REPLICA(レプリカ)改 作・JuJu chapter-044 ”女の体、男の心(X) 氷村は茜の手首をつかみ吊し上げていた。 「はなして! はなして!」 氷村は茜の手首を絞めつけた。茜も最初は激しく体を捻(ねじ)って抵抗していたが、それも次第に弱まり、ついに動かなくなった。 「もうやめて……。痛い……」 「許さないと言ったはずだ。まず、この腕から握りつぶす」 恐怖に身を固くしたその時、突然氷村の手がゆるんだ。茜は氷村の手から抜け落ち床に転がる。 「何だ?」 氷村が言った。 茜は床から氷村を見上げた。氷村は足を大きく開いて、かろうじて転倒する事を堪(こら)えていた。氷村の足元に目をやると、マコトがうつぶせの姿勢で両腕を伸ばし、氷村の片方の足にしがみついていた。氷村を倒そうと、力を込めて氷村の足を引っぱっていた。氷村は足を大きく開き、片方の足に重心を置いてなんとかバランスを取っている。 「貴様ら、いい加減にしろ!!」 氷村が吼えた。 氷村はマコトを力強く蹴り飛ばした。マコトは床に転がった。ベッドから這いずってここまで来たのだろう、股間からはホースが延びたままだった。転がった勢いでマコトに刺されていた二本のホースが勢いよく抜けた。外れたホースは床の上をのたうち回り、先端から白い粘液を噴射していた。マコトの股間からも、ホースが注入したらしい粘りけのある白い液体が垂れ流れ、床に広がっていった。 「小物だと思って今まで手加減してやっていたが、研究の邪魔をするのならば許しはしない!」 氷村は茜に近づいた。腕を伸ばして茜の顎を掴むと持ち上げた。茜は顎を引っぱられて仕方なく立ち上がった。氷村の握力に顎がきしむ。 茜は冷たい視線が間近にあることに恐怖して、氷村の腕を振り払うと後ずさりをした。背中に堅い物が当たった。振り向くと壁があった。 「茜! 前を見ろ!」 マコトの声に茜が正面を向くと、目の前に二本の腕が広がっていた。その腕は茜の首めがけて迫っていた。 茜は両手で氷村の両腕を掴んだ。精一杯の力を込めて抵抗したが、氷村の力は強く茜の力では止めることが出来ない。ついに氷村の腕は茜の首にたどり着いた。喉に氷村の指が触れたと思うと首を絞め始めた。息が出来ない、吐き気が襲った。 目の前が真っ暗になった。首を締め付けていた氷村の指の感触が無くなり、喉を締め付ける苦しさも無くなった。マコトの快感を示す検査機の音が止まった。騒がしくざわめいていたホースも、ホースの元にあってモーターの様なうなりを立てていた器械も、すべて鳴りを潜めた。 静けさに包まれた。 茜は自分が気を失ったのだと思った。だが、そうではなかったことを、氷村の声に教えられた。 「馬鹿な! 停電だと? この私が設計したのだ! ありえないはずだ!」 茜の顔が明るくなる。 (停電……? あっ! 久保田さん達が、電気を止めてくれたんだ!) 気絶したのではなく、電気が止まったために真っ暗になり何も見えなくなったのだ。チャンスだ。この暗闇では氷村も目が見えないだろう。 茜は背中にある壁の方に振り向くと、手探りで壁をつたいながら逃げた。 しばらく歩いている内に、暗闇にかすかな光がともった。茜は光を見た。非常灯だろうか、天井の一カ所に小さな明かりがともっていた。 氷村はしばらく部屋を見回していたが、茜を見つけると近づいて来た。 「何を笑っている? そうか! そういう事か! お前らの仕業か!! 私にミスがあるはずがない。こんな事態は、人的でなければ起こるはずがない」 氷村は茜の目の前に立つと、天井の消えた照明と茜の顔を交互に見ながら、つぶやいた。 「なんて事をしてくれたんだ……。万一にも私の……」 しばらくして、氷村は正気を取り戻すように頭を振った。 「くそっ! 酸素不足が心配だ!」 氷村は叫ぶと、立ち上がりかけていた茜の顔を殴った。 「くそっ!」 氷村は部屋を出ていった。 * 部屋には俺と茜だけになった。薄暗かった。天井を見ると小さな電灯がひとつだけ、薄ぼんやりと点いているだけだった。奥にある機械も、のたうち回っていたホースも、死んだように動かなかった。 茜の足音が聞こえた。俺は近づいてくる足をぼんやり見ていた。足は俺の目の前で止まった。 足がしゃがみこむのが見えた。俺はあわてて反対側を向いた。茜の顔が視界に入らないようにするためだ。 茜の罵声を待った。茜が助けに来たのに、俺は快感に溺れていた。茜になんと言われようと、仕方ない事だと思う。 俺の頭を茜の両手が触れた。手はやさしく俺の頭を持ち上げた。俺の頭は茜の手で運ばれて、暖かく柔らかい物の上に乗った。 感触で分かった。俺の頭が乗ったのは茜の膝の上だった。茜の手は、小さな子をあやすように俺の頭をなでた。 「あんな事をされて、可哀想なマコト」 それは俺が考えていたようなののしりの言葉ではなかった。優しい響きだった。 俺は振り向いて茜を見た。 氷村に殴られたときに出たのだろう、鼻から血が流れていた。 それでも茜は、笑顔で俺の頭をなでつづけた。 つづきを読む |