リサイクル彼女 ゆな
   作・JuJu


 ◆ 6 ◆

 おれは店の奥にある扉をみつめていた。彼女たちが日常生活を送っていた母屋に続く扉だ。おれも男だから、女性だけで暮らす家には興味があったし、ゆなさんたちの私生活も知りたかった。しかしおれは、いまだに一度も母屋には入ったことがなかった。そのわけは店には従業員用のトイレや更衣室、休憩室などが備え付けられていて、母屋まで入らなくてもバイトの活動に支障が出ないようになっていたこともあるし、また、ゆなさんたちの私生活まで足を踏み入れる勇気もなかったからだった。
 でもこれからは、彼女たちの暮らしていた母屋も含めてすべておれの物なのだ。そう思い、おれは母屋に入ることを決意した。なにしろおれはゆなさんなのだ。自分で自分の家に入るのだから、なんの問題もないはずだ。
 裸のままで向かってもよかったのだが、ゆなさんに申し訳ない気がしたので、服を着てから母屋に向かうことにした。腰を落として、ハムスターが床に脱ぎ捨てていったパンツをつかんだ。女もののパンツを手に持っていることだけも恥ずかしいが、それがさきほどまでゆなさんが履いていた脱ぎたてのパンツだと思うと、恥ずかしさが倍増した。照れながらパンツに足を通す。つぎにブラジャーをつかんだ。問題はこれだ。ブラジャーの着け方がわからなかった。今日のところはブラジャーをつけずにノーブラのままでもいいかもしれない、だがこれからもゆなさんに変身するとなると、いつまでもノーブラのままでいるわけにもいかない。そこで練習をかねて着けてみることにした。ブラジャーを胸の前に当てる。すると不思議なことに、指が勝手に動きだし、流れるように身に着けてしまった。さらにウェイトレスの制服も、女物の服にもかかわらず慣れた手つきで着ることができた。おそらくこのぬいぐるみは、宇宙人が地球での活動をしやすくするために、基本的な作業は自然に動くようにつくられているのだろう。この分ならば、化粧なども自然にできるに違いない。
 ウェイトレスの服を着終わったおれは、店の奥の扉を開けて母屋に入った。この家は三階建てのはずだったので、まずは一階を見て回ることにする。
 ゆなさんたちに出会ってから数ヶ月の間、入ることの許されないこの母屋に想いをはせてきたのだ。たとえ正体が宇宙人ハムスターだったとしても、美人三姉妹の住む家に期待をせずにはいられなかった。
 一階には居間や台所などがあった。和室の気配がないところをみると、どうやらこの家の間取りはすべて洋風で統一されているらしい。
 女性三人が暮らす家とはどんなものなのだろうと期待しながら回ったのだが、どこにでもありそうな何の変哲もない部屋だった。いや、変哲がないどころか、生活感がしないと言った方が正しい。家具や電化製品をはじめ、調度品など生活する上で必要な道具は一通り揃ってはいるものの、ほとんどの物が新品か、せいぜい一度だけ使った形跡がある程度だった。まるで人の住んでいることを演出するためにわざわざ用意されたような印象を受ける。たとえるならば、住宅展示場のモデルルームとか、映画の撮影のために用意された設備のような感じだ。いままで入ることができなかった女性三姉妹が暮らす母屋で、三姉妹のわたし生活をかいま見られるようなものを期待していただけに、この結果はあまりにも期待はずれだった。
 一階には彼女たちの部屋がなかったので、二階か三階にあるのだろう。一階をひと通り見たおれは、階段を上って二階に進んだ。
 階段を上がっていると胸の揺れを感じた。おれは自分の姿を確かめるように下を向いて、揺れている大きな胸をながめながら階段を上った。
(そうだ。おれは今ゆなさんなんだ。これからはゆなさんの部屋だっておれのものなんだ)
 あらためてそのことを確かめると、消沈していたおれの心は、ふたたび活気を取り戻した。
 二階に着くと、廊下には三つのドアが並んでいた。それぞれのドアには、彼女たちの名前が書かれたプレートがつるされている。一番手前が三女のりこちゃんの部屋。真ん中が次女のゆなさんの部屋で、一番奥が長女のあえかさんの部屋になっている。
 どの部屋から先に見るか迷ったが、やっぱりゆなさんの部屋が一番気になる。そこでおれは、真ん中にあるゆなさんの部屋のドアを開けた。廊下から部屋の中をのぞいて感じたのは、一通りの家具や小物ものはそろっているものの、生活感が感じられないということだった。一階を見て回ったときと同じように、まるで映画の舞台セットのようなのだ。
 部屋の中に入ると全身が映る大きな鏡を見つけた。おれは鏡の前に立つと自分の姿を映し出した。喫茶店のガラス窓で見たときはぼんやりと薄くしか見ることが出来なかったが、今度はゆなさんの姿をはっきりと見ることができた。
「……」
 おれは鏡の前で、ウェイトレスの制服のブラウスのボタンに手を掛けた。ぬいぐるみの効果で、女物の服にも関わらず自然にボタンをはずすことができた。スカートも脱ぐ。ブラジャーに手を伸ばすと、背中のホックをはずし簡単に脱ぐことができた。
 あらためて鏡を見ると、パンツだけになったゆなさんが、恥ずかしそうにこちらを見ている。
 おれは両手を胸に這わせた。胸を揉んだ後、おそるおそる指でゆなさんの乳首をつまむ。
「あんっ!」
 乳首から快感が走り、思わず口から色っぽい声が出てしまった。
 ゆなさんの胸は柔らかくて、それでいて適度な弾力があった。これはもうぬいぐるみとかではなく、ゆなさんの体そのものと言ってよかった。胸が本物の女性そっくりに作られ、女性としての快感を生むのだとしたら、下半身のあの部分も同じように、本物の女性そのものとして作られ、また女の快感を与えるはずだ。おれの興味と視線はパンツに隠された下半身に集中した。ぺらぺらのぬいぐるみ状態の時、ゆなさんの股間を見てその造形のリアルさと精巧さに驚いたが、そのぬいぐるみを着ているいま、あの股間がおれに付いているのだ。
 おれはパンツのゴムの部分に、親指をすべりこませた。
 喫茶店のガラス窓に映った姿ではぼんやりとしてよく見えなかったが、今度は女性の部分もはっきりと見ることができるだろう。そして、その女の部分は、おれに未知の快感をもたらしてくれるに違いない。
 あとはパンツを下ろすだけなのだが、その手は固まって動こうとはしない。
 頭では、ゆなさんの正体はぬいぐるみであり人間ではないと理解している。しかし、感情は別もので、ゆなさんはいまでもおれの憧れの人だ。どうしてもゆなさんに罪の意識を感じてしまう。
 おれの心の中でせめぎ合いがつづいた結果、結局あこがれの人を汚したくないという気持ちが勝った。
 おれはふたたび服を着ると、ゆなさんの部屋から廊下に出た。ゆなさんの部屋の扉に背中からもたれ掛かかりながら、大きな溜息をつく。
「はぁ……。おれって、いざとなると勇気がないんだよなぁ。ほんと、へたれだよなぁ」とゆなさんの声でぼやいた。

   *

 その後あえかさんとりこちゃんの部屋にも入ったが、やはり生活感のない、いかにも体裁だけ整えたような部屋だった。
 一階が三姉妹の共同空間。二階はそれぞれの個室。それでは三階にはなにがあるのだろうか。
 おれは階段を上り、三階に向かった。
 三階は、ちいさな踊り場にドアがひとつあるだけだった。ノブを回してみたが鍵が掛かっているらしく開かなかった。おれは今着ているウェイトレスの服のポケットに固い小さな物が入っていたことを思い出した。ポケットに手を入れて取り出してみると、それは小さな鍵だった。試しに目の前のドアの鍵穴に入れて回してみると、カチリと音が鳴り鍵が外れた。
 ドアを開けて中にはいると、一面、洋服だらけだった。どうやら三階は、大きな衣装部屋になっているらしい。ふだん街で見かけるような洋服のほかに、さまざまな職業の制服もあった。アクセサリーや小物やバッグや靴などもそろえてある。彼らは地球に来た理由が、地球人の生態観察とかいっていたから、いろんな場所に侵入できるように、さまざまな服を用意して置いたのだろう。さぼっていたのか、それとも使う機会がなかったのか、どれも着た形跡が見当たらない物ばかりだったが。
 調べてみると、ゆなさんに合うサイズの衣装は、スポーツ系のものが多めのだった。チアガール・テニスウェア・レオタード・ブルマーなどだ。あとは学校の制服も数種類あった。制服に合わせたローファーやスクールバッグなども用意してある。さらにリボンにカチューシャ、ヘアピンなどの小物もある。
 あえかさんのサイズにあった衣装は、色っぽいものが多い。ナースや婦警などの職業系の制服もある。ハイヒールやパンプスなどの靴も豊富だ。あとはネグリジェやベビードールなどの寝間着系が多いのも特徴だった。
 りこちゃんサイズの衣装は、子供っぽい物が多かった。とくにフリフリのドレスがいっぱいある。
 さら部屋の奥に進むと、三姉妹のサイズにあわせた、下着や水着を見つけた。ゆなさんの部屋のタンスにも下着や水着はあったが、それらはあたりさわりのないオーソドックスなものだった。ところがこの部屋にあるものは過激という言葉が似合いそうな、やたら露出度の高くてきわどいものばかりだ。さらには色仕掛けに使うためなのか、バニーガールやボンデージなどセクシーな衣装が置いてあった。驚いたのはそれぞれ三人分ずつ用意されていることだった。セクシーな水着も、バニーガールやボンデージなども、幼児体型のりこちゃんの分まで用意されているのだ。
 この部屋にある服が、すべておれのものだと思うと興奮してきた。これだけ服があれば、ゆなさんに、おれが着せたい服を着せることができる。
(そうだ、今日からこの衣装部屋の服は、すべておれの物なんだ。ゆなさんの部屋だって、おれの部屋なんだ。あえかさんの部屋もりこちゃんの部屋も、この家にあるものは全部おれのものなんだ)
 そのことに満足していたおれだったが、すでに夜が更けて、そろそろ家に帰らないとならない時間であることに気がついた。
 名残惜しかったが、おれはゆなさんのぬいぐるみを脱ぐことにした。
 階段を降りて、ゆなさんの部屋に戻る。
 鏡に背を向け、ウェイトレスの服を脱ぐ。
 ゆなさんの部屋の真ん中で、おれはハムスターがぬいぐるみを脱いだときの方法を思い出していた。
(たしか、背中に両手を当てて、左右に引っ張っていたな)
 おれは手を背中に当てると皮膚をつかみ、広げるように引っ張った。すると、驚くほど簡単にぬいぐるみは裂けた。首から腰まで縦一直線に切れ目が入ったのが感覚でわかった。
 おれはぬいぐるみから頭を抜くと、そのまま腕、足と脱いだ。
 手にしているぬいぐるみは、ふたたび、脱皮した皮のようになっている。
 おれはゆなさんのぬいぐるみをタンスにしまった。
 自分の服を着ながら、ゆなさんに変身したこと、あのハムスターの宇宙人の事件は事実だったこと、そして、今日からゆなさんたち三姉妹が自分の物だということに、あらためて満足を感じていた。
 明日から、おれとゆなさんの二重生活をはじめよう。ゆなさんとして喫茶店キャンディーブルー・スカイブルーに立つのだ。
 おれは、新たに始まるゆなさんとしての日々に期待を膨らませていた。

(つづく)





inserted by FC2 system