REPLICA(レプリカ)改
 作・JuJu


chapter-016 ”解除(Y)”

 茜がいた。
 目を真っ赤にしながら、俺に抱きついている。
 いったい何があったんだ?
 頭がはっきりしない。頭の中に穴が開いていて、記憶が穴の中にある闇に吸いこまれてしまった感じがする。
 なぜか久保田の姿が頭に浮かんだ。
 そうだ。久保田だったら『こう言う時こそ落ちつけ』と言うだろう。
 俺は久保田の言葉にしたがい、目を閉じて気を静めた。闇の中からゆっくりと、記憶が浮かび上がって来るのがわかる。
 そうだ……。
 俺はレプリカの材料にされるために、研究所に連れていかれたんだ。
 目を開けてあたりを見渡した。ここがどこだかわからないが、研究所ではない事は確かだ。
「茜、ここはプロテウスの研究所じゃないな? ここはどこだ? 俺は助かったのか?」
「研究所の事を憶えているのね? よかった、これで鈴香さんと誠を助けられる」
「鈴香と……俺を助ける?」
 また茜が胸に顔をうずめて来た。
「マコトの体、柔らかい」
 茜が胸にやわらかい物を押しつけている。
「なっ!」
 俺は自分の胸を見た。茜が胸にやわらかい物を押しつけていたんじゃない。俺の胸の場所に、何かやわらかい物をつめこんで、女の胸の様に膨らませているのだ。
 俺は自分の胸をよく見るために茜を離した。
 体を見ると、俺はスカートをはいていた。鈴香と同じエプロンのついたドレスを着ている。俺が寝ているあいだに、茜がイタズラして女装させたのだろうか?
 俺は胸の詰め物を取り出すために、胸に触った。俺の胸に手があたる感触があった。同時に俺の手には女の胸に触れるやわらかい感触があった。詰め物じゃない。俺の胸が女の様に大きくなっているのだ。そういえば、声も女の様に高い。
「みごとに女の子になったものよねぇ」
 茜が言った。

    *

「ここまでか……」
 久保田はコンピューターのモニターの前でうなだれた。
「鈴香すまん。俺の力では、これが限界だ。
 管理している奴がどんな奴かは分からないが、俺よりも上手だ。
 結局俺の力では、プロテウスに侵入できなかった」
「マスター……」
 鈴香は久保田のそばに進んだ。手を久保田の肩に添える。
「マスターはがんばりました。
 それにまだ、マコトがいます……。
 !?
 マスター!! これは!?」
 鈴香はモニターを指差した。
 鈴香の慌てた声に、久保田はモニターを見た。
「逆探知か!?
 くっ、俺とした事が。プロテウスから逆にハッキングされるとは!!」

    *

 マコトの部屋。
「俺を助けるってどう言うことだ? 俺は助かったんじゃないのか?
 説明してくれ、茜!」
 茜は話した。
 俺がプロテウスの研究所に連れられてレプリカにされた事。男のレプリカを作ろうとして失敗して、俺は女になってしまった事。本物の俺は別な所にいて、俺は記憶をコピーされたレプリカだという事。そして、俺にかけられていたプロテクトが、たった今外れた事。
「そうか……。
 つまり俺は……俺じゃない。
 誠の記憶をコピーした、レプリカなのか……」
 自分がレプリカだとは信じられなかったが、女の体になった自分の姿を見て信じない訳にはいかなかった。
「そのプロテクトとか言うのは、どうやってはずしたんだ?」
「それは秘密。
 それよりも早く久保田さんと鈴香さんに会いに行きましょうよ。マコトのプロテクトが外れたって教えなきゃ。みんな心配していたんだから」
「久保田!!」
 そうだ、奴は俺をプロテウスに売ったんだ!!
「奴はどこにいるんだ?」
「ここは久保田さんの家だって言わなかったっけ? 廊下に出て右側に……、あっ! 待ってよ!!」
 俺は走った。
 スカートが足にまとわりついてうまく動かなかったが、俺は乱暴に足を動かして、久保田の部屋に向かった。

    *

「久保田!」
 俺は乱暴に久保田のいる部屋のドアを開けた。
 久保田はコンピューターの前に座っていた。
「川本さんか? ちょっと待っててくれ……。今重大な……」
「久保田! よくも俺をプロテウスに売ったな?」
 俺の言葉を聞いて久保田は振り返った。俺を見てイスから立ちあがる。
「マコト? まさか、プロテクトが外れたのか……」
 久保田に会ったら言い分を聞こうと思ったていた。久保田だって、やむ得ない理由があったのかもしれない。だが、久保田のそばに立っている鈴香を見て、俺の中で怒りがわきあがって来た。
 俺が着ているのは鈴香と同じメイドの服。この体は鈴香と同じ女の体。俺は鈴香と同じレプリカ。鈴香を見て、自分がレブリカになった現実を理解できた気がした。同時に、俺の中で抑えようのない怒りが満ちてあふれて来るのが分かった。
 こいつのせいで、俺はレプリカにされたんだ。
「お前のせいで俺はこんな体に……」
 久保田は俺に近づいてきた。
「本当にマコトなのか?
 すごいな。これが氷村の言っていた『ネオ・レプリカ』の本当の姿なのか。
 なるほど、自慢するだけはある。すごい技術だ。
 レプリカの比じゃない。お前は上原そのものなんだな」
 久保田はうれしそうな顔で、両手の指を俺の頬に当てた。
「すごい……。
 まさに人類の夢がここにある……。
 クローンへ意識のコピーができるとは……」
 俺は久保田を殴りつけた。
「マコト様!?」
 鈴香が叫んだ。
「マコト! 何していてるの!?」
 後から部屋に入ってきた茜も叫ぶ。
「茜! よく聞け!!
 こいつは……久保田は俺をプロテウスに売ったんだ!」
 俺は茜に、久保田が俺にしてきた事を手短に話した。
 興奮して、なかなかうまく口が回らないが、茜は理解してくれたようだ。
 茜は俺の話しを聞きながら、信じられないと言った顔をしながら久保田を見ていた。
 久保田は俺に殴られた頬を押さえるわけでもなく、目を伏せて黙って俺の話しを聞いていた。
 その脇で、鈴香もうつむいている。
 久保田が床に倒れるほどの力を入れたつもりだったのだが、久保田はそこに立っていた。
 女って言うのは、こんなに力がでないものなのか。
 思いっきり殴りつけたいのに、顔の骨がこなごなにくだけるほど殴りつけたいのに、女の体では力がでない。
 体を動かす度に、胸が揺れて邪魔だ。
 スカートがまとわりが気になる。
 それらが、女になってしまった現実を俺に突き付ける。
 いや、女になっただけならばまだいい。
 俺はレプリカにされてしまったのだ。
 男の欲望を満たすだけの生き物に……。
 久保田のせいだ。
 そう思うと、ますます怒りがこみ上げてきた。
「久保田ッ!」
「……お前は上原そのものなんだな。
 プロテウスに売った事は……すまなかった……」
「あやまってすむことか!」
 俺はもう一度、久保田を殴った。
 久保田は俺のこぶしを避ける事もなく、ただ、殴られるままになっていた。
「お願いです! 止めてください!」
 鈴香が叫ぶ声が耳に入って来たが、怒りは収まらない。俺は無視した。
「久保田! なぜ避けない?」
「俺はお前に殴られるべき人間だ」
「なめてんのか!?」
 俺はさらに殴った。
 久保田の口から、血が垂れる。
「マコト! もういいから! もうやめて!」
 茜が俺に抱きついてきた。
 怒りは収まらなかったが、彼女達の声を聞いてすこしだけ冷静さをとりもどした。
「久保田! なんとか言えよ!」
「殴って気がすむのならば、いくらでも殴ってくれ。俺が上原にしたことは、許される事じゃない」
 突然、俺の視野に鈴香が入って来た。俺と久保田のあいだに割り込んできたのだ。
 俺は鈴香を見た。
 顔を真っ赤にして怯えるような目で俺を見ていた。だがそれでも細い腕を精一杯広げて俺の前に立ちふさがり、久保田を守ろうとしていた。
「どけ! なぜ久保田を守ろうとする?
 マスターだからか?
 鈴香だって、俺と同じだろう?
 奴のせいでそんな姿にさせられたんだろう?
 ……こんな姿に……。こんな……」
「マコト、泣いているの?」
 茜が言った。
 俺は泣いていた。
 泣いている姿を茜に見られるのは恥ずかしかったが、感情が止められなかった。
 茜はハンカチを取り出すと、丁寧に俺の顔に当てて涙を拭いていった。
「上原様、お願いです! 私の話を聞いてください」
 鈴香が言った。
「――すべては私のためにしたことなのです」
「鈴香のため……?」

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