リサイクル彼女 ゆな
   作・JuJu


 ◆ 1 ◆

 ちりんちりん。
 ドアベルが可愛らしい音をたてて来店を知らせる。しゃれた装飾のほどこされた、青色から透明に移るグラデーションのガラス扉が開き、昼下がりの夏風とともに本日最初のお客が入ってくる。
「いらっしゃいませ〜」
 おれは営業用の笑顔を作り明るい声をかける。来客したのは、大きな体格をした、ガクラン姿の高校生だった。
「おう、慧一(けいいち)。今日もアルバイトごくろう」
 体のでかい高校生が言う。
「なんだ、尊志(たかし)か。今日も来たのか」
「来るさ、ゆなさんを観賞しにな。あ、アプリコット・ティーをアイスで。本日のケーキも忘れるな」
 牛丼屋で特大盛りでも注文したほうが似合いそうなこの巨漢。名前は尊志と言っておれの友人だ。すでに夏休みに入っているのに学生服を着ているのはラグビー部の部活の帰りだからだろう。運動部だが、学校にあるシャワーを浴びてくるのか汗くささはなかった。尊志はカウンター席を選ぶとドッカと腰をおろした。繊細なデザインのイスが壊れないか心配だ。壊したら弁償してもらうからな。
 そんなことを考えながら、おれは客である尊志のために紅茶を淹れた。さらに冷蔵ケースからケーキを取り出して皿にのせる。
「お待たせいたしました。アプリコットのダージリンと、あんずのケーキです。ご注文は以上でしょうか」
 おれはおごそかに礼儀正しく、お客様に対して失礼の無いように細心の注意を払いながら、テーブルに注文の品を並べていく。たとえ誰であろうと相手は客だ。配膳をする時とお金を受け取る時のあいさつだけは、相手が誰であろうと客として扱わなければならない。ゆなさんに教えられたことを店員としてしっかりと実行する。
(おれも客商売が板についてきたな。立派なものだ)
 そんな自画自賛をしているおれに対して尊志が喰ってかかる。
「気がきかないやつだな。なぜ貴様が運んでくるのだ! 男は奥で皿洗いでもしていろ!」
「ゆなさんなら、出掛けている」
「ならば――」
「あえかさんも、りこちゃんも、この店の女性陣はただいま全員外出中だ。なんでも抜き差しならない重要な用事があるらしい。と言うわけで、いま店員はおれひとりだ。残念だったな」
 尊志はしばらくのあいだ目を見開いておれを凝視していたが、やがておれの言葉が真実だと理解したらしく、がっかりとした表情でうつむく。その体格でうなだれるな。似合わないから。
「こうなればケーキでも食わないとやってられん」
 突然うつむいていた顔をあげて、ケーキ皿に手を伸ばす尊志。銀製の小さなフォークを太い指でつまんでケーキをすくい、でかい口に運ぶ。そんなに幸せそうな顔で食うな。その容姿で大の甘党というのも似合わないから。
「で、どうする? 出直してくるか?」
 おれは尊志に尋ねる。
「いや……。せっかく来たんだ。それに待っていれば、ゆなさんが帰ってくるかもしれないしな」
 ケーキを一気に食い終えた尊志は、今度は渋い顔で、おれが淹れた紅茶をすすり始める。
「それにしてもまずいお茶だな。蒸らしすぎて雑味が出てしまっている。おれが自分で淹れたほうがよほどうまいぞ。何が悲しゅうて、高い金を払いながらこれほどまずい紅茶を飲まなければならんのだ?」
 そこを突かれると痛い。紅茶などバイトを始めるまで淹れたことはなかった。バイトを始めて四ヶ月。それなりに手際は良くなったつもりだが、ゆなさんの淹れる紅茶には遠くおよばない。まだまだ修行中だ。金の取れる腕前ではないことはおれが一番よく分かっている。
「しかたない、カップケーキをサービスしてやる。りこちゃんの手作りだぞ。試作品だがな」
 おれは可愛らしいトッピングで飾られたカップケーキを尊志のまえに置いた。
「これで機嫌なおせよ。と言うかさ、そこまでゆなさんがみたいんだったら、ケータイでメールでもよこせよ。ゆなさんがいるか教えてやるぞ」
「おれはケータイは持たない主義だということを忘れたか。そもそもバイト中に携帯電話を使用することじたいが不謹慎だ。ゆなさんの店でそんなことをさせるわけにはいかない。
 それに、ゆなさんがいるかどうか期待しながらここまで来るのが楽しいのではないか」
「はいはい。そんなもんですかね」
「そんなものだ。
 むぅ? これはなかなか……」
 カップケーキを口にした尊志の顔がほころぶ。どうやらりこちゃんのカップケーキに満足したようだ。商品としてレジの隣に並ぶ日も近いかもしれない。
(にしても、淹れたての紅茶を飲み甘いものを喰らう、弁慶のようなこの巨漢。店の雰囲気に、あまりにも似合わない)
 そんなおれの考えを見透かしたのか、尊志がこんなことを言い始めた。
「それにしても、なんで貴様がウェイターなのだ。美人三姉妹が経営している喫茶店、それだけでずいぶんな売りになるだろうに。それが男のお前が一人混じっているだけで、すべてがだいなしだ」
「大きなお世話だ。お前に経営方針にケチをつけられるいわれはない」
「ひがみたくもなる。あのような美人三姉妹に囲まれたバイト先なんて男として天国だろう。お前に代わっておれがここでバイトをしたいくらいだ。お前よりもうまい紅茶をいれる自信もあるしな」
「まっ、そこは単に運が良かっただけだよ。なにしろおれの家の隣に、この喫茶店キャンディブルー・スカイブルーが出来たんだからな」

(つづく)




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