REPLICA(レプリカ)改
 作・JuJu


chapter-026 ”侵入(U)”

「そこが保安室だ」
 久保田が息を切らせながら言った。見ると、廊下の突き当たりにドアがあった。
 久保田は研究所に入った時は元気が良かったのに、ここに来るまでにすっかり息が上がっていた。いつも座っているので運動不足がたたったのだろう。
「これじゃ、戦いとなったら使い物にならないな」
 俺はため息をついた。
 そういう俺も今は女だ。男の時と比べて力は落ちているだろう。この体でどれだけ戦えるかわからない。俺は久保田から渡された電撃棒を握り締めて感触を確かめた。いざとなったらこれがたよりだ。
 足手まといになっている久保田を鈴香達に任せ、俺は先に保安室に走った。
 保安室の扉には小さなガラス窓がついてた。電撃棒の電源スイッチに手を掛けてから、小窓から中を覗いた。イスが数個おいてあり、壁にはテレビの様な物がいつくも埋まっていた。その隣の壁はコントロールパネルと言うのだろうか? 巨大な板に文字や矢印のランプがいっぱいついた物があった。
「中の様子は?」
 後から来た久保田が言った。
「やっぱり、誰もいないな。いったいどうなっているんだ?」
「……。
 今、ドアを開ける」
 久保田はいままでと同様に、ドアの脇のにある数字の並んだボタンを押した。電子音がなった後、俺の目の前のドアがスライドして開いた。
「中を見てくる」
 俺は保安室に入る。窓からは見えない死角に誰か潜んでいるかもしれない。俺は隠れている奴がいないか、部屋を見まわった。
 奥にはコンピューター見たいな物が置いてあった。二台のモニターとキーボードが伸びている。
 どうやら部屋の中には、誰もいないようだ。
「入っても大丈夫だ!」
 久保田と鈴香が保安室に入って来た。ドアが勝手に閉まり、また電子音が鳴って鍵がかかった事を知らせた。
「しまった! 閉じ込められたか!?」
「安心しろ。これはドアの前から人が離れると、また鍵がかかるように出来ているんだ」
 久保田は静かにドアの脇にあるボタンを押した。今度は数字などは書いてない、ただの大きなボタンだ。電子音が鳴り、またドアが開く。
「外からは鍵をはずさないと開かないが、中からならば簡単に開く」
「なんだ、脅かすなよ」
 久保田は部屋を見まわした。
「なるほど。中はこうなっているのか。
 ん? あれだな?
 鈴香!」
「はい」
 久保田は奥にあるコンピューターを見つけると、早足で部屋の奥に向かった。鈴香も久保田について行く。
「なあ久保田。保安室にまで人がいないなんて、怪しくないか?」
「そんな事より、今は研究所の警備を止める方が先だ」
 久保田は俺の疑問を無視して、目の前を通り過ぎて行く。
 久保田は歩きながら言った。
「俺と鈴香で、研究所の警備を解除をする。解除すれば自由に研究所内を探索できる様になる。
 上原達は解除する間、廊下を見張っていてくれ」
 久保田達はコンピュータの前に座った。
「鈴香、わかっているな? 予定通りに打ちこんでくれ」
「はい」
 久保田達はキーボードを叩き始めた。研究所に人がいない事が疑問だったが、ふたりの真剣な表情に、俺はこれ以上声が掛けられなくなった。
「しかたない。久保田の言う通り、見張りでもするか」
 ドアの窓から、背の低い茜の頭が見えた。俺はドアを開けると茜に言った
「俺が見張っていてやる。茜は中で休んでいてくれ。交替で見張ろう」

    *

 保安室の奥。
 久保田達がキーボードを叩いていた。
 しばらくして、鈴香は久保田に話しかけた。
「こうして、マスターは鈴香様とトミタで一緒に働いていたんですね」
 久保田は黙ってキーボードを叩いている。
 その久保田の態度を見て、鈴香は慌ててキーボードを叩き始める。作業を続けながら、鈴香は話を続けた。
「もちろん、これは鈴香様の記憶ですが、まるで自分の事の様に思えます。
 こうしていると、本当に私もマスターと一緒にトミタで働いていた様な気分になって来ます」
「トミタの話はするな!」
 久保田が突然怒鳴ったために、鈴香の手がとまる。
「トミタがあんな事をさせなければ、鈴香はあんな事には……」
「でも鈴香様は感謝してましたよ。
 だって、トミタの研究室にいなければ、マスターとは会えなかったのですから」
「……。
 とにかく今は、目の前の作業だけを考えるんだ」
「はい」
 その後二人は互いに一言もしゃべらず、黙々と作業は続いた。

    *

 俺は廊下で、敵が来るのを見張っていた。
 だが、いつまで待っても人影などは見えなかった。
 ここに来るまでも人はいなかったし、今も誰も見当たらない。自分でも無責任だと思うが、さすがに飽きてくる。万一敵が来ても、ドアには鍵がかかっているからすぐには開かないだろう。
 俺の頭はたいくつな見張りの事よりも、研究所に誰もない事を考え始めた。
 これだけの大きな建物に、警備員どころか人が一人もいない。誰もいないのに明かりを点け空調を整えチリひとつなくなるまで掃除をしてある。
 まるで、俺達が来るのを待っていたようだ。
 いや、研究所の人だけじゃない、今まであまりにうまく進み過ぎてはいないか?
 久保田は、研究所の玄関から保安室まで迷うことなく俺達を案内した。研究所の玄関を始め、この保安室の鍵の暗唱番号まで知っていた。久保田は、それらの情報をプロテウスをハッキングしたときの資料で知ったと言う。だがプロテウスのパスワードを知らせてくれた人ははっきりしない。だいたい、わざわざパスワードを知らせる奴なんているのか?
 あのハッキングというのが、実は久保田の演技だとしたら? 久保田は今もプロテウスの手下で、俺を研究所につれてくるのが役目だとしたら? 実は最初から、すべては仕組んであった事だとしたら?
 久保田を信じたい。だが疑問な点が多すぎる。
 プロテウスのパスワードが送られて来た事。久保田がプロテウスの場所や研究所の内部の間取り、ドアのパスワードまで知っていた事。研究所に人どころか、警備さえしていない事。
 久保田がプロテウスの手下だとすれば、そのすべてが納得できる。それに久保田には俺をプロテウスに売った奴だ。鈴香だって、本当に知らないのかもしれないし、知っていても久保田がマスターである以上久保田に従って俺達を騙しているのかもしれない。
 俺は保安室のドアの窓から、奥にいる久保田を見た。久保田は必死に、すごい早さでコンピューターのキーボードを叩いていた。
(久保田……本当にお前を信じて良いのか?)
 茜の性格からして、一度許したのに、再度久保田を疑ったら怒るかもしれない。だが、本当に久保田の罠だとしたら、取り返しのつかない事になる。
 この事は茜には話しておかなければならない。
 俺はドアをノックした。中から茜がドアを開ける。
「どうしたのマコト?」
「なあ、茜……。久保田の事なんだが……」
 その時、久保田の声が保安室に響いた。
「鈴香!!」
 見ると、鈴香がうつぶせになり倒れている。
「しっかりしろ!!」
 俺と茜は部屋の奥に走った。久保田が鈴香を抱き上げる。鈴香の口から一筋、血が垂れていた。
「大丈夫ですマスター。……大丈夫です」
 鈴香は久保田に微笑んでみせた。ハンカチを取り出すと自分で血をぬぐう。
「わかった。作業を続けるぞ」
 久保田はコンピューターの前に座った。鈴香も作業を続けはじめる。
「なあ久保田、すこし休ませてやれよ。それじゃ鈴香が可愛そうだろう? いくら鈴香がレプリカだからって道具みたいに扱うのは……」
 突然、久保田は俺を睨むと怒鳴った。
「そんな時間はない!
 ――いや。大声を出してすまなかった。
 上原も見張りに戻ってくれ。こんな時に敵にでも襲われたら……」
 その時、保安室に警報が鳴り響いた。
「警報!? くそっ!! 間に合わなかったのか!?」
 久保田が言った。
「すいません。私が手間取らせたせいで……」
 鈴香が言った。
「時間の問題だったんだ気にするな。
 上原! 俺と鈴香で研究所の警備を止める。上原は、ここに誰も入れさせるな!!」
「わかった!」
 俺と茜は、廊下に向かった。

    *

 保安室の部屋の奥。
「すいません、私の能力がたりないばかりに、間に合いませんでした……」
 鈴香は言った。
「謝るのは俺の方だ。本来のお前ならば、解除するのに充分間にあったはずだ。
 鈴香……俺が考えている以上に、進んでいたようだな。
 だが今は、それでもお前の力が必要なんだ」
 久保田はドアの前で構えているマコトを見た。
「もう一刻の猶予もない。一気に解除する! 辛いかもしれないが、頼んだぞ!」
 久保田と鈴香は、今まで以上の早さでキーボードを打ち始めた。

    *

 俺は廊下に向かって走った。
 保安室のドアの小窓を見ると、廊下に人影があった。敵に気づかれない様に、俺は急いでドアの脇に身を隠す。
「マコト?」
 俺の隣に来た茜が言った。
「敵が来た。茜はさがっていろ!」
「でも……」
「いいから! ここは俺一人でなんとかする!」
 茜は頷くと、部屋の奥に行った。
 ドアの窓から人影を覗き見る。保安室の鍵の数字を打ちこんでいる様だ。
 廊下を戦場にする予定だったが、敵が近い。いまドアを開けるわけには行かない。
 よし。ドアが開いた瞬間、突っ込んでやる!
 俺は電撃棒を構えた。
 鍵が開いた事を知らせる電子音が鳴る。
 ドアが開いた。

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