プレコーシ La Precocite 〜ぼくとお姉さんの入れ替え物語〜
作・JuJu

#10

 布の感触がした。美穂さんが、ぼくの体にバスタオルを巻き付けているらしい。
「オーケー」
 背後から、美穂さんの声が聞こえた。
「じゃあ、目隠しはずすね?」
 返事をする間もなく、目に巻いていたハンドタオルがはずされた。
 光を取り戻したぼくの目に入ったのは、バスタオル姿の美穂さんだった。彼女につれてこられた位置は、大きな姿見の真ん前だったのだ。
 バスタオル一枚だけの美穂さんが、緊張と羞恥をごちゃまぜにした面もちで、恥ずかしそうにぼくを見つめていた。
 ぼくの目は、鏡の美穂さんに釘付けになった。
 このままいつまでも見続けたかった。だが、鏡のすみに、ぼくの姿になった美穂さんがにやけながらぼくのことを観察している姿が映っていることに気がつき、ぼくはあわてて鏡から目をそらした。
「それじゃ、そろそろ入ろうっか」
 美穂さんはそういうと、いきなりズボンのベルトをはずし始めた。
「な、なにをするんですか」
 ぼくはあわてて、美穂さんの手をつかんだ。
「だってこのままじゃ、修太くんのズボンが濡れちゃうでしょう?」
「でも、なにも脱がなくても……」
「大丈夫。ズボンだけよ。パンツまでは脱がないから」
「そういう問題じゃ……」
 大人の美穂さんにとって、子供のぼくのパンツ姿などなんとも思わないのだろうか。が、ぼくにとっては一大事だ。
「じゃ、自分で洗う?」
 それ問われたぼくは、視線を自分の体に落とした。バスタオルに包まれた美穂さんの胸が、目の前にあった。しかも、乳首の部分が盛り上がっていた。
 こんな刺激的な胸を見ながら、バスタオルのすそをまくりあげ、下着をつけていない美穂さんのふとももを根元までさらす。しかも、美穂さん家(ち)のお風呂場でだ。
 とてもじゃないが、ぼくにそんな勇気はなかった。
 かといって、目隠しをしたままでは、なれない美穂さんの体をうまく洗える自信がない。
 結局、彼女に洗ってもらうのが一番いいのかもしれない。
「わかりました。お願いします」
 美穂さんは、再びベルトをはずし始める。すぐにベルトははずれ、ゆっくりとズボンをおろした。
 そのとき、ズボンのポケットから定期入れが落ちた。
「あ、ごめんなさい!
 ――あら? わたしの写真?」
 床に落ちた定期入れは、内側に差した写真を表に向けて開いていた。
 そこには、美穂さんが写っていた。普段着で街を歩く、なんの変哲もない写真だ。
 ぼくはあわてて定期入れを取ろうとしたが、それより早く美穂さんが拾ってしまった。
 美穂さんは、写真をじっと見つめている。
「こんな写真撮った憶えないわよ? どうして修太くんが、こんな写真持っているの?」
「そ、それは……」
 美穂さんが知らないのは当然だ。その写真は、ぼくが密かに盗み撮りをしたものだ。
 ぼくの頭は、この場をごまかす言葉を探して、いそがしく回転した。
 だが結局、美穂さんに隠しごとはしたくないという気持ちの方が勝(まさ)った。
「すみません。それは、ぼくが隠れて撮った写真です。
 でも、撮ったのはこの一枚だけです。他にはありません。本当です」
 美穂さんは写真から目を離すと、今度はぼくを見つめた。
「でも、どうして隠れて撮ったの?」
「それは……。
 すみません! 我慢できなかったんです!」
 ぼくは頭を大きく下げた。
「美穂さんは、ぼくのあこがれの人だったんです。
 でも、こんなガキを、美穂さんが相手にするはずがないから。
 そんなことはわかっていましたけど、でも、どうしても、美穂さんのことが諦めきれなかったんです。
 だから、せめて写真だけでも肌身離さず持っていたくて……」
「そうだったの」
 頭を深く下げているために、美穂さんの表情はわからなかった。でも、その声は、怒っているようには思えなかった。
「隠れて撮らなくたって、いってくれればモデルくらい、いくらでもしてあげたのに」
「すみません」
「ま、気にしないでいいわよ。
 それに、ちょっとうれしかったりして」
「えっ? なにかいいましたか?」
「ん? なんにもっ! さあ、入ろう入ろう」
 美穂さんは弾んだ声でいった。腕を伸ばしてぼくの背中に手を当てて、浴室に押し進めようとした。
「あっ、待ってください」
 ぼくはふたたび、頭にハンドタオルを巻いて目隠しにした。
 浴室で脚を洗うためにバスタオルをめくれば、ぼくの目は意志とは関係なく美穂さんのふとももに行ってしまうだろう。
 だからぼくは、目隠しをした。
 もうこれ以上、美穂さんに軽蔑されたくなかった。


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