リサイクル彼女 ゆな
   作・JuJu


 ◆ 7 ◆

 次の日。
 おれは早めの昼食を取ると、自分の家を出た。
 自転車に乗ってとなり町のケーキ屋〈シエスタ〉に向かう。実はキャンディーブルー・スカイブルーで出されているケーキは、このシエスタで作られたものなのだ。すでに顔なじみなので、店に顔を覗かせただけでいつものようにケーキを渡される。
 三姉妹で経営しているキャンディーブルー・スカイブルーと似ていて、このシエスタという店も四姉妹で店を切り盛りしている。ケーキの味は絶品だが、店員の四姉妹が全員兎の耳のカチューシャをつけていたり、四姉妹の性格がそれぞれちょっと風変わりだったりするのだが、まあそんなことはケーキの出来さえ確かならばささいなことだ。

   *

 シエスタから戻ったおれは、喫茶店キャンディーブルー・スカイブルーの店内に入ってケーキを店の冷蔵ケースに見栄えよく並べた。そのあと母屋のゆなさんの部屋に入ると、彼女のぬいぐるみを着てウェイトレスの服を着た。鏡の前でしばらくゆなさんを観賞したあと店に戻る。
 喫茶店キャンディーブルー・スカイブルーの開店時間は午後一時からだ。
 ゆなさんの姿で、開店のための準備をする。今日からおれがゆなさんとしてここで働くのだ。三姉妹はちょくちょく店を空け、そのたびにおれが店を切り盛りしていた。その経験があるから、おれ一人でも店を回す自信はある。とはいうものの、やはり一人ではたいへんそうだ。まあ、儲けるつもりはないし、のんびりと店舗運営すればいいだろう。

   *

 そうこうしているうちに、開店時間になった。店の入り口にあるボタンを押すと、かすかな音をたてながらシャッターが上がっていく。おれは上がりつつあるシャッターをくぐって店の外に出ると、入り口に〈営業中〉と書かれたちいさな看板を立てかけた。
 開店してからすぐに入り口のドアが開き尊志が入店してきた。
「いらっしゃいませ、尊志さん」
 おれは店の奥にあるキッチンから声を掛ける。
「こんにちはゆなさん!」
 尊志は入り口ふきんで立ち止まると店内をキョロキョロと見渡してから、ふたたびこちらに向かって歩き出し、キッチンのそばにあるカウンターに座る。
「ゆなさん。アイスのダージリンと今日のケーキをお願いします」
「ありがとうございます」
 おれはゆなさんを演じながら、お冷やであるレモン果汁が入った水をテーブルに運ぶ。
「……慧一はバイトに来ていないのか」
 尊志がつぶやく。
 そのつぶやきを聞いておれは、(おまえが捜している慧一は、目の前にいるんだけどな)と内心でほくそ笑んだ。

   *

 紅茶を淹れる準備をしていると、尊志の独り言が耳に入る。
「慧一のやつ、はやく店に出てこないかな。まあ、ゆなさんでも観賞しながら、ゆっくりと待つとするか」
 やつの〈観賞しながら〉という言葉を聞いて、おれは電撃が走るような衝撃をうけた。さっきまで、ゆなさんに変身していることがばれない自信があった。だが、こうして実際に喫茶店に立ち、尊志に見られていると、急にその自信が崩れていくのを感じた。尊志がよく言っている〈美人三姉妹が店員なのが売り〉という言葉を、いま初めて〈実感〉した。美人店員であるゆなさんという存在自体がこの店の商品であり、これからおれは、数多くの客に〈観賞〉されるのだ。多くの人に見られるなかで、おれはゆなさんを演じきれるだろうか。
 ゆなさんの正体がおれであることがばれない自信の理由は、この店に来る客の誰一人として、ゆなさんたち三姉妹の正体をぬいぐるみだと気づかなかったからだ。それどころか、バイトとしていつもそばにいたおれでさえ、彼女たちがぬいぐるみだとは見抜けなかった。けれども、それは単にハムスター宇宙人の演技がうまかっただけかもしれない。おれに、誰にもばれないような演技ができるだろうか。
 ともあれ、相手が尊志なら、ゆなさんの正体がおれだとばれないか試す、いい相手かもしれない。万一見抜かれたとしても、相手が尊志ならばぬいぐるみの秘密を明かしてやってもいい。

   *

 おれは尊志のために紅茶を淹れた。
 着替えのときに体が動いたのと同じように、今回も体が自然に動いて、ゆなさんがしていたように紅茶が淹れられた。これでもう、おれの淹れた紅茶はまずいとは言わせない。
「おまたせしました。ダージリンと、ビワのシロップ漬けのケーキです」
 尊志はおれの淹れた紅茶を飲むと、「うん。うまい。やっぱりゆなさんの淹れた紅茶はうまい」と言った。

   *

 ジョウロで鉢植えの観葉植物に水をあげていると、体に熱い感覚をおぼえた。思わず振り返ると、カウンター席に座った尊志が目に入った。尊志の体がイスを回しておれの方を向いていたために、この感覚の原因が分かった。尊志は何もなかったようにそっぽを向いてごまかしているが、あいつがおれの体を、男のいやらしい視線でなで回すように見ていた様子がまざまざと想像できる。
 文句のひとつも言いたかったが、我慢した。おれもゆなさんのスタイルが気になって、たびたびゆなさんの体を盗み見していたことを思い出したからだ。
(とにかく試験は成功だ。毎日のようにゆなさんを〈観察〉し続けてきた尊志に気づかれていないのならば、他の客には絶対にばれはしないだろう。
 それにしても、宇宙人がくれたこのぬいぐるみはすごいな)
 ふたたび観葉植物に水をあたえながら、おれは思った。
(考えてみれば、尊志に『ゆなさんに向かって、お前が欲しいと言って見ろ』と挑発されたから、こんなにすごいぬいぐるみを手にいれることができたんだよな。そういう意味では、尊志のおかげといえるのかもな。それにもし、尊志がおれより先にゆなさんに告白していたら、いまごろは尊志がぬいぐるみをもらうことになっていたのかもしれない)
 いまも背後から、尊志がおれのことを見ている感覚を感じる。
(そんなにゆなさんの体を見たいのならば、ちょっとだけエッチなサービスをしてやるか。このぬいぐるみを手に入れるきっかけを作ってくれた、せめてもの礼だ)
 とはいえ、やりすぎて尊志に変な気を起こさせるわけにはいかない。尊志には悪いが、おれは男と恋人関係になる気はない。そこで、自然な感じを装いつつ尊志にサービスをできる方法はないか考えていると、ゆなさんの部屋のタンスにあった水着が頭に浮かんだ。
(そういえば、昨日ゆなさんの部屋を探索したとき、水着もたくさん見つけたな。そうだ! 尊志にゆなさんの水着姿を披露してやろう)
 そう思いついたおれは、店の奥にある店員用の更衣室に移動すると、ゆなさんのぬいぐるみを脱いで慧一に戻った。
 ウェイターの服を着て、店に戻るとカウンター席に座っている尊志に声を掛ける。
「尊志、来ていたのか」
「お、慧一。今日は店の奥でバイトなのか」
「今日だけじゃない。これからは、毎日ずーっと店の奥の勤務だ」
「そうかそうか、それは大変よいことだ。おれの助言がようやく実行に移されたわけだな。やはりこの店の売りは美人三姉妹だ。男はじゃまなだけだ」
 尊志は満足そうにうなづいている。
「それはそうと、慧一。昨日ゆなさんに告白するとおおみえをきっていたが、ほんとうに告白したのか? その答えが早く聞きたくて、いままでおまえが店に出てくるのを待っていたんだ」
 それで店に入ったとき、おれを捜していたのか。
「告白の話なんてどうでもいいだろ。そんなことより、明日、おれたちでプールに行かないか?」
「男二人でプールか。かまわないが、いまいち華やかさに欠ける提案だな」
「安心しろ、ゆなさんも一緒だ」
「おまえがゆなさんをプールに誘うなんて……。どこからそんな勇気が」
「えっと、それはだな……。うーん。
 ――そうだ! さっきの話の続きだが、実は昨日、ゆなさんに告白したんだ」
「して、結果は?」
「結果は、ふられはしなかったけれど、OKももらえなかった。それでも今まで以上にゆなさんとは親しくなれたと思う。
 それで、告白のあと、プールに行く約束をしたんだ」
「やるじゃないか。うらやましいなぁ」
「だから、こうしてプールにさそってやっているんじゃないか。なにしろおれが告白できたのは、尊志が背中を押してくれたからだからな。
 どうだ、一緒に行かないか? ゆなさんの水着姿が拝めるぞ?」
「ゆなさんの水着姿か! でかした慧一。やっぱり持つべきものは友だな」

   *

 そのあと、おれはふたたびゆなさんになって、喫茶店の仕事を続けた。
 閉店となり、ゆなさんになって始めての喫茶店の営業をぶじに終えたおれは、彼女の姿のまま母屋に戻った。階段を上り二階のゆなさんの部屋に入る。彼女の部屋にあるタンスを開け、何着もある水着を取り出して床に広げた。
 尊志とプールに行くことは決まった。あとはどんな水着を着るかだった。
 おれは床に座って、水着を手に取りひとつひとつ見くらべた。ワンピースの水着もあれば、ビキニの水着もあった。ハイレグや紐ビキニまで用意されている。こうして女物の水着を手にするのも、こんなにじっくりと見るのも初めてなのでちょっと照れる。
 ワンピース水着も魅力的だが、尊志にサービスするのが目的なので、できれは肌が多く出るビキニの水着を選びたい。ただし、紐ビキニのように布地の少ないようなものを着て、尊志に今まで以上につきまとわれるようになるのは困る。そんなふうに悩んだすえ、大胆すぎない生地のやや多めな、オーソドックスなビキニにした。スタイルのよいゆなさんのことだからこれでも充分に尊志の目の保養になるはずだ。

(つづく)







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