REPLICA(レプリカ)改
 作・JuJu


chapter-006 "生贄(いけにえ)"

 オフィス街の外れ。そこにタクシーは止まった。
 高さが十数階のビルが並んでいる。
 タクシーから降りる。冷たい北風に襲われた。夜になり冷えこんで来た事を知る。タクシーの暖房で暖められていた体温が失われていく。
 歩道を見る。歩いている人はいない。冬の風に揺れる街路樹と街灯が立っているだけだ。
 走りぬけてきたオフィス街の高層ビルを眺める。ビルの窓に明りが見える。残業をしているのだろう。
 街の一角に大きなデジタルの時計が光っていた。ちょうど今、七時になった所だ。
 久保田がタクシーから降りてきた。
「ここがプロテウスだ」
 久保田に言われて、目の前のビルを見た。高さは二十階位だろうか。
 高層ビルを見た後なのでこじんまりした感じを受ける。だが周辺のビルよりは大きいし、建てたばかりらしく小奇麗だった
 プロテウスがどれほど恐ろしい会社なのか心配していたのだが、少なくとも外見は普通な感じで安心した。
 久保田がプロテウスのビルに入っていった。俺もついて行く。
 久保田は右手にある受付に向かった。
「社長に会いたい。久保田だと言えば分かるはずだ」
「ただいまお取次ぎいたします」
 受付嬢は内線で社長と話した後、俺たちを最上階の応接室に案内した。
「しばらくお待ちください」
「ありがとう。あとは自分でやるから下がって良いよ」
 受付嬢が帰っていった後、俺は久保田に言った。
「久保田ってプロテウスに顔が利くんだな」
「レプリカのオーナーだからな。上得意様と言ったところだ」
 久保田は奥の部屋に入って、紙コップを二つ持って帰ってきた。
「コーヒーだ」
 久保田はテーブルに紙コップを置くと、ソファに腰を下ろした。
 久保田はタクシーに乗っていた時の様に、またうつむいた。
「どうしたんだよ? どんな会社かと思ってたけど、普通の会社じゃないか」
「ああ」
 久保田は黙り込む。
 俺はなんだか話し掛けづらくて、コーヒーをすすった。
 冷えた体にコーヒーの熱さが染み込む。
「上原……」
 突然、久保田が俺を見た。
「連れてきて、本当にすまないと思っている」
「またその話かよ? 連れてきてくれって頼んだのは俺なんだしさ。感謝しているさ」
 久保田はまたうつむいてしまった。
 コーヒーを飲み終わった時、秘書らしき女性が入ってきて社長室に来いと言ったので、俺は立ち上がった。
 秘書に付いて部屋を出た。
 久保田も来ると思っていたが、奴はうつむいてい座っているだけだった。

    *

 社長室は応接間の隣にあった。社長室に入ると男が座っている。彼がプロテウスの社長だろう。秘書は出ていってしまい、部屋には俺と男の二人だけになった。
 歳は四十代くらいだろうか。スポーツでもしいてるのか、筋肉質なのがスーツの上からでも伺える。
「ようこそ。私がプロテウスの氷村(ひむら)だ。
 男性の適合者がいると聞いた時は驚いたよ。
 さっそくだが、ビジネスの話をしようか。私も忙しいものでね。
 レプリカは誰からでも造れるわけではない。素質が必要なのだ。
 わが社が必要としているのは、レプリカとしての君の素質だ。
 まあ、細かい話は久保田君から聞いていると思う。
 ここにサインしてくれたまえ」
 氷村社長は一気に話すと、引出しから契約書とペンを出した。俺の目の前に置かれた契約書には、細かい字がいっぱい書かれていた。
 俺が契約書の文字を見ていると社長は言った。
「心配しなくても、報酬は保証する。久保田君から聞いているよ。レプリカ一体、それにレプリカのメンテナンス機器一式でよかったはずだね」
 鈴香の笑顔が頭に浮かんだ。
 そうだ。この仕事さえ終われば、俺もレプリカが手に入れられるんだ。危険な事は覚悟して来たはずじゃないか。
 俺はペンを取り書類にサインしようとした。その時、一文が目に入った。
『万一、被験者が不慮の事故により死亡、または後遺障害などの傷害をおっても、当社は一切賠償および責任を負わないものとする』
 死。
 その言葉が頭を横切る。
「死亡って……」
「当然安全には万全を尽くす。いままでのレプリカの被験者だって、みんな生きているよ。
 だが、レプリカ・シリーズは世界初の取り組みだ。
 何が起きても、わが社は一切保証できない。
 わが社も多額な報酬を出すんだ。その辺は、久保田君から聞いてはいないのかね?」
 そうか、久保田が謝っていたのはこの事なんだ。
 死ぬ可能性があるわけか。
 俺は無意識につばを飲み込んでいた。
「ドール産業はすでに巨大化している。わが社の様にすぐれた技術があっても、経営力で大企業に太刀打ちできない。
 そのために、弱小で後発なわが社は違法スレスレの経営を強いられてきた。
 だがわが社はついに、切り札を手に入れたのだよ。
 男のドールの製造だ。
 女性の家事や労働を肩代わりしてくれるドール。ストーカーなどの防犯にも役立つだろう。
 その性欲処理までしてくれるのだ。
 人類の半分は女だ。男のドールが出来れば、わが社も一気に大企業に昇れる。いや、ドール界を圧倒する事が出来る。
 今まで各社が男のドールを造る研究をして来たが、成功例はない。
 だが、わが社のレプリカの製法を使えば、男のドールが誕生するかもしれない。
 その元となる男のメインボディが見つからずに苦労してた。
 そして、君を発見した。君の体がほしいのだ。
 君は特別だ。特殊と言ってもいいだろう。
 君の体には、男のドールの製造の秘密が隠されている。
 君の体の秘密を知りたいのだ!」
「体の秘密って……もしかして解体とかはしませんよね?」
「怖いのはわかる。
 だが君だって『人体実験』と言う約束でここに来たのだろう? さあ、早くサインをしたまえ?」
 社長は否定をしなかった。
 こいつらは俺を解剖しようとしているんじゃないか?
 体を開いて、男のドールとか言うのを造るための秘密を探ろうとしているかもしれない。
 なるほど、死ぬことはないかもしれないが、いくらレプリカの為とは言え、体を切り刻まれたくはない。
 応接間の久保田の深刻な顔が脳裏に浮かんだ。
 久保田は知っていたんだ。だから、あんな顔をしていたんだ。
 だいたい、そう簡単に大金が手に入れられるような話がおかしかったんだ。
 命の保証さえないんだ。
 死んだらレプリカ所か、茜にも会えない。
 そういえば、あれから茜はどうしたんだろう?
 とにかく、ここはヤバイ。
 逃げだそう。
 一刻も早くここから逃げ出そう。
 いや、待て。
 あせるな。
 社長室から逃げ出しても、ビルのどこかで捕まるだけだろう。
 とにかくこのビルから抜け出さなければ。
 まだ契約書にサインしたわけじゃないんだ。
 ここは社長を刺激をしないように、辞退しよう。
「あの……。俺、もう少し考えたいんで、今日のところは……」
「わが社はレプリカの開発に社運を賭けている。
 研究施設に、多額の金をかけているんだ。
 失敗すれば倒産する。
 私も、命がけなんだ」
 社長は立ち上がった。
「レプリカの適合者は女でもめったに見つからない、男の適合者は初めてだ。
 君は世界で一人の、男の適合体かもしれないんだ! 逃すものか!!」
 社長はゆっくりと俺の方に歩き出すと、腕を広げてきた。
 ちきしょう! やっと本性を出してきたな!
 俺は社長室から逃げ出した。
 待合室に入る。
 久保田はあわてて走って入ってきた俺を見て驚いていた。
「どうした?」
「ここから逃げるんだ!! 俺は解体されるのはいやだ!」
「逃げてきたのか?」
「いいから、はやく立て!」
「俺の事を、まだ信じているのか?」
「そんなことはいいから!」
「逃げても無駄だ」
「いいから早く!」
 俺は立ちあがろうともしない久保田の腕をつかんだ。力ずくで引っ張り出し廊下に出た。
 不思議なことに廊下には社長の姿はなかった。
 先回りして、待ち伏せているのか?
「早くこの会社から逃げ……う?」
 急に体の力が抜けていくのを感じた。
 同時に頭がぼんやりしてきた。
 俺はひざをついた。
「……なんだ?」
 意識が遠くなっていく。
「逃げても無駄だと言っただろう。
 応接間で上原に渡したコーヒー。俺が睡眠薬を入れておいたんだ」
「久保田……おまえいったい……。これは……いったいどういう……」
「おまえのアパートに引っ越して来たのも、隣に住んで知人になったのも、鈴香を見せてその気にさせてプロテウスに連れて来たのも、すべておまえを拉致するための計画だったんだ。
 俺はこうするしかなかった……。
 もう、お前と会うことはないだろう。さらばだ。
 ……すまない……」
 俺の意識は消えた。

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