リサイクル彼女 ゆな 作・JuJu ◆ 4 ◆ ゆなさんの返事を待つあいだ、心臓の鼓動が騒がしく耳に響いていた。実際にはわずかな時間なのだろうが、おれには気が遠くなるほど長い時が流れている。 やがてゆなさんは驚いた表情を解くと、観念したようにおれを見つめながら溜め息を吐いた。 「驚いたわね。慧一くん、どこでわたしたちの秘密を知ったの? いいわ。いまからわたしは、あなたのものになります」 その言葉に、おれの体は硬直してしまった。 (いま、ゆなさんは『あなたのものになります』って言ったのか? 聞きまちがいとかじゃないだろうな) と、おれは思った。 「それじゃ、シャッターを締めてくるからちょっとまっててね。他の人に見られるわけにはいかないでしょ」 ゆなさんはそう言うと、店の入り口のそばまで歩いて壁際のボタンを押した。電動で動くシャッターが降りきて入り口と窓を塞ぐ。喫茶店キャンディーブルー・スカイブルーは二人だけの密室となる。ゆなさんは歩き回ってガラス窓の空色のカーテンを閉めると、おれの元に戻ってくる。 その間ずっと、おれは硬直したままだった。 「いま脱ぐから、まってて」 ゆなさんはそういって、おれのの目の前で服を脱ぎ始めた。 紐付きの浅靴(ストラップシューズ)を脱ぐ。腰に手を回しウェイトレスの制服のエプロンをはずす。腰のわきに両手を当ててスカートのファスナーを下ろしホックをはずした。スカートは重力に忠実に、脚を通して床に落ちる。ブラウスの垂れた裾に隠れた空色のパンツが、わずかに見え隠れしている。そのブラウスの裾からはガーターベルトが伸びていて、ふとももまでおおっている白いストッキングをつり上げていた。 彼女の指は休むことなく、今度は首もとに移動するとブラウスのボタンをはずした。指が滑るように下降し、えりもとから胸そしてお腹へと、ボタンを次々とはずしていく。すべてのボタンがはずされたブラウスは前開きになり、その縦の隙間から空色のブラジャーとお揃いの空色のパンツ、そして白い肌が覗く。 「ゆなさん!! いったい、なにを!?」 わずかに正気を取り戻したおれは、声をしぼり出す。 ゆなさんはブラジャーとパンツ、ストッキングとガーターベルト、それらを一枚の薄いブラウスで隠しただけという姿でおれの目の前に立っていた。しかもそのブラウスは開かれていて中のブラジャーやパンツが見えている。 彼女はあきれたような顔つきでおれを見つめながら言った。 「なにをって……。わたしの体がほしいって言ったのは、慧一くんでしょう?」 そう言うとゆなさんは、ためらいもなく両手でブラウスを開いて床に脱ぎ捨ててしまった。 「確かにそういったのはおれですけれど。いや、そうじゃなくて。やっぱりこういうことはちゃんと順番に段階を踏むべきで、もちろんおれは飛ばしても全然OKですけれど。いやいや、やっぱりいきなりはまずいですよ!」 動転していたおれは、自分でもなにを言っているのか要領を得ない返答をする。 と、そこに、ゆなさんの背後にある、母屋に通じているドアが開いた。 「ゆなおねえちゃん、準備は整ったよ」 「これでいつでも出発できますわ」 そう言いながら、ウェイトレスの制服姿のりこちゃんとあえかさんが店内に入って来た。 彼女たちは下着姿のゆなさんに気がつくと目を見張らせて立ち止まった。それはそうだろう。自分の姉妹が半裸姿で男の前に立っているのだ。この状況を見て驚かないほうがどうかしている。 「こ、こ、これはですね……」 おれは弁解をこころみようとしたが、頭が回らない。いや、たとえ頭が回ったとしても、こんな場面でいう言葉などおれには思いつかないだろう。 しかしゆなさんは落ちついたもので、彼女らが入ってきたことに気がつくと「わたしの体を慧一くんにあげることにしたの」と冷静に言った。 (なんてことを口ばしってるんですか、ゆなさん!) おれは心の中で悲鳴を上げた。このあと起こる修羅場を予想すると、いますぐ逃げ出したい気持ちになる。 ところが事態は意外な方向に進みはじめた。あえかさんとりこちゃんは、『わたしの体を慧一くんにあげることにしたの』というゆなさんの言葉を聞くと、驚いていた顔を真剣な表情にあらため、すべてを理解したように頷いた。 「なるほど、そういうことでしたの」 あえかさんが言う。 さすが血を分けた姉妹だけはある。あの短い言葉でこの状況が伝わったらしい。 どうやら思いのほかあっさりと修羅場は回避されて、おれとゆなさんがエッチをすることは姉妹公認になったらしい。エッチをすることの姉妹の承認というのもおかしな話だが、ゆなさんとつきあうための障害が低くなるのはおれにとって悪いことはない。 このあと、あえかさんとりこちゃんは、かすかな羞恥心ただよわせながら、「がんばってね」などというセリフを残して、気をきかせてそそくさとここから立ち去るものだと思っていた。ところが長女と三女のふたりは近づいてくると、ゆなさんの両脇に立った。 「そういうことならば、わたしたちの体も一緒に受け取って欲しいですわ」 「うん。この体をお兄ちゃんにあげるの、あたしも賛成だよ。だってお兄ちゃんなら信用できるもの」 意見をとりまとめるように、ゆなさんが言った。 「それじゃ、あたしたち三姉妹の体を慧一くんにあげることで全員異議はないわねね」 あえかさんとりこちゃんはその言葉にうなづくと、手早くウェイトレスの制服を脱ぎ始める。 「えっ? ええ〜っ?」 驚いているおれの目の前で、あえかさんとりこちゃんは下着姿になった。 純白のお子さまな下着を着けている三女のりこちゃん。黒いセクシーな下着の長女のあえかさん。ふたりとも、ゆなさんと同じように、白いストッキングをガーターベルトで吊している。 三姉妹がそろって下着姿になりおれの目の前で横一列に並んでいた。彼女たちは、誰ひとり恥ずかしがるわけでもなく、おれの目の前で平然と立っている。この状況で考えられることはただひとつ。ゆなさんに、あえかさんとりこちゃんを加えた三姉妹がそろっておれのエッチの相手をしてくれるハーレム状態だということだ。正直うれしい状況ではあるが、さすがにこれはあまりにも性急すぎる。 「ちょっとまってください! こんなこと、いきなりすぎますよ!」 「慧一おにいちゃん、わたしたちの体欲しくないの?」 「理由は理解出来ませんが、もしかしてわたしたちの体をさし上げるのに、今日では都合が悪いのですか? しかしわたしたちは、今夜旅立つのです。時間がないのです」 「そういうこと。さ、みんな、急いで脱いでしまいましょう!」 ゆなさんがそういうと、美人三姉妹はストッキングを脱ぎガーターベルトをはずし、最終防衛ラインであるその下着さえも、とまどいもなく脱ぎ捨ててしまった。 全裸になった美人三姉妹が、自分のスタイルを自慢するように背筋を伸ばし、わずかにほほえみながら、おれの前で横一列に並んでいる。三人の瞳がおれに集中する。目のやり所にこまるという言葉があるが、まさにその状況だった。女性三人に堂々と裸で立たれると、この場にいることがいたたまれなくなってしまう。 「どうです? わたしたちはなかなか見事なスタイルをしているでしょう。慧一さんにも満足してもらえるはずです」 三姉妹を代表するように、長女のあえかさんが言う。 それから三人は互いにアイコンタクトを取ると、小さくうなずきあう。彼女らはそろっておれに背を向けると、ブラジャーを脱ぐ時のように両腕を背中の後ろに回した。そして背中の皮をつかむと、勢いよく左右にひっぱった。彼女たちの背中の皮が背骨のあたりから引き裂かれる。彼女たちは手を休めず、さらに背中の皮を左右に広げた。引き裂かれた箇所は広がり、亀裂は首から背筋を通り腰まで伸びた。背中を引き裂かれ皮のようなった彼女たち中から、まるでさなぎを割って孵化する蝶のように、毛むくじゃらな生物が出てきた。 息を飲むおれの目の前に、身長三十センチほどの大きさの、三匹の毛むくじゃらの生物が後ろ足で立っていた。 「ハムスター!?」 おれは目を疑った。 毛むくじゃらの生物だと思っていたのは、よく見れば巨大なハムスターだった。 いったい何が起こったのか。おれは理解ができずにいた。 目の前には、ばかでかいハムスターが立っている。そしてハムスターの足元には、ゆなさんたち三姉妹の皮が無造作に脱ぎ捨てられている。 「ふーっ。元の姿にもどれたのは何ヶ月ぶりでしょうか」 「地球人になりきるために、この星に来てからずっと人間になっていたからね」 「やっぱり本来の体が一番でちゅね」 ハムスターたちが言う。 言葉が響くたびに、ハムスターの口が動くので、この声の主はハムスターだと言う事はわかる。りこちゃんの声も子供らしい高い声だったが、ハムスターたちの声はさらに高く、甲高いという言葉がピッタリだった。 「あれ? 正体がばれたのって、もしかしておれの勘違いだったとか?」 ゆなさんだったらしいハムスターが、おれを見つめながら首をかしげる。 「おれはてっきり、ぬいぐるみの秘密をかぎつけられたと思っていたのに」 おれはようやく声を上げた。 「ぬいぐるみってなんのはなしだ? って言うか、『おれ』って――おまえたちオスなのか?」 「ん〜なるほど。どうやらこれは、ちゃんと説明しなければならないようですね」 「あんまり時間がないのに〜」 そして三匹を代表するようにあえかハムスターが一歩前に出る。 「はからずもこのような形で正体をあらわにすることになりましたが、わたしたちはキャンディーブルー・スカイブルー星の研究員です。あなたから見れば宇宙人というやつです。調査の為に地球に来ました。それで地球人に警戒されないように、こうして地球人に変身してその生態を観察していたのです。あ、安心してください。あくまでわたしたちの目的は観察です。地球人の生態を乱すようなことはしませんから」 「ぼくたちが着ていたこれは、地球人に変装するためのぬいぐるみなのでちゅ」 りこハムスターが足下にあったりこちゃんの皮をつまみ上げるとおれに見せた。 「ぬいぐるみ……? それじゃ、三姉妹の正体はぬいぐるみで、中にはハムスターみたいな宇宙人が入っていたというのか」 いま目の当たりにしたことを、確かめるために言葉として話す。まるで信じられない話だ。だが、目の前でぬいぐるみを脱ぐ瞬間を見てしまった以上、信じないわけにはいかなかった。 「つまりこれは、おれたちが野生動物を観察するときに、体に動物の毛皮をまとって擬態をするのと同じことか」 なるほど、こんなに精巧なぬいぐるみを作れる彼らから見れば、地球人の文明など動物と同等なのかもしれない。動物扱いされるのは、ちょっと気にくわないが。 「それで、本部にだいたいの調査が終わったと報告しましたら、ただちに帰還せよと命令が来まして。後もう少し、地球人を観察していたかったのですが」 「星に帰ったあとは、今度はヨワーウ・スオチ星とンダカ・メカメ星の生態観察だそうでちゅよ」 「休みもなく、次の星か……。あいかわらず人使いが荒いなぁ。でも、慧一のおかげでぬいぐるみを処分する手間が省けて助かったよ」 「ええ。これはわたしの作ったぬいぐるみの中でも、すこぶるすばらしい出来ばえでしたから、このまま廃棄処分してしまうにはおしかったのです。慧一さんが再利用してくれるならうれしいですよ。あなたなら大切に有効利用してくれそうですし」 「うん。このぬいぐるみは良くできているでちゅ。これならば地球人にはぬいぐるみとは絶対にばれないはずでちゅよ。自信あり」 「まったく、最近はゴミを捨てるのも大変だよな。このぬいぐるみは特殊な布を使っているから、回収日は年に二回の第一第三銀曜日だけだし。しかも三十センモ以内に裁断して束ねて捨てろとか、色々うるさくてさ」 「だからぼくは、ゲア=ラカンモーレ星あたりに捨てていっちゃおうって提案したんでちゅよ」 「不法投棄はいけませんよ。そんなことをして、ばれたら後が大変です」 ゆなハムスターがおれを見た。 「そうだ! ついでに、この店と家ももらってくれるとありがたいんだけれどな。この家と店はこのままここに捨てていくつもりだったけれど、慧一がもらってくれるのならば、おれたちも助かる。 おれたちがいなくなって失踪事件とか騒がれたところで、地球人におれたちの正体がばれるとは思えないけれど、出来うるかぎり生態を乱すなって上からきつく言われているし」 その時、庭から電子音が聞こえた。 「うひゃぁ! まずいでちゅまずいでちゅ! そろそろ出発時間でちゅ!」 「時間厳守ですよ! みなさん、いそぎましょう」 四つんばいになり、あわてて庭に向かって走るハムスターたちを追って、おれも庭に急ぐ。 庭には、水色に光輝く球体が地上一メートルくらいの空中に浮かんでいた。 四つんばいだったハムスターたちは、光を背に後ろ足で立ち上がる。 振り向くと言った。 「それでは、なごりはつきませんがお別れの時です。わたしたちはキャンディーブルー・スカイブルー星に帰還いたします。大変有意義な時間をありがとうございました」 「じゃあな慧一。おまえとすごせた日々、けっこう楽しかったぜ。たぶんもう会えることはないとおもうが、もしも万一近くに来ることがあれば必ず地球による。その時はまたつきあってくれよな」 「いままでめぐった星のなかで、ここが一番愉快だったでちゅ。それじゃ、バイバイでちゅ〜」 そう言うと、ハムスターたちはふたたび光の方に向き、大きく跳ねて次々と光の中に飛び込んでいった。光は一段と明るく輝いたあと上昇をはじめ、ものすごい早さで空を抜けて消えていってしまった。 ハムスター宇宙人の乗ったUFOらしきものが空に飛び立って見えなくなってからも、おれはしばらくの間、喫茶店の庭で空を見上げながらぼうぜんとしていた。 いまだに、すべてのことが信じられなかった。 おれはゆなさんに告白をした。すると、ゆなさんたち三姉妹が服を脱いで裸になり、さらにゆなさんたちの体の中からハムスターが現れた。ハムスターたちは、自分たちは宇宙人だといい、この三姉妹は地球で活動するための変身用のぬいぐるみだと言った。そして、地球を出ていくことになったのでぬいぐるみは不要になった。そこで喫茶店の家と一緒に、三姉妹のぬいぐるみをおれにくれると言って、ハムスターたちは宇宙に消えていった。 あたまの中で今までの出来事を整理してみたが、やはり信じられなかった。 (つづく) |