REPLICA(レプリカ)改
 作・JuJu


chapter-009 "新たな奴隷”

 上原を氷村に渡してから、一週間がたった。
 久保田はマンションへの引越しをしていた。
 あのアパートにいると、上原を思い出して気分が悪いからだ。久保田は上原の事を早く忘れたかった。
 引越し業者の社員が手際よく、ダンボール箱に包まれた荷物をマンションに運び入れて行く。
 一人が、「上原」とマジックで書かれたダンボール箱を持って久保田に近づく。
「この箱は、どこに置きますか?」
「一番奥の部屋に搬入してくれ」
 荷物の運び終わった引越し業者は、あいさつをして帰っていった。
 久保田は一番奥の部屋に入った。部屋の隅に、上原と書かれた四つのダンボール箱が置いてある。
(俺はなにやっているんだろうな。上原の荷物なんて捨てればいいのに、捨てられない。
 もしも奴が帰ってきた時、何もなかったら困ると思ってな。
 もう戻れないのにな)
「マスターここでしたか。お客さまがお見えになられたのですが」
 鈴香が来た。
「客? 引っ越した事は誰にも話していないはずだが?」
「ほう? ここが君の新しい住居かね?」
「氷村! どうしてここがわかった?」
「私の情報収集力をあなどってもらっては困るよ。
 引越し祝いをかねて、君に新しい依頼があってね」
「見てのとおり俺は忙しい。帰ってくれないか?」
 上原は氷村に背を向けると、引越しの荷物を片付ける振りをした。
「君に会わせたい人がいるのだよ。
 ……おい、入って来い」
「はい」
 氷村が声を掛けると、女が部屋に入ってくる。
 久保田は横目で女を一瞬だけ見ると、荷物を片付けを続けた。
 入ってきた女の顔に表情はなく、焦点のあっていない目をしている。
 ぎこちない歩き方は、人間そっくりのロボット、あるいは催眠術にかかっている人間を思わせた。
 病院で患者に着せるような、白いスモックの様な服を着ている。鈴香が久保田の所に初めて来た時と同じ服装だ。
「またレプリカの起動試験か? 鈴香だけでまにあっている。他をあたってくれ」
「これは……上原様!?」
 鈴香が言った。
「何?」
 久保田は振り向いた。
 そこには、上原の面影を残すドールがいた。
 男の上原から比べると背がわずかに小さくなり、顔は丸みを帯び、体も女性らしい形になっていた。
 だが、確かに上原だった。
「君のおかげで、ネオ・レプリカが完成した。
 ネオ・レプリカは、今までのレプリカとは記憶量が格段に違う。だから彼が過ごした日々もすべてインプットしておいたよ。
 記憶はデータとして利用しているだけだ。君を憎いとか裏切り者とか言う感情はないから安心してくれたまえ。
 むしろ、忠誠心をもった、君の奴隷だ。
 気持ち良いだろう? だまして捕らえた人間を奴隷にする気分は?
 マコトの運用試験も君に任せる。
 鈴香と同じ試験体だから、問題点や未完成な部分もあると思う。
 使用してレポートを報告してくれたまえ」
「待て、なぜ上原は女になったんだ? 男のレプリカを造るとかいってなかったか?」
「ふん! 少々予定を変更したのだ」
「つまり男のドールとか言うのは失敗したのか。
 ずいぶん立派な事を言っていたが、結局このざまか?
 プロテウスの技術力など大した物じゃないな」
「私の理論は正確だ! 間違ってはいない!
 ……だが何度試しても、造れないのだ。
 時間がたりなかったのだよ。時間をかけて研究すれば男のドールだって出来るはずだ。
 ただ、これ以上の時間も金もが掛けられなかっただけだ。私が間違っていたわけではない。
 それに男の記憶を持った、女のドールと言うのも悪くはないのではないかね?
 女にこうして欲しいと言う、男の気持ちを知り尽くした女ドールが出来たのだ」
「つまり男の体から、女のドールを造っただけか。
 レプリカと変わらないな」
「いやいや。こいつはネオ・レプリカだ。
 まだ実験段階だが、いずれは……考えるだけでもすばらしい!!」
「どういうことだ?」
「企業秘密だ。
 君はだまって試行実験をして、そのレポートを報告すればいいんだ。
 報酬は出すから安心したまえ?
 マコトを維持する機材などは、後で運び込ませる。
 それでは失敬するよ」
 氷村は帰ってしまった。
 部屋にはマコトが立っていた。微動さえしない。
 久保田はマコトに近づいた。
「マコト、起動するんだ」
 マコトの目の焦点が合い始める。その瞳は久保田をとらええた。
 無表情だったマコトが、急にニッコリと微笑む。
「お久しぶりです久保田様。
 貴方がマスターでよろしいのですか?」
「ああ」
「了解しました。マスターを久保田高志で登録しました。
 ネオ・レプリカ・システム・試験体”マコト”……起動いたします。
 ふつつかものですが、よろしくお願いします」
 マコトは深く頭を下げた。
「上原から造ったドールか……」
 久保田は言った。
「鈴香。マコトの服のサイズを測ってやれ。いつまでも研究室が着せたスモックでは、可愛そうだろう。
 新しい服が届くまでは、お前の服を貸してやれ。
 脱いだスモックは捨てておけ。俺はスモックに染み付いた、薬品くさいプロテウスの臭いが嫌いだ」
 こうして、「マコト」が久保田の家に来た。

    *

「マスター、ただいま戻りました」
 鈴香の声に、久保田は我に戻った。
 目の前には、記憶と同じ場所から動かない、上原と書かれたダンボールがあった。
 忘れ去られた様に誰にもふれられる事のないダンボール箱。
「鈴香、毎日どこにいっているんだ? レプリカの秘密がばれたら困る。
 外出はなるべく控えろと何度も言って……その人は?」
 鈴香の後ろで、うつむいている女がいた。
「川本茜様です」
 茜は顔を上げると、言った。
「誠に会わせて!」
「な……、何の事だ?」
「鈴香さんが、ここにくれば誠に会えるって!
 お願い! 誠に会わせて!」
「鈴香! お前……」

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