REPLICA(レプリカ)改 作・JuJu chapter-034 "守るべきもの(T)" 久保田は廊下に座り鈴香の手を握っていた。 鈴香の手は暖かった。 このぬくもりもあと六時間で消えてしまう。信じたくはなかったが、久保田の理性が「それが現実なのだ。鈴香はこのまま死に向かって行く。誰も止められない」と彼自身に言っていた。 眠るように目を閉じている鈴香。久保田は死んでゆく鈴香を、本物の鈴香に重ねていた。 鈴香が眠る病室。 あの時も俺は、ベッド脇のイスに座って鈴香が死んでゆくのを見ているしかなかった。 そんな時だ、氷村が現れたのは。 氷村は鈴香の延命が出来ると言った。俺は鈴香を失いたくなかった。だから俺は鈴香を氷村に渡した。その日より、鈴香の意思とは関係なく、俺のわがままだけで、鈴香はレプリカの材料となった。以来鈴香には会っていない。氷村のプライドと技術力からすれば死んではいないだろうが……。 そして今、鈴香はまた死のうとしている。鈴香が量産されれば、鈴香は次々生まれ次々と死んでいくのだろう。レプリカの鈴香は、本物の鈴香の延命の対価として何度も何度も死を迎えることになる。 体の震えに久保田は我に返った。 冷えた空気が排出されてくる廊下は冷たく、冷気が座っている久保田の足から体温を奪い去っていく。 「床が冷たくはないか?」 鈴香がわずかに目を開く。しばらく目を閉じていたためだろうか、鈴香の瞳は潤んでいた。 「いいえ。マスターこそコートがなくて寒くありませんか。私の為に……」 「いいんだ。それより聞きたいことがある。お前に本物の鈴香の感情が残っているのなら教えてくれ。 俺が鈴香を氷村に渡した時の事だ。もし、あの場で鈴香の意識があったとしたら、鈴香はレプリカの材料になっても生きることを望んだだろうか? それともあのまま自然に死んで行く事を望んだだろうか? 俺のした事は、鈴香の為になったのだろうか?」 鈴香は目を閉じて、ちいさく首を横に振った。 「私にはわかりません」 「そうか。そうだろうな……。 わるかったな、つまらない事を聞いて」 再度沈黙が続いた。 その後、鈴香が言った。 「マスターだけでもラボラトリーに向かってください。 マスターなら上原様達のお役に立てる事があると思います」 「そうだな。 上原と川本さんが待っている。いつまでもここにいるわけには行かないな」 久保田はお姫様を抱くように、鈴香を胸の前に持ち上げた 「マスター!?」 「どうした? 辛かったら、このままここに残るが……」 「いいえ。行きましょう」 久保田が歩き出した。ゆれる久保田の腕の中で鈴香は言った。 「マスター……。 ……。いいえ。なんでもありません」 「なんだ? 話したいことがあるなら今のうちに話したほうがいい。お前の体はもうすぐ、話すこともできなくなる」 「……。 先ほど鈴香様のお気持ちまではわからないと申しました。 それは今も変わりませんが、でももし私があの時鈴香様と同じ立場だったら、最後までマスターにそばにいて欲しかったと思います。 人の手に渡さず、命が尽きるまで、ただそばにいて欲しい。そう思ったと思います」 「そうか。鈴香がそういうのならば、そうなのかもしれないな」 久保田は歩きながら鈴香の言葉を聞いていた。 その久保田が、突然足を止めた。久保田の耳に靴音が入ったのだ。自信のありそうな重圧感を持った足音が近づいてくる。 「マスター」 「わかっている。上原達を先に行かせた判断は、正しかった様だな」 * 「こっちだ!」 「こっちだって!」 廊下の真ん中でマコトと茜はにらみ合っていた。二人はまったく逆方向を指差し、互いに一歩も譲らない。 「こっちにラボラトリーがあるって言っていたでしょう?」 「だから、それはこっちの方だって。 ……仕方ない。どっちに行くか、ジャンケンで決めるか?」 「子供じゃあるまいし」 「じゃあ、これで決めよう。しあわせのコイン」 マコトはポケットからコインを取り出した。動物の絵が刻まれている、おもちゃのコインだ。 「まだそれ持ってたんだ」 「俺のお守りみたいなものだからな。正確には俺の本体がお守りとして持っていたんだがな」 「いいでしょう」 「クマが出れば俺の言った方に進む」 「じゃあアタシはウサギね」 マコトはおもちゃのコインを指ではじいて空中に飛ばした。鋭い金属音が廊下に響く。コインは天井から発する蛍光灯の光を受け、鈍い金色を反射ながら回転した。空中を上下した後、マコトの手のひらに戻って来る。 が、マコトは受け損なってしまいコインが手のひらからこぼれてしまった。コインは床に落ちると転がっていった。 「何やってんのよ!」 茜はコインを追いかけた。茜に続いてマコトはコインを追いかけた。だが、コインは止まらない。どこまでも転がっていった。 やっとコインは、壁に当たって倒れた。 マコトはしゃがむと、コインを拾った。 「これは誠からの借り物だからな。なくしたら大変だ」 マコトは大切にポケットにしまった。 「ねえねえマコト、これって?」 マコトが床から顔を上げると、茜は何かを見ていた。茜の視線の先を見ると、エレベーターの扉があった。コインが当たったのはエレベーターの扉だったのだ。 マコトは立ちあがって、茜とうなづき合った。 「間違いない。これが久保田の言っていた、ラボトラリーに続くエレベーターだ」 壁についているボタンを押すと、すぐにエレベーターの扉が開いた。 「行くぞ?」 「うん」 二人はエレベーターに乗り込んだ。 つづきを読む |