぼんやりとした目をしていたが、入ってきたのが久保田だと知ると、目の焦点をはっきりさせて驚きの表情を見せた。
「マスター?」
 鈴香は弱々しい声を上げた。
 用心深く、部屋に入らずドアの前に立っていた久保田だったが、鈴香の苦しそうな声を聞くと、鈴香のそばに駆け寄った。
「今、降ろしてやる」
「来てはいけません! きっと罠です!」
「……」
 久保田は返事をしなかった。
 久保田は鈴香を吊している鎖を掴んで、床の留め具から外した。鎖は天井の滑車を通して折れ曲がり、鈴香を釣っている。鎖を持つ手に、鈴香の重みが掛かる。久保田はゆっくりと鈴香を床に降ろした。
 鈴香の腕の枷は、壁に掛かっていた鍵を使うと簡単に外れた。
 久保田は、鈴香に背を壁にもたれかけて座らせた。鈴香は人形のように動かなかった。
「よく耐えたな」
 久保田の言葉に、鈴香はかすかに微笑むと目を閉じた。
 久保田は、持ってきたワンピースとエプロンを鈴香に着せた。
「これでいいだろう」
 久保田は部屋から出ようとして立ち上がって振り向いた。この位置は壁が影になっていて、廊下のマコト達の姿は見えなかった。
「本当に、よくがんばったな……」
 久保田は、鈴香を抱きしめた。
 鈴香は、体を抱かれるままにしていた。
「逃げてください……」
「ああ」
 久保田は頷くと、鈴香を持ち上げようとした。しかし、鈴香は首を振って拒否した。
「私がいれば、足手まといになります。一人で逃げてください。
 それに私の体はもう持ちません。助けるだけ無駄です」
 久保田は鈴香の腰に両手を当てて、鈴香を引き寄せた。布越しに、鈴香の肌の感触が伝わる。久保田は言った。
「無駄な物か!
 お前はこんなに暖かい」
 久保田は鈴香の腰を抱いた。鈴香も、久保田の動きに合わせるように、両手を伸ばして久保田の首筋を抱きしめた。わずかの間互いの体温を確かめた後、久保田はやさしく鈴香から離れた。
「鈴香、俺にはお前が必要なんだ。そばにいるだけでいい。一緒に上原たちの所に戻ろう」
 鈴香は静かに頷いた。
 久保田が鈴香を持ち上げようとすると、鈴香は自分で立ち上がった。
「歩けます」
「そうか」
 久保田は振り返って、ドアに向かって歩き出した。
 ドアは前に立つと開いた。この部屋に閉じこめられるのではないかと思っていた久保田は、わずかに安堵した。
 首に暖かい感覚がした。背後から鈴香の腕が久保田の首を包んでいたのだ。
「鈴香……。マコト達が見ている、離れろ」
 鈴香の腕がゆっくりと引いていった。喉の辺りまで来たところで、突然鈴香の両手の指が、久保田の首を絞めはじめた。
「……ぐっ!?」
 久保田が鈴香の指を外そうともがいたために、体がドアの前から離れてしまった。ドアが閉まった。
 久保田は体をねじって、やっと鈴香の顔を見た。
 鈴香は青ざめた顔で狼狽していた。

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