リサイクル彼女 ゆな 作・JuJu ◆ 3 ◆ 七月の始め。 三姉妹の喫茶店は開店から三ヶ月たち、開店当時の熱狂は冷めつつあった。茶葉も茶器も味もインテリアもすべてが申し分のない店だが、その分価格の方も相応に高級で、ほんとうに紅茶が好きな人以外はほとんどこなくなった。そんなわけで来客の数も落ちつきを見せ、店は三姉妹たちだけで充分きり回せるようになっていた。それでもおれは、暇を見てはこの店に手伝いに来ていた。その訳は、ゆなさんのそばにいることができる権利をそう簡単に手放したくなかったからというのは言うまでもないが、もうひとつの理由として、じつは喫茶店の店員をすることにおもしろみを見出していたからだ。ゆなさんの淹れた紅茶をこころからおいしそうに飲む客を見ていて、いつしかおれもうまい紅茶を淹れて人に喜ばれたいと思うようになっていた。 * 「慧一さん、夏休みの間この店でバイトをする気はありませんか?」 おれの気持ちを知ってかしらずか、店主(オーナー)である長女のあえかさんが、そう持ちかけてきた。 「いままでのようなお手伝いではなく、正式にアルバイトとして時間を決めて働いてほしいの。 実はわたしたちは喫茶店経営の他にも、しなければならないことがあって、ときどき店を抜けなければならないのです。そんなときに慧一さんがいてくれれば助かるのですが」 「いいわね。慧一くんはよく働いてくれるし。正式に店員になってくれれば、わたしたちも安心して店をまかせられるしね」 ゆなさんが言葉をつなぐ。ゆなさんに良いところを見せたくて今までがんばってきたので、よい評価をうけるのは悪い気はしない。 「慧一お兄ちゃんはお隣さんだから、急にお客さんがいっぱい来たときなんかにも、すぐに呼び出せるしね」 三女のりこがよけいなことを言う。 返事は決まっていた。ゆなさんのそばにいたいがために、今日まで手伝いという名目で喫茶店におしかけていたのだ。それが公認となればこの上ない話だ。こうしておれは、喫茶店キャンディーブルー・スカイブルーでバイトするようになった。 晴れてキャンディーブルー・スカイブルーのバイト店員になったおれだったが、三姉妹が喫茶店のことなどほったらかしでやたらと外出をくり返すのには閉口した。たしかにここのバイトをするにあたってそのようなことを聞いてはいたが、日々一人と二人と抜けるのだ。三姉妹全員という日も少なくはない。そんなときは、店のすべてをおれに任せて出掛けてしまう。 彼女らがどこで何をしているのか気になったが、さすがにそれを聞くのは野暮ってものだから聞いていない。そのことが逆鱗に触れてせっかく得た美人三姉妹の店でバイトできる立場を失いたくもなかった。ただ、彼女たちの会話に聞き耳を立ててさぐった様子から、どうやら市場調査みたいなことをしているらしいことは推測できた。こんな地域密着型個人経営の小さい喫茶店なんだからそんなことまでする必要はないと思うのだが、今は小さくともいずれは全国経営をするような上場一部巨大チェーン店の展開を目標としているのだろうか。大きな夢を見るのもけっこうだが、そのことで店をおれ一人にまかせるのはやめてもらいたい。たかがバイト風情に役割を押しつけすぎだ。おかげですっかり一人だけで店を回せるまでになってしまった。 * ― ―― ――― 「――それで、ゆなさんへの告白はどうなったんだ?」 この店ができた当時の思い出に浸っていたおれは、カウンター席に座っている尊志が呼ぶ声で、物思いからさめた。 「ん? なにか言ったか?」 「さっきから尋ねているだろう。だから、ゆなさんへの愛の告白はもうしたのかと聞いておるのだ。おまえが『ゆなさんに告白するぞ〜』などという果敢な宣言をしてから、今日でちょうど一ヶ月だ」 「一ヶ月? もうそんなに経つのか!」 おれは軽く叫んだ。 尊志はこの店に来てゆなさんを見てから、彼女にひとめぼれをした。そしておれもゆなさんにあこがれている。つまりおれと尊志は、友人であると同時にゆなさんをめぐっての恋敵(ライバル)だった。そのためおれはライバルに先行するべく、ゆなさんに告白することを尊志に宣言した。あれから一ヶ月。機会を見ては告白しようと思いつつ、結局告白なんてできずじまいでいた。 「まだしていない。というのは……ええっと……やっぱり抜け駆けはいけないと考え直したからなんだ。だからお前に、先に告白する権利を譲るよ」 「おれはまだ告白する勇気がでそうにない。今しばらくはゆなさんを遠くからながめながら、彼女が淹れてくれた紅茶を飲んでいるだけで満足だ。ゆなさんが淹れるお茶はおまえの淹れたお茶と違ってうまいしな」 尊志は涼しい顔で応える。 「し、しかしだな。もしもおれがゆなさんに告白して、万が一にもOKされたらどうするんだ?」 「それはありえない。なぜなら、おまえには『おれの恋人になってください』と言えるほどの度胸はない。せいぜい『まずは友達としてつき合ってください』というのが関の山だろう。そこでゆなさんがOKを出しても、友達の関係ならば後攻めのおれにも充分勝つ見込みはある」 「追いついて見せるってわけか」 「追い抜く、だ。もっともおれたちのどちらかが、ゆなさんのお眼鏡にかなうことかできたらばの話だがな」 「それはそうだが――しかしお前だって、このまま紅茶ばかり飲んでいても、何の進展もないだろう」 「貴様とて、ウェイターになって彼女に近づいたものの、その後の進展がないじゃないか」 尊志はあごを上げ、見下すような目つきでおれを見すえた。 「さきほどの『おれに気を使った』というのも方便で、実際にはこの一ヶ月勇気が出なくて切り出せなかったのだろう? このへたれが……と言いたいところだが、貴様の気持ちは痛いほど分かる。なにしろ相手はゆなさんだ。おれたちでは、どう考えても釣り合う相手ではない。 だがな慧一、だからこそここで男気を見せてみろ。ゆなさんにあこがれる者同士の尖兵として、切り込んで、派手に散ってみろ。どうせ玉砕するなら、ゆなさんに向かって『おれのものになれ』くらいのことを言ってみせろ」 「勝手なことばかり言うな。そんなセリフ言えるわけがないだろう。だいたいそこまでいうなら、お前が告白すれば――」 と、そこまで口にしたとき、背後にある母屋の扉が開く音がした。ふりかえると、ウェイトレス姿のゆなさんが店に入って来るところだった。 「今帰ったわ。お店の方ありがとう」 「あ、ゆなさん、お帰りなさい」 おれはゆなさんを見た。白と黒を基調としたシンプルなウェイトレスの制服だったが、大きくせり上がった胸がおれの目を奪う。視線を下ろすと、腰は服の上からわかるほど細くくびれていて、やや短めのスカートから伸びる足はみごとな脚線美をほこっている。何度見ても飽きない。ゆなさんこそ、まさにおれの理想だ。 「あら? 尊志さん、いらっしゃい」 ゆなさんはカウンター席にいる尊志を見つけると、営業用の笑顔を見せる。 「こんにちは、ゆなさん!」 尊志の奴、ゆなさんが現れたとたんに、これ以上ないほどの笑顔になりやがる。 「お兄ちゃん、ただいまぁ」 「慧一さん、お店番ありがとうございました」 さらにウェイトレス姿のあえかさんとりこちゃんも入って来た。 あえかさんは、今日も色っぽい大人の女の魅力をふりまいている。ゆなさんも胸が大きい方だろうが、あえかさんの胸はそれをはるかに超える。いやらしい目で見てはいけないと思っていても、日本人離れした桁違いの大きさの胸が揺れると、ついつい自然と胸に目がいってしまう。 りこちゃんはあいかわらず幼児体型で童顔で、人形のようなかわいらしさがある。子供なのは体つきだけではなく、性格も甘えん坊な所がある。 店にいる客は尊志ひとり。その尊志に対して、美人三姉妹が接客しているのだ。尊志のスケベな顔が、ますますだらしなくなる。そしてときおりおれを睨(ね)め付けるやつの目が(これでここに男が混じっていなければ最高なのだが。慧一め、店の奥の洗い場にでも行け)と言っていた。 そこでおれは、ゆなさんたちに向かって「ここはおれひとりで充分ですから、休んでいて下さい」と言った。 「そう? 実は調べてきたことをまとめなくちゃならないのよ」 「それではここは慧一さんのお言葉に甘えさせていただきますね」 「お兄ちゃん、あとはよろしくねー」 三姉妹が母屋に帰った後、尊志がうらめしそうに言う。 「慧一、おまえという奴は……」 「おまえ、心の中でおれが消えればいいと念じていただろう。だめだぜ、ゆなさんのひとりじめは」 「ふん」 尊志は不満そうに鼻を鳴らすと、すでに氷の溶けた紅茶をすすった。 * その日の夜。午後九時。 この時間帯になると、住宅街のこの付近は人通りがほとんどなくなる。 おれは入り口に閉店のふだをつるした。ゆなさんは店の後片付けを始めている。そしていつもこの時間が来るたびに、今日こそゆなさんに告白するぞと意気込んでは、結局なんの行動もできずにいた。だが今日は違う。昼間、尊志にあんなことを言われたのだ。尊志の鼻をあかすためにも今日こそは告白しないわけにはいかない。 「あ、あの。ゆなさん」 おれは、レジで硬貨を数えているゆなさんを呼んだ。 「ん? なあに?」 ゆなさんが顔をあげておれを見る。 「えっと……あの……。――やっぱりなんでもないです」 だめだ。言えない。二人っきりの空間で、互いに見つめ合っている状態で、愛の告白をするような勇気はおれにはない。 おれは自分のふがいなさにあきれながら、皿洗いでもするためにキッチンに向かって歩きだした。 「そうだ慧一くん。とっても大切なお話があるの」 「はい?」 ゆなさんを見ると、彼女は真剣な表情でおれを見つめている。まさかとは思うが、ゆなさんの方から愛の告白をされるのか? 「今日でこのお店を閉めます。だから、慧一さんともお別れです。いままで、このお店でアルバイトしてくれて本当にありがとう。 おそらく慧一さんとは、もう会うことはないでしょう」 「え!? ち、ちょっとまってください。どうして急にお店を閉めるんですか? 失礼な質問ですけれど、あまり儲かっていないとか……」 「理由? さっき上層部から帰還するように命令があったの」 (上層部? 帰還の命令? ……親から故郷に帰って来いとか、そんな感じか) 喫茶店がいきなり店じまいになることも驚いたが、もうゆなさんに会えなくなることの方がおれにとっては大事件だった。 (告白するなら、いましかない) このままでは、告白すると言っておきながら結局最後まで出来なかったと、尊志にこれからずっとからかわれ続けることになる。いや、尊志にからかわれるのはいい。だが、いま告白しなければおれは生涯後悔する。 「ゆなさん、聞いて欲しいことがあるんです」 おれはたたずまいを正した。それから、『将来つき合うことを前提に、おれと友達になってください』と言おうとして、尊志の言葉が脳裏に蘇った。 〈おまえには『おれの恋人になってください』と言えるほどの度胸はない。せいぜい『まずは友達としてつき合ってください』というのが関の山だろう〉 まるで尊志に、告白の展開を読まれているような気がした。 〈だがな慧一、だからこそここで男気を見せてみろ。ゆなさんにあこがれる者同士の尖兵として、切り込んで、派手に散ってみろ。どうせ玉砕するなら、ゆなさんに向かって『おれのものになれ』くらいのことを言ってみせろ〉 ふたたび尊志の言葉が思い出される。そんなことは絶対に言えないだろうと、嘲笑している姿も蘇った。まったくしゃくにさわる。尊志の期待をうらぎるためにも、ここは意を決して、おまえが欲しいと言ってみよう。ゆなさんに、おれのものになって欲しいと。 それに、ゆなさんは、もう会うことはないと言った。ということは、それほど遠い故郷に帰るのだろう。そして二度とこの場所に戻ってこないのかもしれない。そんな状況で、友達になってもらってどうするというんだ。それほど遠く離れていては、友達から恋人に進展させるなんて不可能に近い。 となれば、ここは恋人になってほしいと言うしか他はない。もはや、恋人になれるか、振られるか、その二通りしかない。 おれは、精一杯の勇気を振り絞って口を開いた。体がが震えるのがわかる。それでもかまわず、おれは声を発した。 「ゆなさん。あなたが好きです。 あなたが欲しい。 あなたと一緒に暮らしたいんだ。 ゆなさん。おれのものになって下さい」 それを聞いたとたゆなさんは、目を見開いておどろき、おれを見つめつづけた。 (つづく) |