REPLICA(レプリカ)改 作・JuJu chapter-014 ”解除(W)” 結局、マコトのプロテクトは外れなかった。 マコトを抱きしめてプロテクトを外す、あたしの役目は終わった。 あたしは、他に出来る事はないか聞こうと思って久保田さんを見た。 久保田さんは大きなパソコン相手に、懸命にキーボードを叩いている。声をかけるのに気がひけた。 久保田さんを見ている事に気がついたのだろう、鈴香さんが話し掛けてきた。 「マスターは今、プロテウス社をハッキングしています。ずいぶん前からやっているのですが……さすがに深層部まではなかなか入りこめないご様子で……。 ですがマスターは優秀な方です。きっと有力な情報を見付けます。 上原様はきっと助かります。どうか気を落とさないで、お待ち下さい」 久保田さんも鈴香さんもプロテクトを外そうとしてがんばっているんだ。あたしだってマコトを、誠を助けたい。 鈴香さんは、久保田さんに抱きしめられた時にプロテクトが外れたと言っていた。そこにプロテクトが外れるヒントはないだろうか? 「鈴香さんはどうして、あたしならマコトのプロテクトが外せると思ったの?」 「それは……。 上原様のアルバムを見て確信しました。 アルバムから、私がマスターに抱いている感情――いえ、鈴香様がマスターに抱いていた記憶と、同じ感覚を受けたのです。 お待ちください。お持ちします」 鈴香さんは部屋を出て行き、しばらくして戻って来た。手に赤いアルバムを持っている。 「これが、上原様のアルバムです」 「お前、上原の荷物を勝手に持ち出していたのか?」 あたし達の話を聞いていたらしく、久保田さんはパソコンのモニターから目を離さずに言った。 「申し訳ございません。 上原様のお荷物整理している時に、このアルバムを見つけてしまい、いけない事とはわかってましたが、私にはない過去と言う時間がうらやましくて、つい、お借りしてしまいました」 あたしは鈴香さんからアルバムを受け取った。アルバムを開くと、あたしと誠の写真が貼ってあった。 年代ごとに、きれいに整理してある。 あたしが生まれた海辺の小さな町に、小学校の頃、誠が引っ越してきた。その日からずっと一緒に過ごして来た。 小学校の卒業式。中学校の修学旅行。高校の学園祭。 二人で一緒の大学に行こうと約束して、結局浪人生になった誠。 同じ大学に通う事を諦めず、予備校生を選んだ誠。 あたしを追いかけて、あのアパートに引越した誠。 「そっ……か……。誠、アルバムを持ってきていたんだ」 昔のアルバムを実家においてきてしまっている自分が恥ずかしく思えた。自分が撮った写真は、デジカメの中でデータのままになっている。整理さえしていない。 誠に、あたしの事をただの幼馴染としか見ていないと言っておきながら、二人の思い出を大切にしていないのは自分の方だったかも知れない。 「アルバムにあるのは、上原様と川本様のお写真だけです」 あたし達だけ……。 誠は子供の頃から、あたしを見守っていてくれたんだ。鈍感な奴だと思っていたけど、鈍感だったのは自分なのかも知れない。 「このアルバムを見て、川本様ならば上原様を助けられると確信しました。それから毎日、川本様が緑荘にいらっしゃるのをお待ちしていました。上原様を捜してもう一度あのアパートを訪れると信じてましたから」 あたしは鈴香の顔を見た。 マスターの目を盗んで、久保田さんに叱られながら、あたしを待っていたんだ。緑荘で、いつ来るかわからないあたしを、毎日待っていてくれたんだ。 もう一度、マコトを抱いてみよう。プロテクトが外れるまで毎日ここに来て、何度でも試して見よう。 あたしに出来る事は、それしかないのだから。 * 「あたし、もう一度やって見ます!」 茜は言った。 「無駄だ。そんな事を繰り返しても……」 久保田がしゃべり終わる前に、茜は廊下に出て行ってしまった。 「ふー。川本さんといいお前といい、ここにいる女は一度決心すると強情だな」 「恋する女は強いんですよ」 「お前もだいぶ鈴香に似て来たな。 まあ、気が済めば戻ってくるだろう。 鈴香。お前は行かないのか?」 「今はお二人だけにしておいてあげましょう」 「そうだな。 レプリカとは言え、せっかく上原に会えたのに、いままで二人っきりになれる時間がなかったからな。 上原がいない間、上原の代わりくらいにはなるだろう」 久保田はいつもの様にパソコンを操作し始めた。鈴香はいつもの様に、久保田の後ろに控えて立っていた。 静かな時間が流れた。 「紅茶でもお持ち致しましょうか?」 「頼む」 部屋に、久保田のキーボードを叩く音とハードディスクの音、鈴香の紅茶を入れる音が静かに響いていた。 キッチンにいた鈴香は、紅茶を入れる手を止めてつぶやいた。 「川本様はマコトの事をどうおもっているのでしょうか。 やはり、マスターの言う通り、上原様と再会するまでの代わりにすぎないのでしょうか……」 * あたしはマコトの部屋のドアを開けた。 「まだ何か?」 暗闇の中からマコトの声がした。 あたしは部屋の明りをつけた。 「立ってマコト。もう一度試して見るの。一度で外れなくても、何度でもやって見ましょう」 あたしはマコトを抱いた。やわらかい、女の子の体だった。 だけど、この体は誠から作ったんだ。このぬくもりは、誠のぬくもりなんだ。 「誠、ごめん。あたし、幼馴染って関係に甘えていたね。 鈍感だったのは、あたしの方だった」 マコトは黙っていた。目を閉じてあたしに抱かれていた。体に力がはいっておらず、全身の力を抜いている感じだ。このまま腕を離せば、床に倒れそうな位、体をダランとしていた。 あたしはふと、これじゃ死体を抱いているのと同じだと考えてしまった。 「いまさら気が付いても遅いなんて言わないよね? あたし達の未来は、これからなんだよね? 誠は生きていて、どこかの研究所に捕まっていて、今も助けが来るのを待っているんだよね? ――死んでなんて……、いないよね……?」 あたしはマコトにキスをした。 つづきを読む |