REPLICA(レプリカ)改
 作・JuJu


chapter-032 ”人工物の時間(T)”

 廊下の十字路の影から、久保田が顔を出した。彼は廊下を見渡し人がいない事を確認すると、小さな声でマコト達を呼び寄せた。
「こっちだ」
 マコト達は「ラボラトリー」に向かっていた。久保田がマンションのコンピューターで見た資料によれば、そこにマコトや鈴香の本体があるらしい。
 マコト達の隊列は、案内役の久保田が先頭に立ち、茜と鈴香が真ん中、背後からの奇襲に備えてマコトが最後尾に立っていた。
「急げ!」
 久保田が叱咤したのも無理はなかった。それほど鈴香の足は遅かったのだ。
 マコトは鈴香を見た。ドールに襲われた後、保安室で彼女を見たときから様態が思わしくなかった。顔は赤く息遣いが激しい、額にうっすらと汗をかいている。心配そうな茜に手を引かれて、ゆっくりと歩いている。
「鈴香がこうなった原因は、警備システムを無効にするためにキーボード打つ時に体を酷使したのに加えて、ドール達に囲まれて体力を消耗してしまったからだ」
 久保田はそう言っていたが、それにしても鈴香の様子は異常だ。
「鈴香は本当に大丈夫なのか?」
 マコトは久保田に言った。
「上原は自分の事を心配しろ。氷村がおまえを探していると、國谷が言っていただろう」
(氷村は俺を解体するとか言っていたな)
 マコトは國谷の言葉を思い出した。
 マコトは振り向いて廊下を見た。保安室からほとんど進んでなかった。
 いくら大きな建物とはいえラボラトリーまでそれほど遠くはないはずだ。だがこの調子では、研究所が無限に広い様な気さえして来る。
「もう少し早く歩けないのか!」
 久保田は再度言った。
「すみません……」
 鈴香が必死に急ごうとしているのは目に見えてわかった。だが気持ちとは逆にその足は、保安室を出てから遅くなる一方だった。
 前方に人影が見えた。
 マコトは身構えた。
 人影の正体は廊下を掃除をしているドールだった。
「慌てるな。警備システムは解除してある」
 久保田が言った。
 警備が停止してるからドール達は襲ってこない。それはマコトもわかっていた。
「でも、システムが再起動していたら?」
 茜の言葉に、マコトの脳裏にドールに囲まれた記憶が甦る。
「相手は一人だ。こちらは四人いる。このままやり過ごすんだ」
 久保田が言った。
 ドールは廊下を掃除をしながらこちらに向かってくる。マコト達を無視する様に、もくもくと清掃作業を続けていた。
 ドールが目の前を通る時、マコトは息を止めた。息を止めたからと言ってドールに対してどんな効果があるのはわからなかったが、わずかでも物音を立てたくなかった。ドールはマコト達を無視して通りすぎていった。
 マコトは息を吐いた。息を聞いて掃除をしているドールがいきなり振り向いて襲いかかって来そうな気がしたが、やはりドールに変化はなかった。
 久保田はマコト達に目で合図した。
「いくぞ」と言っているのだろう。マコトはうなづいて歩き始めた。
 だが歩き出した瞬間、鈴香が倒れた。
 鈴香のそばにいた茜が驚いて鈴香の体を支える。マコトもあわてて茜に手を貸した。
 マコトは鈴香を支えながらドールを見た。ドールは異変にも気がついていない様子で掃除を続けている。
 久保田は自分の羽織っていたコートを床に敷いた。マコトと茜がコートの上にに鈴香を寝かせる。
「大丈夫だ。まだ意識はある」
 久保田が言った。
「ラボラトリーを目指すぞ」
 久保田は立ち上がると廊下を歩き出した。
「まて! 鈴香はどうするんだ?」
「ここに置いて行く」
「なっ!?」
「そうしてください。私がいれば足手まといになりますから。後から、ゆっくりとラボラトリーに向かいます」
 鈴香は微笑んだ。だが苦しそうな顔をむりして笑っている鈴香の姿は、マコトを痛々しい気持ちにさせた。
「そう言うことだ。行くぞ」
「本当に置いて行くのか?」
「背負って進む方法もある。だが、これからの事を考えるとわずかでも体力の消耗を抑えたい。第一そんな状態の鈴香を連れていっても役に立たない。俺達の行動が制限されるだけだ。
 なあ上原。いつまでもここで立ち止まっている訳には行かないだろう?」
 マコトは鈴香を見た。苦しんでいる鈴香がいた。
「そうだ! 休憩しよう!
 俺も疲れた。この先なにがあるかわからないし、良い機会だからここで休んでいこう!」
「そうよ。マコトの言うとおりよ」
「……。
 上原と川原さんががそう言うなら」
 久保田は戻ってきて鈴香の前に座った。マコトと茜も廊下に腰を下ろした。
「すごい熱!」
 ハンカチで鈴香の汗をふいていた茜が言った。
「久保田、鈴香は本当に疲れているだけなのか?」
 久保田は考えこむように目を閉じていたが、やがて話し始めた。
「……鈴香は病気じゃない。寿命が近づいている。
 ――鈴香の命は、あと6時間だ」

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