第4話

 
「ただいま〜っと」

 少女は、自分の部屋に入ると電気を点け、カーテンを閉める。
 鞄を机の横のホックに引っ掛けると、胸元のリボンを解きながらクローゼットへと向かった。

「ふぅ……」

 僅かに染まった頬はさっきの名残なのだろうか。
 慣れつつある日常とはいえ、普段しないようなことをしてしまい、少女の胸は何時になく高鳴っていた。

「三ヶ月か……」

 少女の脳裏に少年にいわれた言葉が蘇る。


「まあ秀樹が俺のことを自分勝手だといいたいのは分かるけどさ、秀樹も楽しんでるんだから、それくらいは責任とれよな」


「楽しんでる……か」

 少女は、物憂げな表情で、進路の変更すると、クローゼットの横に掛けられた鏡に歩を進めた。
 そこには、蛍光灯に照らされた今の自分の姿が映る。
 少女は自らの顔に見惚れていた。
 ショートカットの似合うかわいい顔。
 ボーイッシュだが、決して男という顔ではなかった。

「直美……オレが、直美になってしまうなんてな」

 少女はグーにした右手の指を頬に沿わす。
 柔らかい頬がくにっと凹み、少女は自分の頬を感じていた。

(そういや……もう三ヶ月、髭剃りなんかしたことないなあ……)

 少女が少年だったとき、日常だったことは必ずしも今の日常ではない。
 自分の日常から欠落した本来の日常を回顧して、懐かしく思った。

「いかんっ!
 なんか自分の顔を見てるような気すらしてしまう」

 じっと少女の顔を眺めつつ、その奥に本来の自分の顔を見ていたつもりが、その顔さえ少女のものに取って変わられたような気がしてしまい、少女は目を瞑った。

(俺の顔……俺の顔……俺は小林秀樹なんだから)

 必死に元の自分を思い出し、頭の中で反復させる。
 そのイメージが固まったところで少女は瞼を上げた。

「ふぅ……」

(これが、今の自分の顔か……)

 改めて少女の顔を見て、少女は自分に恋していた。
 そう……少女は、少女が嫌いではなかった。
 少なくとも自分が考える恋人のイメージではなかったものの、活発で元気な少女のことが気になっていたのは確かだ。
 男のような口調、力こそ劣れど抜群なスポーツセンス。どれを取っても嫌いになる理由などない。

(なのに……俺が直美自身になってしまうなんて……)

 少女は渋い苦笑いを浮かべずにはいられなかった。

(そういやなったばかりの頃はすごいことしちゃったよな……。
 鏡で観察とかしちゃったりしてさ……
 ったく、直美が煽ったりするから)

 少女は三ヶ月前、初めて少女自身になった頃を思い出す。
 少年の気持ちのまま少女になって、気になっていた少女の全てを知りたくてたまらなくなっていた。
 もちろん、普段の少年なら理性が歯止めを掛けただろうが、その前に少女が火をつけてしまったのだ。


「お言葉に甘えて体を入れ替えさせてもらったぜ。
 ったく、秀樹も好きだよなあ。まさか、秀樹が女になりたがっていたなんて知らなかったぞ。
 ほーれ、その体はくれてやるから、女の体を確かめるなり楽しむなりしたらどうだ?
 その代わり、俺もしっかり秀樹の体、味わわせてもらうからさ」



 今まで鮮明に覚えている元少女の少年の言葉。
 ついさっきまでの自分の声で、顔で、そんなことをいわれたのだ。
 しかも、入れ替わり前に感じ始めていた少女の体に、元少年は耐えられなかった。

(はあ……今から考えたら馬鹿みたいな気もするけど……でもやっぱドキドキするなあ)

 少女は、鏡の前で胡座で座り込むとじっと自分を見つめていた。
 気になる少女になって、その本来の少女に好きにしろみたいなことをいわれて、初めて一人になったとき、少女は我慢できなくなっていたものだ。

(ん……やっぱ、火がついちゃったみたい……)

 鏡の前で、胡座をかく股にスカートの隙間から薄水色のショーツが覗いていた。
 少女の中で少年の心が徐々に熱くなっていく。

「はあ……直美のオレの体でこんなことしてるのかなあ」

 頬の火照りが大分広がってきている。
 少女は慣れた手つきで、何もないフラットな股間を撫でた。

「ん……はあ」

(女に……女になってる)

 今日、少年に言われた言葉の一つ一つが思い出され、酷く自虐的な気持ちになりつつも逆にそれを快感に感じ始めていた。






 そもそも始まりは、二日ほど休んだ直美にノートを貸したことだった。
 部活の帰りにふと宿題にそのノートが要ることに気付いて少年は少女の家を訪れたのだった。
 そして「ノートをなくしてしまったから一緒に探して欲しい」という言葉に誘われ、少年は少女の家に踏み込んだ。
 少女の部屋に入った少年は、少女に迫られる。

「オレ、男になりたいんだ。
 頼むからさ、俺と入れ替わってくれ、頼むよ」

 まさかそんなことができるとは思わない少年は、冗談だと思っていた。

「……どうしたんだ、直美?
 いくらなんでも、きついぞ、その冗談」

「冗談なんかじゃないよ。
 相手が秀樹だからいうけど………オレ、男になりたいんだ」

「男って……直美、本当に男になりたかったのか?」

「本当だよ。それがオレの本心なんだ。
 秀樹なら分かってくれるだろ、この気持ち」

「え……そりゃ、直美とはしょっちゅう話してたから、そんな気がしないでもなかったけど」

「な、秀樹だけが頼りなんだ。
 オレの体は好き使ってくれて構わない。だから、オレにその体を譲ってくれよ」

 熱心に迫る少女に少年は困り果てた。

「お、おい……本気でいってるのか?
 体をくれとかやるとか……一体何の話なんだ?」

「実は、すごいものが手に入ったんだ。こんなチャンス多分もうない。
 だから、頼むよ。秀樹は十分に男として生きてきただろ?オレに譲ってくれたっていいじゃないか?」

「訳がわかんないぞ」

「体を入れ替えられるんだ。
 本当だ。信じてくれるだろ?」

「落ち着けよ、話が見えない」

「だから、こんなチャンスめったにないんだ。
 オレが男になれる千載一遇のチャンスなんだ。
 それでこんなこと頼める相手って秀樹しかいないんだ。だから、オレと入れ替わってくれよ」

「え、いや……だから、体を入れ替えるって何なんだ?
 もしかして………俺が直美になって、直美が俺になるっていうのか?」

「そう、そうなんだよ。
 秀樹だって、女の体に興味がないわけじゃないだろ?オレの体は自由にしてくれて構わない。
 だからいいだろ?」

 少年は徐々に少女が自分をからかっているような気がし始めていた。
 その熱心さが逆に演技に見えてきていたのだ。

「信じられないな。
 だいたい、体を入れ替えるっていうのがナンセンスだぜ、直美。
 女の体に興味がないわけじゃないけどさ、直美と入れ替われなんてちょっとお笑いだな」

「信じてくれないのかよ、秀樹」

 不服そうな悔しそうな瞳で少女が少年を睨む。

「ま、何のドッキリかは知らないけどさ。
 俺を驚かすつもりならもう少し捻った設定の方がいいぞ。
 別にこういう悪戯は嫌いじゃないから付き合ってやってもいいけど」

「付き合うって……秀樹、体を入れ替えるんだぜ。いいのかよ?」

「いいぜ。やれるものならやってみろよ。
 俺が直美に、直美が俺になるんだろ?
 面白そうじゃないか」

「いっておくけど、マジなんだぜ。
 秀樹、本当に『女』になっても、オレになってもいいんだな?」

「いいよ。それくらいの冗談には付き合ってやるって。
 『女』にできるものならしてみろってんだ」

 少年はすっかりからかい気分で少女の話に付き合っていた。
 それは少女の話をただの与太話だと思っていたからだ。





 魂を入れ替えるという枕。
 やけに高さのある木や竹でできた古びた枕に頭を載せ、少年と少女は横になった。
 冷たい木の地肌が頭髪越しに皮に触れ、ひんやりと気持ちいい。二人が意識を失うまでさほど時間はかからなかった。





「ふぅふぅ……」

 少女は三ヶ月前の出来事をトレースしながら、一人座り込んで悶えていた。
 慣れた手つきで自分の体を堪能する。
 ショーツを途中まで下げると、股の間に手を入れて更に燃え上がった。
 少女は、かつての感覚を懐かしみながらも今の感覚を味わう。
 強く力強いあの感覚はもはやないが、今の小さく鋭い感覚も捨て難い。
 少女は時折、前の自分にはなかった穴の入口に指を添わせ、入れそうにする素振りを見せながらも、豆の感覚に意識を集中させていた。

「んっ、あはぁっ、んふぅっ………ふぅふぅふぅ」

 体の奥の疼きがゆっくりと落ち着いていくのを感じながら、少女を普段の自分を取り戻す。

(さっきもしたのに……またやっちまった……)

 少女は、少年の前でやってしまったことを思い出し、顔を更に火照らせる。
 そして、かつての自分のことも思い返していた。

「オレの愛○か……」

 なんだかおかしな気分になりながら、それの付いた指先を眺めてみる。
 三ヶ月の前の自分であったなら、考えられないことだった。
 しかし、これも間違いなく現実である。
 少女の自分の愛○の匂いを嗅ぎながら、今の自分のおかれている立場を考えていた。

(まさか直美の体でオナ○ーしてるなんて……。
 そりゃ女の子でも自然なことなんだろうけど……自分に興奮してする女の子なんていないだろうな。
 だいたい、好きな彼女作ってエッ○するようになるものだと思っていたのに、自分が『女』になってオナ○ーしてるなんて……)

 少女は本来の自分のモノを思う。

(今は直美が俺のでオナ○ーしてるんだよな。
 そして、俺が直美のでオナ○ーしてる。なんかおかしな話だよ。
 三ヶ月前には、俺もチンチ○握っていたのに……今は女のアソコに指突っ込んでオナ○ーしてるんだから……)

「うわあ〜っ、何考えてるんだよ、オレ」

 そもそも少女にとってオナ○ーはただの日常生活のごく小さな一部であり深く考えることなどなかったのに、異性になってしまったことで異常にオナ○ー好きになってしまったような気がする少女だった。

(おい、待てよ。何本気になって考え込んでるんだ。
 そもそもオナ○ーなんかのことで悩んだりすることなかったのに……。
 あ〜っ、もうおかしくなりそうだ。
 でも……今の俺は女なんだから、いずれは男と?げげっ、そんなのは絶対なしだろ?)

 少女は嫌な考えに悶絶しながら、頭を抱え込んでいた。






<後書き>

まあ、こんなことあるのでしょう……って最近偏り過ぎだあ…(つる)


2004/01/01(Thu)
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