リサイクル彼女 ゆな
   作・JuJu


 ◆ 2 ◆

 話は今年の四月はじめまでさかのぼる。

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「う〜……さみ」
 あまりの寒さに目をさませたおれは、うめきながら目覚まし時計を確かめた。セットしておいた時刻よりも二時間も早い。
 今朝に限ってどうしてこんなに寒いのかと疑問に思ったおれは、原因を探求すべくふとんから上半身を起こし、寝ぼけまなこで部屋をぐるりと見渡した。すると、窓が開けっ放しになっていることに気がついた。そういえば昨日の夜は春だというのにどういったわけか初夏を思わせるような蒸し暑さで、窓を開けはなったまま毛布も掛けないで寝たのだった。寝ている間に気温は平年通りに戻ったらしい。
「どうりで寒いわけだ」
 おれはふとんから立ち上がるとおぼつかない足取りで窓を閉め、押し入れから毛布と掛けぶとんを取り出し、ふたたびふとんまで戻ってくる。横になり、寝具を頭までかぶる。
 中途半端なときに起こされ、熟睡もできないままうとうとと二度寝をしていると、目覚ましのアラームが鳴った。できることならばこのまま昼まで眠っていたいところだが、今日は晴れて高校二年生になった始業式の日だ。後輩への体裁もあるし、初日から遅刻するわけにはいかない。
 そのうえ、体を冷やしてしまったためか尿意に襲われていた。
「トイレ、トイレ」
 おれはのろのろとふとんから抜け出ると、部屋のドアを開けて廊下に出た。
「……ん?」
 奇妙なことに、北向きとはいえいつもならば明るいはずの廊下が今日にかぎって薄暗い。不思議に思いながら窓の外に目をやると、そこには一面壁がそそり立っていた。
 よくよく見るとそれは家の外壁だった。おれはその家を凝視した。なぜならその場所は、昨日の夜まで空き地だった場所だからだ。ところがなんと、目が覚めたら家が建っていたのだ。ねぼけているのかと思い目をこすった。しかし何度目をこすっても、家は依然としてそこに鎮座している。昨日まで、たしかにこの場所は空き地だった。いままで毎日ここを通るたびに見ていたのだから間違うはずがない。
 謎の家を見に行きたい好奇心にかられたが、おれにはそんな時間の余裕はなかった。なにしろ両親は一週間の旅行中だ。いまこの家を守っているのはおれ一人なのだ。朝食を初めとしたさまざまな朝の準備が最優先事項だった。

   *

 ピンポ〜ン。
 台所をかけまわって朝食の準備をしていると、玄関のチャイムが鳴った。
(この朝の忙しいときに誰だ)
 などと内心で毒づきながら玄関のドアを開けると、そこにはものすごい美人が立っていた。歳は二十代半ばといったところか。
「おはようございます。となりに引っ越してきましたあえかと申します。このたび『キャンディーブルー・スカイブルー』という喫茶店を始めることになりました。飲食店なのでなにかとご迷惑をおかけすると思いますが、よろしくおねがいしますね」
 するとあえかさんと名乗る女性の後ろから別の女の子があらわれた。こちらはおれよりもわずかに年上だから大学生くらいだろうか。
「わたしはゆなといいます。あ、これ、お近づきのしるしです……」
 ゆなさんは、ケーキが入っているらしいお菓子の紙箱を手渡ししてきた。
(ゆな……さんか)
 まさにおれの好みにぴったりと合った、理想の女性だった。おれは彼女の名前と顔を心に深く刻み込んだ。
 さらに、もう一人女の子が玄関に入ってくる。こんどはおれよりも年下で、中学生くらいの子だった。見た目が幼い感じなので、小学生といっても通じてしまいそうだ。
「今日からよろしくね、お兄ちゃん」
 くったくのない、可愛らしい顔で笑いかける。
 おれの家の狭い玄関は、三姉妹でいっぱいになった。
「あ……いえ……その……、えっと……よろしく」
 美人三姉妹に押し掛けられ、おれはだらしない返事をしながらわずかに頭を下げるのが精一杯だった。
 すっかりのぼせてしまったおれは、美人三姉妹が帰った後も玄関でぼんやりと立ちつくしていた。その結果、気がつけば学校の始業式に遅刻しそうな時刻になっていた。
 あわてて登校の準備をし、調理をする時間が惜しいのでいただいたケーキを朝食がわりにほおばった。
 玄関から出ると自転車のサドルにまたがり、渾身(こんしん)をこめてペダルを踏む。一途、学校への道を走った。
 遅刻しそうだというのに、おれの頭の中は先ほど会った三姉妹のことでいっぱいだった。美人三姉妹が隣に引っ越してきた。彼女たちがはじめたという喫茶店。そしてわずか一夜にして建てられた住宅。気にかかることばかりだ。好奇心を抑えきれない。時間がないことは承知していたが、おれは自転車をUターンさせて今来た道を戻った。
 勢いづきすぎておもわず通り過ぎそうになってしまい、あわてて隣の家の前でハンドルのブレーキレバーをつかむ。自転車は前のめりに急停車した。アスファルトに足をつき、隣に急造した喫茶店をながめた。一晩で出来た家だしどうせバラックのような安普請(やすぶしん)だとおもっていたら、これがなんと洋風の立派でおしゃれな喫茶店だった。三階建てで一階が店舗になっている。
「スゲー……」
 一夜にしてここまでの物を建てるとは、最近の建築技術はすごいものなんだなと心底感心せずにはいられなかった。

   *

 自転車を漕ぎつづけたかいがあり、どうにか遅刻する前に学校に着いた。おれは肩で息をしながら、予鈴(よれい)とともに教室の引き戸をあけた。どうにか始業式には間に合ったものの、その代償として朝から大量の汗をかいてしまい、肌着が体にまとわりついて気持ちがわるい。
 教室に入ると、だれがどこからかぎつけたのか、今朝いきなり建った三姉妹の喫茶店の話題でもちきりだった。
「あっ、慧一くん?」
 クラスメイトの女子生徒のひとりが教室に入ってきたおれに気がついてつぶやいた。その後も自分の席に向かって歩いているおれをじっと見つめている。
「なんだよ……?」
「今日突然できた喫茶店って、慧一くんの家の近くじゃなかったっけ?」
 会話を耳にし、クラス全員の視線がおれに集まる。
「ああそのことか。その喫茶店なら、おれの家の隣だ」
 おれはうなづきながら自分の席に座る。
「今朝、住人が引っ越しのあいさつに来た。ものすごい美人だ」
 それを聞いたクラスメイトたちの熱気が一気に高まる。
 その中でも、とびきり大きな声で聞き返してきたのは尊志だった。
「慧一、それは本当か?」
「すぐにばれるような嘘をついても仕方ないだろう。しかも、三人姉妹だ。みんな美人だぞ」
 男子生徒全員が歓声を上げる。
「おれ、授業をさぼって今からその喫茶店に行ってみようかな」
「ふっ。君、ぬけがけはずるいな。ここはぼくにまかせたまえ」
 クラスメイトたちのざわめきに、おれはあきれた声で言う。
「喫茶店のシャッターは閉まっていた。
 と言うかちょっとは常識で考えてみろ。今日引っ越してきたんだぞ? そんな急に店を開けられるわけがないだろう」
「ちっ。それもそうか。いまごろは、ひっこしの荷物のかたづけに追われているかもな」
「おれも早く、その美人三姉妹を見てみたいな。おまえってあんがい面食いだからな。おまえが美人というのならば間違いがない」
 そんなクラスメイトたちに向かって、おれが言葉を続ける。
「店内を見ることは出来なかったが、外観はなかなかおしゃれな店だ。かんばんを見ると、どうやら紅茶の専門店らしい。引越祝いにケーキをもらったが、それもなかなかうまかったぞ」
 それを聞いて、今度は女子たちが親しい友達に向かって今度行って見ようとか騒がしくしゃべりだす。
「うむ。うまいケーキに美人三姉妹か……。うむうむ。これはぜひ足を運ばなければなるまいな……」
 甘党の尊志がおれの隣で、壁に背を預けて立ち、静かに目をつむって神妙そうに頷きながら、そんなことをつぶやいていた。

   *

 それから数日がたち、うわさの喫茶店が開店する日になった。そしてその日は、あまりの客の多さに三姉妹は忙殺されることとなった。初日ということもあり、ある程度の忙しさは想定していたのだろうが実際はそれをはるかに超えるほどの繁盛ぶりだった。なにしろ本来の客に加えて、おれの学校の生徒が群をなして押し寄せたのだから大変だ。どうやらおれの話がうわさとなり、クラスからクラスへと全校に広がって、ほぼ全生徒がここに集結したらしい。
 そこでおれは「隣のよしみ」と申し出て店の手伝いを買って出た。隣のよしみなどといってみたものの、本音を言えば美人三姉妹に良いところを見せたかっただけだ。それにおれの発言が原因でここまでいそがしくさせてしまったという負い目もある。紅茶はティーバッグくらいでしか淹れたことのないような素人で、しかも女性に良いところを見せたいというあからさまな下心が見え見えの男子高校生など、本来なら軽くあしらわれていたかもしれない。ところがこの日は、言葉通り目の回るような忙しさでおれの下心も見抜けなかったのか、あるいは猫の手も借りたいということわざ通り手伝ってくれれるならば猫でもしゃくしでもよかったのか、とにかくおれは、この日から三姉妹の経営するお隣の喫茶店を手伝うこととなった。

(つづく)




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