REPLICA(レプリカ)改 作・JuJu chapter-025 "侵入(T)" 「寒いね。マコト」 タクシーから降りて来た茜が言った。 俺の目の前には海が広がっていた。風が強い。潮(しお)と生臭さが混じった匂いが鼻に入る。まだ午前中だと言うのに空が暗い。そのため海が灰色に見えた。この後、雨が降るのだろう。 海岸を挟み、海の反対側は工場地域になっている。 俺は振り返って工場を見た。見渡す限り工場が並んでいる。茜も俺に合わせて工場を見た。 どの工場も外壁の塗装が剥げ、染みやカビに覆われている。壁に穴が開いている物も多い。 鳥の声はなかった、工場を走る冬の冷たい風と防波堤を叩きつける波の音だけが耳に入る。 「この先に、マコト達の体があるのね?」 俺は黙って頷いた。 「がんばろうね!」 久保田の情報が確かなら、この並んだ工場の奥にプロテウスの研究所はある。そこに俺と鈴香の本体が眠っているはずだ。 氷村。人間のコピーを作れる程の技術を持つ男。そいつが相手だ。俺達が本体に近づくまでにどんな妨害があるかわからない。 「まさに廃墟(はいきょ)だな」 久保田が後ろから声を掛けてきた。 「本当にこんな所に、最新鋭の研究所があるのか?」 俺は言った。 「資料が正しければな。 ――こっちだ」 久保田は工場地帯に向かって歩き出した。俺達も後に続いた。 * 工場地帯の道路を歩く。どの工場も窓ガラスが割れていた。海風と雨が建物の中まで入りんでいるらしく、建物の中は泥と埃にまみれている。 (まるで建物のゾンビだな) そんな事を考えてしまった。 腹を空かせた巨大なゾンビ達が、俺達を取り囲んでいる。もしも突然こいつらが動き出したら、逃げ場もないまま、食い殺されるんだろうな。 「資料に書かれていたのはこの場所だ」 久保田が建物の玄関の前で立ち止まった。 俺は久保田が言う廃工場を見上げた。さびた鉄柵の向こうに、ひときわ大きな工場が建っている。 (廃工場のゾンビの親玉だな) ボロボロになった巨大な建物は、威圧感さえ感じさせる。 だが、こんな廃屋がプロテウスの研究所なのだろうか。大きい事以外は、ただの廃工場にしか見えない。窓から工場の中を覗こうとしたが、すべての窓はシャッターが降りていて中が見えない。 久保田は鉄柵を開くと、玄関のドアの前まで歩いた。 「行くか?」 久保田は俺に言った。 外からなにもわからない以上、建物の中に何があるかもわからない。本当にここが研究所だとしたら、この扉を通った後戻れる保証はない。 俺は後ろにいる茜に振り向いた。 「茜はここで待っていてくれ」 「え!? ちょっと何勝手な事言ってんのよ? 何の為にここまで来たと思っているの? 当然アタシも行く」 「茜。ここから先は何があるかわからない。ここがただの廃工場で、中で敵が待ち伏せしているかもしれない。あるいは、入ったら出られない様になっているのかもしれない」 「それはわかるけど、でも……」 「全員閉じ込められたら、誰が俺達を助け出すんだ? なに、なんかあったら久保田の携帯で連絡する」 茜はしぶしぶ頷いた。 * 「開けるぞ!」 久保田は廃工場の扉のノブに手を掛けた。扉は鍵がかかっておらず、軽々と開いた。 「これは……」 久保田の背後から、建物の内部を覗いた俺は驚いた。 廃工場の中は光りが溢れていた。薄暗い外から見ると、眩しいくらいだ。 天井には蛍光灯が輝き、床はチリひとつなく鏡の様に磨かれていた。整然とした、オフィスを思わせる。 俺は氷村に捕まったプロテウスのビルを思い出した。 久保田は振り向くと言った。 「ここで間違いないようだな。行こう」 久保田が歩き出す。 「結局罠じゃなかったわけね? じゃあアタシもついていくわよ?」 「さっきだって、おとなしく待っているつもりはなかったんだろう?」 「へへっ」 茜は「ばれちゃった?」と言った決まりの悪い顔をする。俺はカマをかけるつもりで聞いたのだが、本当についてくるつもりだったのか。 * 中は小さな部屋になっていた。 机があり、机の上にはいくつかのノートが乗っていた。受付なのだろうか? だが、この部屋には俺達以外には誰もいなかった。 部屋の奥に扉があった。久保田は扉の隣の壁にある、小さな箱の蓋を開けた。中に電卓のように数字のついたボタンが並んでいる。 「数字を入れると、鍵が開くタイプね?」 久保田は数字のボタンを押していった。電子音が鳴って、鍵が開いた事を示した。 久保田は扉を開けると、中に進んだ。 廊下が続いていた。さっきの受付の部屋と同じく、床も壁も磨き上げられている。ひんやりとした、いかにも空調で作った空気が漂っている。自然の大気とは違う、乾燥しきった空気だ。 耳を澄まし、辺りを見渡し、人影がない事を確認しながら、俺達は進んだ。 「外見と違って、中はすごいな。 そういえば、さっきの扉だが、どうして暗号の数字がわかったんだ?」 俺は聞いた。 「資料に書いてあった」 「また、あの資料か? プロテウスのパスワードを教えてくれた人は何者なんだろうな?」 「気にはなるが、今はそんなことはどうでもいい。 それより、できるだけ不必要な会話は控えるべきだ。敵に見つかる可能性が高くなる」 「そ、そうだな」 久保田に言われたため、俺は黙って久保田の後をついて行った。 T字路が見えた。 「俺や鈴香の本体のある部屋は、どっちに曲がればいいんだ?」 「それよりまず保安室に行く。そこで研究所の警備を無効にするんだ。警備さえ無効にすれば、俺達の行動もかなり楽になる。 こっちだ」 久保田は、俺達を案内した。 「なあ久保田? なぜ誰もいないんだ?」 久保田はあまりしゃべるなと言ったが、どうしても気になる。 「明かりがついているし、掃除もしてある。 それなのに、これだけ歩いても誰にもあわないなんて……。 ――やっぱり罠なんじゃないのか?」 「わからん。 だが今は、そんな事を考えるよりも目的を遂行する事に全力を向けるべきだ。 保安室に急ぐぞ!」 つづきを読む |