REPLICA(レプリカ)改
 作・JuJu


chapter-015 ”解除(X)”

 川本様が泣いている。
 泣きながら、私”マコト”を抱擁している。
 泣く――感情として不安定な状態にあり、苦痛を受けている表情。
 川本様が苦しんでいる。助けなければならない。
 なぜだ? マスターからは、川本様を助ける様に命令をされていない。貴重な体力の消費をしてまで、なぜ川本様を助けなければならなのか?
 なぜなら……私は川本様を……守らなくてはならない……だから……。
 その事項はマスターに命令されていない。マスターに逆らうのか?
 ……茜は大切な人だから。
 ……決めたから。
 ……おれは茜を守ってやるって。
 ……何があっても守ってやるって。
 だから、守らなければならない。
 その事項はマスターに命令されていない。マスターに逆らうのか?
 マスターの命令など関係ない!!
 茜は俺が守るって、俺が決めたんだ!!

       *

 あたしはマコトの心臓の鼓動が速くなってくるのを感じた。
 マコトの鼓動に添う様に、あたしの心臓も速くなって行く。
 シンクロするあたしと誠の鼓動。
 一音ごとに早まる鼓動に、あたしはなぜか、誠が近づいて来る気がした。
「誠、帰って来て!」
 あたしは、マコトの胸に顔をうずめて強く抱きしめた。誠がどこにもいかないように。
 誠が帰るところは、ここしかないんだから。そう思いながら。
 誠の腕がわずかに動いた。
 今までの、力のない腕ではない。
 わずかだけど力強い動きだった。
 あたしはマコトを見た。
 わずかだがマコトが目を開いた。
「誠?」
 その目には、わずかだが光があった。
 レプリカの時の、どこを見ているのかわからない、焦点の整わない目ではなかった。
 なぜかわからない。だけど、誠がすぐそこまで来ている気がした。
 あたしは誠を抱きしめた。
 ここで誠を離したら、二度と会えない気がした。
 あたしは必死に抱きしめて、キスをした。

       *

 ……。
 ここはどこだろう?
 俺は暗く何もない世界にいた。
 なにも見えない。なにも聞こえない。
 手も顔も足の感触もない、体中なにも感じない。
 ドクン……ドクン……と言う音だけが響いている。
 低く、鈍い、静かだけど、力強い。
 これは……何の音だ?
 心臓?
 心臓の音?
 誰かが泣いている。
 泣きなから、俺の事を呼んでいる。
 体が軽い。
 まるで、海を泳いでいる様な感覚だ。
 誰かが呼んでいる。
 懐かしい人の声だ。
 母さん?
 闇の中に、小さな光を見つけた。
 俺は光りに向かって飛んだ。
 肌の感覚が戻ってくる。
 皮……皮膚……肌……。
 暖かい、人のぬくもり……。
 そうだ、これは肌だ。
 何かが肌に触れる感触。
 俺の唇に、何かが触れる感触だった。
 俺は目を開いた。まぶしい。
 光はあまりに強烈すぎて目を閉じた。
 光の刺激は俺の脳を生き返らせた。
 朝、目覚める時の様な感じ。
 自分の頭に、記憶と感覚があふれて行くのがわかる。。
 それは、暗く静かなトンネルを抜けた様な感覚だった。
 体が酸素を求める。
 俺は思いっきり空気を吸い込んだ。
 身体に空気が満ちる感じだ。
 俺は呼吸が出来る事を思い出した。
 こもった声が聞こえる。
 この声には憶えがある。
 茜の声だ。
 俺は思い切って目を開けてみる。
 目の前には、茜がいた。
『精神動揺過度により破損したプロテクト・システムの、自己修復を試みましたが失敗しました。
 プロテクト・システムは使えません』
 どこからか、声が聞こえた。
 茜を見ようとする。なぜだ? 茜の姿がぼやけて見える。
 だが、奴が泣いている事だけは分かった。
 なんで泣いているのかはわからない。だが、助けなければ。守らなければ。
『レプリカ本体、制御不能状態。
 緊急プログラム作動開始。
 予備プロテクトシステム解凍中……解凍完了。
 予備プロテクト展開。
 レプリカ本体からのアクセス拒否。
 非常時に付き強制介入を許可。
 予備プロテクトシステム、再始動します』
 さっきから、誰かが俺の頭の中でしゃべっている。
 くっ……な、なんだこれは……意識が……遠くなる。
 俺の意識を、何ものかが奪おうとしている。
 二度と茜と会えない気がした。
 ふざけるな! 俺は、茜を助けるんだ。
『展開失敗。再始動……』
 この声は、俺の心から聞こえた。
 だが、今はこの声が何なのかなど、どうでもいい。
 俺は腕を動かす。
 くそ、なぜだ、なんで俺の手は動かない。
 この、意識に潜りこんでいるヤツのせいか?
 茜が泣いているんだ。
 動け!
 俺は茜を助けるんだ!
『レプリカ本体から制御システムへ、強い電気信号確認。耐久限界を突破しました』
 よし、そうだ。
 うごくんだ。
 ゆっくりでいい、動くんだ。
 茜を抱くんだ。
 俺は、茜を守るんだ。
『プロテクト・システム破損……沈黙し……』

       *

「茜?」
 マコトは言った。
「誠……、誠なの?」
「!!
 茜……ここは?」
 マコトはあたりを見まわした。
「って茜っ!? なんで俺を抱いているんだ!」
 マコトは顔を赤らめた。
「ふふふ。誠だ。
 誠が帰って来たんだ。
 お帰り。誠」

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