REPLICA(レプリカ)改
 作・JuJu


chapter-008 "大切な人”

「お待ちしておりました」
 鈴香は言った。
「誠と一緒にいたドール……」
 茜は言った。
「私は、レプリカ・シリーズの鈴香と申します」
「あたしを待っていたってどういうこと?
 ううん、今はそんな事、どうでもいい。
 聞きたいことがあるの。誠がどこにいるか知ってる?」
「申し訳ありません。
 マスターから制限されているため、お答えをする事はできません。
 ……もう誰も上原様とお会いする事は出来ないでしょう。
 上原様は……」
 鈴香は目を閉じて、首を横に振った。
 茜は鈴香に近づくと、鈴香の両腕を強くつかんだ。鈴香の体を前後にゆする。
「誠に何があったのね?
 急に引っ越すなんて変だと思っていたのよ! バイトや予備校に行ってないし。
 知っているんでしょ?
 答えて! 答えなさいよ! 人間に逆らうの? ドールのくせに!」
 茜は鈴香の顔を見て、鈴香をつかむ手を離した。
 鈴香は微かに涙ぐんでいた。
(泣いてるの? ドールが泣くなんて)
 鈴香は目を閉じて、茜の前に立っていた。
「それじゃ、誠と会えないって言うのは、本当なのね?」
 鈴香は頷いた。
 鈴香の表情に、茜は鈴香が真実を言っている事を察した。
 茜は涙が頬を濡らしている自分に気がついた。
(涙?
 そっか……。
 あたし、今、泣いているんだ?
 誠に会えないって聞いて、泣いているんだ?)
 小柄な茜は、背の高い鈴香の胸に顔をうずめていた。
 鈴香は両手で茜をそっと抱きとめた。
「ねぇ? お願い。教えて。
 誠は今どこにいるの?
 逢いたい……」
「わかりました。
 やはりあなたは私が思った通りの方です。
 あなたならば、上原様を助けられるかも知れません」
「助けられるの? 
 どうすればいい? 誠のためなら、なんだってするから」
 茜は顔を見上げて、鈴香の顔を見た。
 鈴香の透き通った瞳が、茜を見つめていた。
 鈴香は茜をゆっくりと胸から離して、遠くを見つめた。
「やはりマスターは間違っています。
 やめさせなければ」

    *

 久保田はアパートの近くのマンションに引っ越していた。
 パソコンの乗った机を、こぶしで叩く。
「ちくしょう! また失敗か! どうしたらプロテクトのはずし方が分かるんだ!」
「マスター、お茶をお持ちしました。
 少し休まれた方がよろしいのでは?」
 メイドが言った。
 誠の面影がある女性。
 誠に姉妹がいれば、こんな感じだったに違いない。
「そうだな、マコト。少し休憩するか」
 マコトは丁寧にティーカップに紅茶を注いだ。
 紅茶を入れ終え、サンドイッチを置くと、マコトは一礼をしてキッチンに戻っていった。
 久保田はティーカップを手に取った。
(上原のなれの果てか。
 氷村の奴。俺にマコトの起動試験をさせるとはな)
 久保田は立ちあがると、ティーカップを持ったまま、マコトのメンテナンスの部屋に歩いた。
 部屋の照明を点けると、衣装の入ったクローゼットと大きなメンテナンス・カプセルが目にはいる。鈴香の部屋とまったく同じ配置になっている。
 唯一違うのは、部屋の隅に四つのダンボール箱が置かれていることだ。
 久保田はダンボールを見た。
 そこにはマジックで「上原」と書かれていた。

    *

 久保田は、上原をプロテウスに連れていった日を思い出していた。
 プロテウスの最上階の廊下。
 久保田は気を失った上原を肩に抱えると、社長室に向かった。
 社長室に入ると、氷村が皮張りの椅子に座っていた。
 久保田は上原の体をソファに載せた。
「もう少しで実験体に逃げられる所だったじゃないか」
「このビルから逃がす気はなかったんだろう?」
「私は手荒い真似はしたくないと常々言っているのを忘れたのかね?
 つまらない風評が流れれば、それを利用してライバル社が攻撃してくる。
 実験体が逃げ出せば、この会社の事をばらしていたかもしれないぞ?」
「俺が薬をしこんでおいた。そして捕まえた。問題はない。
 約束どおり上原を連れて来たんだ。報酬を振りこむのを忘れるな」
「だめだ。
 私は献体に説得してから連れて来いと言ったはずだ。業務怠慢は立派な契約違反だ」
「今朝突然、ネオ・レプリカの設備が完成したと言って、実験体を連れて来いとか言ったのはそっちの方だ!」
「ネオ・レプリカ設備の維持に経費がどのくらいかかると思っているのだ?
 一日たりともムダにはできない。
 それに、開発は早いほうが良い。時間が惜しいからな」
「そんな事は俺が知るか」
「君に実験体を捕獲して来いと言ってから三ヶ月もたったのだぞ? 三ヶ月も何をしていたのだ」
「三ヶ月じゃ親しくなり、警戒心を取るのが精一杯だ」
「その間もレプリカの維持費や諸々の経費もバカにならない。
 大方、なんの手立てもしていなかっのだろう?
 まあいい、こうして貴重な体を入手できたのだ。許してやる。
 ただし、契約違反は契約違反だ。
 経費は出すが、報酬までは払えない。
 さて、話しはここまでだ。
 さっそくこの実験体を使いたいんでね」
 氷村は立ちあがると、久保田の横を通り、部屋から出ようとした。
「話が違う!
 そう言うことならば上原は返してもらう。経費などいらん。
 こいつは、最後まで俺を信用していてくれたんだ。
 お前とは大違いだ! お前には上原は渡せない」
「君には選択権がない事をわすれるな。黙って私の言う通り行動すればいいんだ。
 わかったら、実験体を置いて、さっさと帰るんだ。
 次の君の行動は、追って通知する」
 背後でドアが静かに閉まる音がする。
 久保田は、気絶している上原の顔を見た。
「すまない上原。これも鈴香のためなんだ……」
 久保田は社長室を出て、家路についた。

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