変身 【第4章】
作:荻野洋
挿絵:greenbackさん



慣れない体での朝の通勤ラッシュは普段に増してきつかった
俺はようやく会社にたどり着きオフィスのドアを開ける
『おはようございます』
タイムカードを手に取りレコーダーの中へ
そこへ課長が
「おはよう、倉橋さん」
『すみません、俺、藤田です』
「えっ、まだ元に戻ってないんだ」
『そうなんです』
「そっか、じゃあ本物の倉橋さんは?」
『もうすぐ来ると思うんですけど』
「一緒じゃないんだ?」
『一緒だとちょっとマズイことが』
「何が?」
『昨日の帰りに、双子だ双子だって指差されて』
『で、今日は時間をずらそうと』
「ふーん」

タバコを吸わない俺には縁の無い喫煙室
そんな喫煙室では今日も俺と倉橋の話で持ちきりだった
「あいつ、まだ元に戻ってないのか」
「昨日は着てるものまで全く同じだったんで、ホントに分かりませんでしたからね」
「だけど今日は見分けが付きますよ」
「髪の毛をヘアクリップで止めてるのが本物の倉橋で、ゴムで縛ってるのが藤田です」
「あと、白いカットソーが倉橋でグレーが藤田」
「おいおい、それは逆じゃないか」
「そうだっけ?」
「いっそのこと本物はスカートで、偽者はズボンとかにしてくれないかな」
「おっ、それいいですね」
「いまどきズボンだなんて。それを言うならパンツですよ、パンツ」
「それこそ倉橋はいつもパンツスーツだな。あの娘がスカート穿いてるのを見たことあるか?」
「そういえば無いね」
「倉橋って入社何年目だっけ?」
「4年目です」
「その間ずっとパンツスーツってことか。ある意味筋金入りだな」

帰り道
部屋の鍵を持っている倉橋が前を歩き
俺はその少し後ろを付いていく格好に
倉橋の後姿に自然と目を奪われる俺
スリムなパンツスーツでの後姿は
お尻や太ももの形がはっきりとわかる
その意味ではスカート姿よりもエロいかも
そして倉橋のヒップラインはまさしく
ぱつんぱつんという言葉が相応しい
こんな真後ろでずっとその姿を拝めるなんて
(なんて役得、ラッキー)
俺は心の中でほくそえんでいた
だけどこのときも俺はやっぱり気づいてなかった
それと全く同じぱつんぱつんなヒップラインを
俺の後ろを歩いている人たちにさらしていることに

次の日、俺と倉橋は部長に呼び出された
「どうだ、元に戻る気配はあるか?」
『いえ、それが』と俺
「そうか、じゃあ2人にお願いがあるのだが」
曰く、見た目で区別できるようにして欲しいということだ
確かにこの状態が長く続くようであれば、何らかの対処をせざるを得ないだろう
部長からは俺が髪を切るか、倉橋がスカートを穿くようにとお願いされたが
髪を切るのはそれが原因で元に戻れなくなったら困ると部長を説得
スカートも倉橋がそれだけはイヤと頑なに断った
結局、眼鏡と髪の結い方を変えることで妥協してもらった
倉橋が眼鏡を外してコンタクトレンズに
そして俺のほうは髪をヘアゴムで一つに結ぶことで
前から見ても後ろから見ても区別が付くようにした
もともと倉橋はコンタクトも持っていたが
コンピュータ仕事は目が乾くから眼鏡のほうが楽という理由で
平日は眼鏡になったとのこと
倉橋は「先輩のせいでまた面倒になった」とぶつぶつ言っていたが
眼鏡を外した倉橋はまた一段と男性社員のウケが良くなったようだ

帰宅した俺と倉橋
やっぱり目隠しをされたまま着替えされられる俺
俺は前から疑問に思っていたことを口にした
『ところでさ、倉橋は何でいつもパンツスーツなの?』
倉橋の手がぴたっと止まる
数秒の沈黙の後
倉橋が重い口を開いた
「自分の体に聞いてみれば?」
次の瞬間、俺の視界が急に明るくなった
倉橋が俺のアイマスクを外したのだ
突然のことにびっくりする俺
「その体はあたしそのものなんだから、よく見れば分かるわよ!」
彼女はそういうと、ぷいとその場を離れた

何でそんなに怒るのだろう
っていうか見てもいいの?これ
鏡の中にはブラジャーとパンティだけというあられもない姿の倉橋が映っていた



俺がこの姿になってから初めて見る倉橋の下着姿
その姿は若い女性だけが持つ自然な美しさを放っていた
ブラに包まれた二つの丸い膨らみ
くびれた腰とぺたんこのお腹
丸いヒップとむっちりした太もも
そして
これだけ刺激的な光景を目の前にしても
全く反応しない股間
(これが今の俺自身の姿か…)
しばし見とれる俺
今にして思えば
目のやり場に困るわけでもなく
逆に凝視するわけでもなく
ただ見とれていたという時点で
俺の中で既に何かが変わり始めていたのかもしれない
そんな俺の姿を倉橋は後ろからずっと見ていた

鏡越しに倉橋の鋭い視線を感じて我に返った俺
と、とにかく着替えなきゃ
俺は足元においてあったパジャマのズボンに脚をくぐらせる
そのとき左のふくらはぎの裏に一瞬ちらっと何かが見えた
何だ?
俺は鏡に自分の後脚を映す
そこに映っていたのは
くっきりとしたケロイドの痕であった
『これは…』
「そうよ、火傷の痕」と倉橋
「パンスト程度じゃとてもごまかせないでしょ、その痕」

「あたしが赤ちゃんのときの火傷だって」
「右脚はきれいに直ったんだけど、左脚のそこだけはどうしても痕が消えなかったんだって」
「お母さんはいつも『あたしの不注意なの。ごめんなさいね、ごめんなさいね』って何度も繰り返してた」
いつしか倉橋の声は涙声に変わっていた
「学生のときはハイソでごまかしてたけど、社会人になったらそうはいかないでしょ」
「だから今の会社も『制服が無いこと』っていう条件で選んだの」
そうだったのか
『ゴメン』俺は心底から倉橋に謝った
だから「スカートを穿いてくれ」という部長からのお願いを
あれほどまでに頑なに拒否したのか

「でも、なんだかすっきりした」と彼女
「何もかもあたしそっくりだから、じきにバレることだったし」
「っていうかとっくに気づいてるんだとばっかり思ってた」
「その痕にすら気づいてなかったっていうことは」
「変なことしないでね、っていうのをホントに守ってたんだ」
「真面目なんだね」
誉められているのか、それとも男としてバカにされているのか

その日のお風呂から目隠し無しで入らされた
倉橋も全く自分の体を隠すことなく生まれたままの姿をさらしている
俺は自分の乳房をスポンジで洗いながら
(女の子の体ってこうなんだ)
というのをあらためて実感する
「ちゃんと洗ってくださいね。自分の体なんだから」
『分かってるって』
とは言ったものの、やっぱり、その、なんというか
こういうのは隠されているからこそ興奮するのであって
こんなあけすけに丸見えじゃぁなぁ
しかもそれが自分のものだなんて
なんて生殺しなこの状況
これじゃ目隠しされてたほうが妄想できた分マシだったよ


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