REPLICA(レプリカ)改
 作・JuJu


chapter-39 ”氷村との再会(V)”

「あの子……。どうするつもりなのかしら?」
 國谷は茜が出ていったドアを見ていた。
「行った所で、ボスは相手にしないと思うけど。それにあんなに焦ってたんじゃ、成功する物も失敗に終わるわ」
「普段の川本さんは、もっと冷静なんだけどな」
 國谷はドアから目を離し、久保田のベルトをはずした。久保田は上半身を起こして、ベルトに縛られていた手首をいたわる様にさすった。
 久保田の隣のベッドにいる鈴香は、先にベルトをはずされていたが、そのまま仰向けに寝たままだった。
「また、助けてもらったな」
 久保田が言った。
「どういたしまして。あなたたちも、よくここまで頑張ったと思うわ。
 もう大丈夫ね。私は行くわ」
 國谷は廊下に向かって歩きだした。ドアが開く。國谷が部屋を出かかった所で久保田は言った。
「待て!
 ……。
 さっき、部屋の外で俺たちを助けられる時を待っていたと言ったな。なぜだ? なぜ氷村の部下であるお前が、俺たちを助けようとする?」
「知る必要ないわ。
 私の仕事もそろそろ終わりだから、もう会うこともないでしょうし。
 まあ……、もしも会うようになったら、今度は敵同士かもね。覚悟して置いた方がいいわよ。
 じゃあね」
「國谷!」
「まだ何か用?」
「お前がなぜ俺たちを助けるのか分からない。分からないが……。
 その、なんだ……。
 ありがとう」
「ありがとうございます」
 久保田に続いて、鈴香も言った。
 國谷は、久保田たちに背を向けた。久保田の言葉に、顔を曇らせる。國谷は背を向けたまま言った。
「ああ! そうそう。
 あなたたちが来た通路を戻った所に、発電室があるわ。発電室の鍵は開けておいてあげる。
 あとは、あなたたちしだい」
「國谷……」
「これが最後のサービスよ」
 ドアが閉まる。國谷はドアの向こうに消えてしまった。

 *

 國谷は廊下に出た。背中で久保田たちがいる部屋のドアが閉まる音がする。
「ありがとう。……か」
 國谷はつぶやいた。
「感謝の言葉なんて言われたの、ひさしぶりだなぁ。
 ボスからは、一度も礼なんて言われた事なかったし。こんな仕事じゃ感謝されるわけないけどね。
 ――ま、この仕事ももうすぐ終わりだし、がんばらなくっちゃ。
 さーて、お仕事お仕事」

 *

「二人だけになったな」
 久保田が言った。
 鈴香は頷いた。
 久保田はベッドから立ち上がると、鈴香の寝ているベッドの前に立った。
「鈴香、立てるか?」
 鈴香は久保田を見ていた目を伏せる。
「……はい」
 鈴香はベッドの縁に右腕をつき、腕に力を入れて上半身を持ち上げようとした。
「くぅっ!」
 顔をしかめる。
 崩れそうになる体を腕を突っ張って、なんとか支える。
「立てないのならば、無理をするな!」
 鈴香はきつくつむっていた目を微かに開けて、久保田を見た。
 あきらめたように腕の力を抜くと、鈴香の体はベッドに崩れ落ちた。
 荒い息をしながら、鈴香は言った。
「申し訳ありません……」
「仕方ない」
 久保田は鈴香を抱き上げた。
「マスター!?」
「こうなったら、おまえを抱いてでも、発電室に行く」
「マスター! それはいけません!!
 私をここに置いていってください。マスターだけで、発電室を止めてください」
「茜さんは氷村の元に行った。俺たちが自由になったことが氷村に知れるのは時間の問題だ。
 氷村はここに来る」
「マスター!」
 鈴香は久保田の言葉を遮った。
「マスターは平然なふりをしていますが、実は歩くのもやっとと言ったところでしょう。隠して、無理して平然なふりをしていても、私には分かります。とても私を連れていける状態だとは思えません。
 なにより、マコト様と川本様を助けるには一刻も争います。急がないと……。
 私の寿命はあとわずかです。ですが、このままでは私よりもマコト様の方が先に亡くなります。
 それにマコト様は頼りになります。足手まといの私とは違います」
「最後までお前のそばにいてやると約束しただろう!
 俺はもう、裏切る時の気持ちを味わいたくはない」
「約束……」
 鈴香はエプロンのポケットに手を入れた。
「マスター、行ってください。こんな所でためらっている時ではありません
 本物の鈴香様を取り戻すのでしょう?」
「鈴香……」
「鈴香様がお待ちです。
 鈴香様は、私が生まれる以前から、ずっと久保田様を待ち続けているのです」
「……。
 わかった。お前はここに置いて行く。
 氷村はお前には興味はなさそうだ。
 仕事を終えたら、俺はかならずここに戻ってくる!」
 久保田は部屋を出ていった。

 *

 部屋から出ていく久保田を、鈴香は見つめていた。
 閉まるドアの隙間から見えるわずかな姿さえ、逃さず眼にとどめて置くように、瞬きもせずに見続けていた。
 久保田が出てゆき、ドアは閉まる。
 ドアが閉まった後も、鈴香は久保田の出ていったドアを見続けていた。
 その後、まるで久保田がいなくなった事に、たった今気が付いたように、ドアから目を離すと、うつむいた。
「よかった。
 マスターが、一人で行く決心をしていただけて良かった」

 *

 久保田は廊下に出た。廊下を見渡したが、氷村の姿も國谷の姿も見えなかった。
 背後でドアが閉まる音がした。同時に久保田は廊下にしゃがみ込んだ。
「氷村め。あの拷問は効いたぞ」
 体中に痛みが走っていた。
 目を開くと、廊下の床が見えた。
 いっそのこと、このままこの廊下に寝転がってしばらく休んでいれば、どれ程楽だろう。体力も回復するはずだ。
 久保田はそんなことを考えた。
「いや……」
 久保田はたった今出てきた、鈴香がいる部屋の、閉まったドアを見た。
「今は一刻を争う。こんな所で、くたばっている時じゃない!」
 久保田は頷くと、崩れそうになっている体を立ちあがらせた。
 ふらつく体でゆっくりと、しかし力強い足取りで、國谷が言った場所、発電室に向かって歩き始めた。

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