REPLICA(レプリカ)改
 作・JuJu


chapter-036 "叫び声"

 ラボラトリーの通路の陰(かげ)から、マコトは頭を出した。通路を見渡す。通路に誰もいないことを確認すると、マコトは振り返った。後ろにいる茜に頷く。
 茜もうなずきを返した。それを合図に、マコトたちは物陰から飛び出した。二人の足音が通路に響いた。
 マコトたちは少し走ったあと、立ち止まり身を潜めた。二人の息づかいだけが、長い廊下に響いた。
 彼らは走っては立ち止まり、人影がないか確認してから、また走り出す。その繰り返しをしてここまで進んできた。
 マコトは通路を見た。通路にそってドアが等間隔でいくつも並んでいる。ラボラトリーは地下にあるために、本来ならば窓があるような所もすべて壁に覆われていた。それがマコトに閉塞感を与える。通路はすべてが薄い青色で統一されていた。天井も壁も床も、うすい青い色で染め上げられている。
 壁に埋め込まれた消火器と、ドアの上の高い所にある消えたランプだけが、唯一赤い色をしていた。
「まるで、病院みたいね」
 茜が言った。
 確かに病院に似ているかもしれない。マコトはそう思った。
 でも、この場所は病院と呼ぶにはあまりにも無機質だ。
 世界から生も死も遮断して、この空間だけ切り離してしまったような、そんな場所だとマコトは思った。
 人の気配がないことを確認したマコトはまた走り出す。茜があとに続いた。
「待って」
 突然、茜が立ち止まった。
「氷村か!」
「ちがう……。聞こえない?」
 マコトは聞き耳を立てた。空調機の雑音に混じり、かすかに人の叫び声がした。
 マコトは茜に頷くと、声のする方に向かって歩いた。
 ラボラトリーの一室から声は聞こえてきた。マコトが声のする部屋のドアの前に立つと、ドアは滑るようにスライドして開いた。同時に、マコト達の耳につんざくような男の叫び声が聞こえた。
「この声は……久保田か!?」
 マコトは部屋の中に入った。
 部屋の中にはベッドが並んでいた。
 久保田がいた。久保田のとなりには鈴香もいた。二人ともベッドの上に仰向けに寝かされていた。両手両足を皮のベルトのようなものでベッドに縛られている。
 久保田は体をねじりながら叫んでいた。その姿を鈴香が青ざめた顔で見ている。
「久保田!」
 マコトの呼ぶ声も久保田の叫びに消えた。
 マコトは久保田に近づこうとした。
 その時茜がマコトの腕を引っぱった。
 同時に、背が高く体格の良い男の姿がマコトの目にも入った。
 氷村だ。
 マコト達は物陰に隠れた。

 *

 久保田が寝かされているベッドに、氷村が近づいてきた。氷村がベッドの脇にあるスイッチを切ると、久保田の叫びも止まった。
「マコトのプロテクトをはずした方法。話す気になったかね?」
 久保田は何かを言おうとしていたが、息が荒く言葉にならない。
「君は私の研究所に進入する時、電流の流れる棒でドールを倒してくれたね。
 こんどは君が、電撃を受ける番だ」
 しばらくして、久保田はやっと話せるようになった。
「……こんな事をいくらしても無駄だ。貴様の命令など、死んでも二度と聞かん!!」
「出力を上げてみるか」
「もうやめてください!」
 久保田の隣のベッドに縛り付けられている鈴香は言った。氷村は鈴香の言葉を無視し、表情を変えずにスイッチを入れた。同時に久保田の体が小刻みに震え、先ほどより大きな叫び声が部屋に響き渡った。鈴香は久保田から目をそらせた。
 久保田は体をねじらせて、叫びつづけた。
 しばらくたった。氷村は電流のスイッチを切った。
「ネオ・レプリカに、精神を定着させる方法を話すんだ!!」
 だが久保田からの返事はなかった。
 久保田が気絶していることに気が付いた氷村は、久保田の頬を何度もたたいた。
 久保田の頬が赤くはれ上がった頃、やっと久保田は気が付いた。
「いいかげん話したまえ。
 話せば自由にしてやる。私もこの様なつまらないことで時間を無駄に使いたくはないのだよ」
 久保田は舌を出し、口からよだれを垂れ流し、目からは涙をあふれさせ、鼻水でよごしながら、苦痛にゆがんだ顔をさらに汚している。
 だが歪んだ顔の中で唯一その目だけは、拷問を受けるたびに精悍(せいかん)となり、眼光するどく氷村を見つめていた。
 もはや言葉も発せられないのだろう。久保田はゆっくりと、首を左右に振った。
「お願いです。もうこんな事はやめてください」
 鈴香がなんどもなんども嘆願したため、鈴香を無視し続けていた氷村も、ついに彼女の方を向いた。
「プロテクトの外れたレプリカはうるさくて仕方がない! 久保田君の処理が終われば、お前もすぐに解体してやるからおとなしくしているんだ」
 氷村は久保田の方に向き直った。
「さて久保田君。君はさきほど、死んでも話さないといっていたね? 
 私は拷問の技術はない。君がどこまで死なずに済むのか分からない。このまま続ければ、確実に死ぬぞ?
 私としては、君を殺したくない。
 君がネオ・レプリカに精神を定着させた方法は、マコトを解体し構造を調べればわかる事だ。
 だがそれでは手間がかかって仕方がないのだよ。君が秘密を話してくれれば、研究は飛躍的に早まるんだ。君の力が必要なのだ」
「誰が……お前なんかに……」
「そうか。そこまで話したくないのか。
 もういい! 君には失望したよ。
 時間が惜しい。進入してきたネオ・レプリカのことも気になる。
 これが最後の質問だ。
 話すんだ」
 久保田は静かに目を閉じた。力を抜いて体をベッドに沈ませた。その姿はまるで『さっさとやれ』と体で表しているようだった。
「残念だな」
 氷村は電流のスイッチに手を伸ばした。

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