REPLICA(レプリカ)改
 作・JuJu


chapter-035 ”守るべきもの(U)”

 鈴香は、抱かれている久保田の腕がきつくなった事に気がつき顔を上げた。心配そうな鈴香の視線に気づくことなく、久保田は足音のする方を見つめていた。久保田は平然とした表情をしていたが、久保田の震えは鈴香の体に伝わり、彼も緊張していることを鈴香に知らせていた。
 足音が遠くに離れていって欲しい。そんな鈴香の思いとは逆に、足音は確実に近づいて来る。足音が一歩一歩耳に入るたびに、鈴香の心も不安で高鳴った。
 ついに通路の曲がり角から、氷村が姿をあらわした。
「こんなところにいたのかね?」
 氷村は久保田を見据えつつ近づいてきた。
「進入してきたネオ・レプリカには仲間がいると國谷くんから聞いていたが、君だったとはな。警備システムを止められたために、探すのに苦労したよ」
 氷村は久保田の目の前まで来て立ち止まった。久保田は氷村をにらんだ。氷村は胸を張り、見下げる様な視線で久保田を見ている。
「ネオ・レプリカがここまでやれるはずがないから、何か秘密があると思っていたが……。
 私の研究所の場所を探し出したのも、警備システムを停止させたのも、すべて君が仕業だね? それで納得がいったよ。元トミタの研究員のキミがいれば、この様な設備にも明るいだろうからな」
 氷村は久保田に背を向けると、演説でもする様に歩きながら言った。
「研究所を廃工場の中に作ったのはカモフラージュのつもりか?」
 久保田は言った。
「研究の邪魔をされない為だよ。たとえば君の様な侵入者が来ないようにね。
 しかし私は君を侮っていたようだ。君はカモフラージュされた研究所を探し出し、警備をぬって進入し、ドールたちを倒し、警備システムまで停止させた。
 見事だよ。どうだ、私の元で働かないか?」
「お前が人を誘うとはな」
「今まで私を満足させるに足りる者がいなかっただけだよ」
「國谷を雇った理由もそれか?」
「彼女の事まで調べてあるのか。ますます気に入ったよ。
 君がここに入ってきた目的は、ネオ・レプリカの秘密を探りに来たのだろう? ならばこんな面倒なことはお互いの時間の無駄だ。私の元に来たまえ。共にネオ・レプリカを開発しようじゃないか。
 國谷くんは情報処理は優秀だが、合成生物については疎(うと)いからね。その点、トミタにいた君ならば問題はない」
 背を向けていた氷村が突然振り向いた。彼の目が一直線に久保田の顔を見つめる。
「國谷君の報告では、君はネオ・レプリカの精神の定着に成功したそうじゃないか。
 精神の崩壊をさせずにクローン体に精神を定着させた、君のその技術が欲しいのだよ」
「精神の崩壊?」
「なんだ。知らないでプロテクトをはずしたのか? まあいい。私が欲しいのは君の技術だ」
 氷村はまた背を向けて、歩きながら話し始めた。
「久保田くんは、私が命令に逆らわない人間を造るため――つまりネオ・レプリカを奴隷と扱えるようにするために――ネオ・レプリカにプロテクトを施したと思っているのかもしれないが、それは違う。
 確かにプロテクトは自我の抑制をして意思を遮断し、主人に従わせる装置だ。ドールやレプリカは人間の奴隷として開発したからな。レプリカを完璧な奴隷にするために、プロテクトを製造した。
 だが私の目的は、ドールやレプリカの様な奴隷を造る事ではない。ドールもレプリカも、あんなものは資金作りの為に造ったまでだ。
 私の目指しているもの。それは人間の完璧な複製だよ。元の人間と同じ考えをし、同じ知識を持ち、同じ行動をとる。元の人間の完全な複製。外見を借りただけの、新しい生命体といっても良い。
 私は技術的資金的問題を乗り越え、材料になる人間も手に入れ、ついに長年追い求めてきた物の製作をはじめた。
 それが、君に預けたネオ・レプリカ「マコト」だよ。
 ネオ・レプリカは完成した。
 すべてが完璧なはずだった。
 だが、問題が起きた。
 シミュレーターによれば、「マコト」は自分がクローン人間だと気ついた時に、精神が崩壊してしまうと出ていた。
 なんど計算しなおしても、どうしても精神の崩壊が防げない。
 そこでやむなく、レプリカに使用しているプロテクトを流用して「マコト」に組み込んだ。プロテクトによって自我の抑制をほどこし、自分がクローンだとは気が付かないようにして、精神の崩壊を防いだ。だが、これではレプリカとなんら変わりがない。私が欲しいのはこんな人形じゃない、人間そのものなのだよ。
 ――とは言え、今のままではなすすべもなく、精神の定着方法がわかるまで君にマコトをあずける事にした」
 久保田と鈴香は顔を見合わせた。あの時、プロテクトをはずす時、失敗していればマコトは廃人になっていたのか。成功したから良いものの、俺たちはそんなに危険なことをしていたのか。
「だが君は、ネオ・レプリカのプロテクトをはずして、崩壊を起こさずにクローン体に精神の定着をさせた!
 すばらしいよ。この私にも出来なかった事だ。ぜひ、その秘密が知りたい」
「なるほどな。その方法は、お前なんかには絶対気が付かないだろうな」
 久保田は鈴香を見た。
「そんなことはどうでもいい。君にやってもらうまでだ。
 今欲しいのは結果なのだよ。過程は後から調べればよい。
 これさえクリアできれば、私の求めてきたネオ・レプリカが誕生するのだ。
 人工の人間を造る。まさに人類の夢だ。それをこの私の手で造れるのだよ。
 どうだ!! すばらしいだろう!? 君もその一員になれるんだ!!」
「断る」
「何が不満なのかね?
 今までのことか? それは忘れてやろう。私は能力のあるものは認める主義だ。
 待遇か? もちろん君が満足できるだけの物は用意させてもらう。要望があればできるだけ答えよう。
 今までのことは忘れ、まったく新しい人生を送ればいい。
 後は精神の定着だけなんだ。君の技術があれば、ネオ・レプリカの完成は約束される」
「断る!」
「なぜかね? 私には君が断る理由がわからないよ。
 まあいい。
 君には選択権などないのだよ。私の言うとおりにしてもらおう。
 これは命令だよ。鈴香くんがどうなってもいいのかね?」
「また鈴香か……。
 ……。
 俺は後悔している。あの時、お前なんかに鈴香を渡すんじゃなかったとな。
 あの時、俺はあのまま、鈴香のそばに最後までいてやるべきだったんだ。
 それだけじゃない。
 俺が守らなければならないのは、鈴香だけじゃなかったんだ。
 俺は上原をだましネオ・レプリカの材料にした。だが上原は俺を許してくれた。こんな俺を信頼してくれている。
 マコト達との信頼。
 いま抱いている鈴香のそばに最後まで共にいてやる時間。
 俺と本物の鈴香の人間としての誇り。
 お前のせいで、俺はそのすべてを失うところだった。
 だが、まだ間に合うはずだ。今からでも取り戻せるだけ取り戻す。
 もう二度と、俺はお前の思う通りには動かん。
 お前も目を覚ませ!
 人の誇りを踏みにじり、人質を取って手下として動かす。その卑怯な性格を、いいかげん修正したらどうだ」
「言いたい事はそれだけかね?
 だったらそのレプリカなど置いて、私と共に来るんだ!」
 氷村は鈴香に手を伸ばした。
「鈴香に何をする気だ! 鈴香は動けないんだ!」
「動けない? ああ、そろそろ寿命か」
 久保田は鈴香を床に下ろした。
 久保田は氷村の強さを知っている。
 だが、たとえ可能性がゼロでも、ここは氷村と戦うしかない。
 だが久保田が氷村の方に振り向いたとたん、身構える間もなく、久保田は一瞬で倒された。
「そういった立派な声明は、私のような実力を持ってからいうものだよ。弱者は黙って、ただ従っていればいいんだ」
 氷村は床に倒れ、苦しそうにうめいている久保田を見た。
「殺しはしないよ。君からはネオ・レプリカの精神の定着させる方法を聞かないとならないからね」
 久保田を見ていた氷村の目に、鈴香の姿が入った。鈴香は四つんばいで久保田の元に来た。
 鈴香は氷村の足に気が付き上を見上げた。そこには氷村の視線があった。鈴香は思わず這いずりながら後退した。
「なんだ、まだ動くじゃないか」 
 氷村は鈴香に近づいた。
「ついでだ。お前も私の為に働いてもらおうか」 

つづきを読む












inserted by FC2 system